安穏とした睡眠からの覚醒は少なからず疎ましいものなのだから、迎える朝は穏やかであるのが望ましい。枕元に神が立つなど以ての外である――

(ニッコリ)

リクト

……

 クロネ リクト
 黒音璃久斗は自分の頬をつねった。伸びた爪が食い込む、相応の痛さ。
 遺憾なことだが、目の前の光景は揺るぎない
 “現実”
 らしかった。

やあやあおはよう、ごきげんよう!

世界の時計は今が真夜中と言うけれど、君の祖国は日が出たばかりだから『おはよう』が正しいだろう

突然だけど自己紹介だ。
僕は君たちがよく知っていて、同時にちっとも知らない存在。

クライストだのゼウスだのラーだの呼ばれるけども、そんなものは僕の数多ある名前の一つでしかないから忘れてしまって結構だ!

よろしく、そして久しぶりだね。
僕の可愛い愛し子、人の子よ。

僕は神様。
君たちの最初のお父さんだよ

 一気にこれだけの台詞を口にして、さあこの胸に飛び込んでおいでとばかりに両腕を広げる自称神。

 怪しすぎるその男を、リクトは布団から目元だけ出したままじっと観察した。

 眉目秀麗な顔立ちと痩身に纏うきらきらとした白
衣、黄金の糸のような毛髪と柔和な表情。

 その姿はリクトの中に根付いている神のイメージと大きく違わなかった。多分疑うまでもなく、十中八九彼は神なのだろう。ご丁寧に右頬に漢字で『神』と書いてあるくらいなのだから。

リクト

(寝たら、起きた。
起きたら、変な神殿にいた。
枕元に神がいた。
神が挨拶してきた。
神が挨拶……?)

 リクトは特にコミュ障というわけではなかったが、今回のケースに関しては一体この後どのように会話をしてゆけばよいのか全く分からなかった。

 何しろ神に話しかけられたのなんて初めてだし、それ以前に今は寝起きの状態だ。頭が働くはずもない。
 リクトは十二分に睡眠を取らなければ著しく能力が落ちるタイプの人間だった。

なので、

リクト

……あと5分

 二度寝することにした。
 ぐっすり眠ってゆったり起きれば、きっと頭も働くはずだ。
 神とも円滑なコミュニケーションを取れるに違いない。

うん! いいよ!

 明朗にそう答えた神はベッドにつかつかと歩み寄ると、リクトが頭の上まで被っていた布団を思いっきり剥ぎ取った。

 完全に油断していた様子のリクトがベッドから転がり落ち、冷たい大理石の床で強かに頭を打つ。

リクト

……“5秒”じゃなくて“5分”って言ったんだけど?

分かってるよリクトくん。
神は聖徳太子より耳がいいからね

こんなにかわいい僕の愛し子が眠りたいと言ってるのだから、僕としては5秒でも50世紀でも寝かせてあげたいと思うんだけど。

神の事情でそういうわけにはいかないんだよね

何しろ君の活躍を首を長くして待ってる人がいるからね!

そのうちの一人は僕なんだけどさ

リクト

俺の、かつやく……?

そうとも!
単刀直入にザックリ言くよ?

君に勇者になってほしいんだ……異世界で!

 よくある、
 ふつうの、
 いまどきのライトノベルあるいはWeb小説の、
 冒頭にありがちな台詞と展開。

 オタクのはじっこを齧るリクトにはすぐさまその言葉の意味が分かった。
 同時に、今自分が置かれている状況も。

リクト

やだ

 ――なので拒否した。

……

ハッハッハ! まあ、ちょい待ちちょい待ち!
そこはさぁ、ほら……

リクト(CV:神)

わぁい異世界
リクト異世界大好き!

ってはしゃぎまわるところじゃないの?
ん? 思春期高校生くん?

リクト

俺、知ってる。こういうの

リクト

ニートとかひきこもりとかいじめられっことか、

現実世界に不満を持ってるやつがトラックだかトラクターだかに轢かれて死んだけど

実はそれは神様のミスで本当の寿命はもっと長い、みたいな話で始まるんだ

リクト

で、神が謝罪がてら異世界で転生させてあげるとか言って、イケメンな容姿とすごく強い――いわゆるチート能力をくれたりして

現実じゃパッとしなかったやつが異世界で活躍したりする……

そういうやつなんでしょ

そうそうよく知ってるね! そういうやつだよ。

この話すると君以外はみんな喜んでくれるんだけどなぁ

リクト

あー……まじ量産型ライトノベルって感じ。

そういうのよく読んだしアニメも見てたけど
正直ぜんぜん興味ないんだよね

リクト

だって俺リア充だもん。

友達たくさんいるし、勉強だって全然よゆー。
こないだ原宿行ったらモデルのスカウトされたしさぁ。

うちには積みゲー積みアニメ積み小説が山ほどあるし、
毎日充実してて超楽しいの

リクト

それにさ……

俺、まだ死んでないよね?

寝てただけだもん。

なんで異世界なんかに行かなきゃいけないわけ?

ふふふ……。
そうだね、君はまだ死んでない。
これ以上ないほど人生を謳歌しているのも知ってるよ。

だって神はいつも見てるからね

「でもね、」と神は呟く。
 そして向日葵を思わせる大輪の笑顔を咲かせた。

僕は君に決めたんだ♪

リクト

はぁ?

だってリクトくん主人公っぽいんだもん!
         ・
名前もほら……黒ねこ璃玖斗でしょ?
よくある中二病ノートの主人公って感じ!

リクト

クロネコ      クロネ
黒猫じゃなくて“黒音”!
二度と間違えないで

ハハ! ごめんごめん!
今のはちょっとしたゴッド・ジョークだよ
そんなに怒った顔するもんじゃないぞ

それにね……ちゃんとした理由があるんだよ。
君じゃなきゃいけない理由が

 リクトは床に座り込んだまま、長身の神を見上げた。

 泉を想起させる、静謐なきらめきを湛えた一対の瞳。
 少し前髪に隠れてはいるが、その実直そうなさまは十分見て取れる。

 きっと嘘はついていない。

リクト

……聞くだけ聞くけど

ハハハ! 優しいねリクトくん。
さすが僕の子だ!

ま、聞いてくれなくても勝手に話すけどね。
神の事情ってものがあるから

リクト

……

さてさて、どこから話そうかなっと♪

じゃ、手短に発端からいくよ。



今からちょうど二年くらい前のことだ。

僕の愛する世界を脅かしていた魔王――
名前を“ノズマ”と言うんだけどね

 そいつが君と同じ世界からやってきた
転生勇者の手によって打ち倒された。



 お話はここから始めよう――

Prologue 神との邂逅

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