絵美が俊之の部屋で目を覚ます。
絵美が俊之の部屋で目を覚ます。
俊之はすでに居なかった。
時間を確認したら、朝の七時を過ぎている。
俊之達はもう、釣りを始めている事だろう。
絵美はとても寂しく思ったが、
現実として目の前に俊之は居ない。
仕方がないので、観念して服を着替えた。
絵美は俊之の部屋を出て、一階に降りる。
台所に俊之の母が居た。
おはようございます。
あら、おはよう。
朝ご飯、食べるでしょ!?
はい。
頂きます。
今日はサンドイッチだけど、
いいよね!?
俊之の母はそう言いながら、
一皿のサンドイッチを絵美の前に出す。
はい。
俊君はもう、
出掛けちゃったんですか?
訊くまでもない事だが、訊いてしまう。
私が起きた時には、もう
出ちゃっていたみたいだからねぇ。
俊君、
起こしてくれないんだもんなー。
起こして欲しかったの?
正直、分からないんです。
ふふふ。
ちょっと先に顔を洗ってきます。
いってらっしゃい。
絵美は洗面所へ行った。
すると、丁度、回っていた洗濯機が止まる。
絵美は顔を洗って、手グシで髪を整えた。
そして再び台所に戻って椅子に座る。
牛乳、飲む?
はい。
頂きます。
俊之の母はコップに牛乳を注いで、絵美の前に置く。
そして牛乳パックを冷蔵庫へ戻した。
あの、さっき、洗面所で
洗濯機が止まったみたいですけど。
ありがとう。
教えてくれて。
それじゃ、頂きます。
どうぞ。
絵美は先ず、牛乳を半分程、飲んだ。
そしてサンドイッチを食べ始める。
俊之の母が台所から出て行く。
洗濯機の所へ行った様だ。
絵美はサンドイッチを食べ終わる。
俊之の母はまだ帰って来ない。
恐らく、洗濯物を干しに行ったのであろう。
絵美は俊之の母が台所に戻って来るのを待った。
暫くすると、俊之の母が台所に戻って来る。
私、一度、帰りますね。
そう、ね。
また、後でね。
そして絵美は勝手口から外へ出て、
自分の自転車で自宅へ帰る。
俊之の母は掃除を始めた。
今日は昼から、絵美と絵美の母が家に来て、
三人でお菓子作りをする予定だ。
だから、それまでに家事を済ませなければならない。
そして、それは絵美の家も同様であろう。
正午を過ぎた頃、絵美が母を伴って、
俊之の家にやって来る。
絵美と絵美の母は、
お菓子と夕飯の食材を持ってきていた。
勿論、俊之の家にも幾らかの食材はある。
両家にあった食材で、
お菓子と夕飯を作る予定だった。
三人は先ず、
俊之の母が用意をしていた素麺で昼食を摂る。
山ノ井さん、
俊之君を本当にしっかりした
お子さんにお育てになられて。
いえいえ。
まだまだ、そんなに褒められる
程のものじゃありませんよ。
私はもう、可笑しくなるくらいの、
しっかり者だと思うくらいですけどね。
あら、やだわ。
可笑しくなるくらいって、一体、
何をやらかしたんでしょう!?
あの子ったら。
色々な物事に対して、
しっかりした自分の考えを持っていて、
こんな事を言ったら、
失礼になるのかもしれないけど。
失礼だなんて。
何でもおっしゃって下さいな。
とても高校生とは思えないくらい、
しっかりしたお子さんだと思いますわ。
申し訳ありません。
こちらの方が何か失礼が
あったんじゃないでしょうか!?
失礼だなんて、とんでもごさいません。
寧ろ、感謝をしているくらいですわ。
そう言って頂けると、
とても助かります。
でも、私からしたら、まだまだ子供で、
そんなにしっかりしているなんて、
とても思えませんわ。
それを言ってしまったら、ウチの
絵美の方が、まだまだ子供で、
山ノ井さんにはご迷惑を
お掛けしているんじゃないかと。
お母さん、何を言っているのよ。
いえいえ、絵美ちゃんには、
いつも助けて頂いちゃって、
私の方こそ、とても感謝を
させて頂いていますわ。
そう言って頂けると、
私の方もとても助かりますわ。
ねー、絵美ちゃん。
私は俊君も俊君のお母さんも
忙しそうだから、私に出来る事で、
少しでもお手伝いが
出来ればいいかなって。
本当に私は助けられてばかりで、
いい娘さんをお育てになられたのは
川村さんの方じゃないですか。
あら、やだ。
絵美の事を褒めて頂けるなんて、
初めての経験だわ。
お母さんったら、もう~。
俊之のお嫁さんになって頂戴ね。
はい。
絵美は少し照れながら、そう応えた。
絵美ちゃんに俊之の
お嫁さんになって貰わないと、
私、困っちゃうわ。
ウチの方こそ、俊之君に絵美を
貰って頂かないと困ってしまうわ。
当人の絵美を余所に、二人の母親が笑っている。
そして、いつの間にか、
ボウルに入っていた素麺が無くなっていた。
お素麺、無くなっちゃったわね。
もう少し、茹でましょうか!?
いえ、お構いなく。
どうせ、これから、お菓子を作って
食べるんですから。
それも、そうね。
それじゃ、
そろそろ始めましょうか。
そうですね。
もたもたしていると男共が
帰って来ちゃうわね。
三人は立ち上がって、食器を片付け始める。
絵美ちゃん。
洗い物、頼むわね。
はい。
そう言うと、
絵美は流しに置かれた食器を洗い始める。
それじゃ、私は南瓜のケーキを
作らせて頂くわ。
そう言いながら、俊之の母は南瓜に包丁を入れた。
私はちょっと変わった
林檎のおやつを作るわね。
そう言いながら、
絵美の母は包丁で林檎の皮を剥いていく。
俊之の母が適度に切った南瓜を
電子レンジで加熱をする。
洗い物を終えた、絵美が言う。
それじゃ、私はゼリーを作ります。
お願いね。
絵美が鍋に粉寒天と水を入れて火にかける。
俊之の母が加熱をした南瓜に牛乳と砂糖を加えて、
ミキサーを回した。
絵美の母が皮を剥いて適度に切った林檎を
鍋に入れて、レモン汁、砂糖、バターを加え、
空いているコンロを使って弱火で煮込む。
暑いわね~。
そりゃ、この時期に屋内で三人が
同時にお菓子を作っていたら、
暑くもなるわよ。
俊之の母がミキサーに溶かしたバターと
卵と小麦粉を加えて、再度、ミキサーを回す。
絵美は自分が担当をしている方の鍋の火を止めて、
蜂蜜とレモン汁を入れて、かき混ぜる。
絵美の母は自分が担当をしている方の鍋の
様子を見ていた。
絵美は自分が担当をしている鍋の中のものを
器に流し込み、テーブルに置いて熱を冷ます。
そして手の空いた絵美が他の二人に声を掛ける。
何か手伝いましょうか?
あんたは餃子を包んで頂戴。
絵美ちゃん。
此処だと狭いから、
リビングでお願いを出来るかな。
分かりました。
絵美は下拵えを済ませて持ってきた餃子の具と、
餃子の皮を三分の二程度持って、
リビングへと行った。
俊之の母がミキサーから具をボウルに流し込む。
そして再び、加熱をした南瓜に
牛乳と砂糖を加えて、ミキサーを回す。
因みに、この後、俊之の母は何度か、
この工程を繰り返す事になる。
絵美の母は自分の所の鍋の火を止めた。
こっちは、ちょっと冷まさないと。
山ノ井さん、それは、
どうすればいいのかしら?
30分程、オーブンで焼くんだけど、
その前にオーブンを温めないと。
俊之の母はそう言いながら、
オーブンの所まで行って、
オーブンのスイッチを入れた。
そして再び、ミキサーの所へ戻って来て、
先程と同じ工程を繰り返す。
それじゃ、私は夕飯の
下拵えをしておきますね。
お願いします。
オーブンが温まると、俊之の母は南瓜の
ケーキを一つ、オーブンに入れて焼き始める。
絵美の母は夕飯の下拵えを
キリのいいところで切り上げて、
先程、煮込んで冷ましておいた、
林檎のおやつの具を餃子の皮で
一つずつ、包んでいく。
絵美が台所に一度、戻って来て、
ゼリーの入った器を冷蔵庫へ入れる。
そして再び、リビングへ行って餃子を包み始めた。
絵美の母は林檎のおやつの具を包み終えると、
油の入った鍋を火にかける。
俊之の母が人数分の南瓜のケーキの素を
作り終えた。
そして一つ目のケーキの焼き具合を確かめる。
十分に焼けていた様で、
すぐにオーブンから一つ目のケーキを出して、
続けて二つ目のケーキをオーブンに入れて焼く。
川村さん、私も手伝いましょうか?
いえ。
もう後は油で揚げるだけだから。
それじゃ、
絵美ちゃんの方を手伝おうかしら。
そう言いながら、俊之の母はリビングへ向かった。
絵美ちゃん。
私も包むよ。
いえ、もうすぐ終わっちゃいます。
あら、そうなの。
じゃあ、私はちょっと、
休憩をさせて頂こうかしら。
そう言いながら、
俊之の母は絵美を見て左の側に座った。
どうぞ、どうぞ。
私も終わり~。
だから、私も休憩~。
絵美の母は台所で林檎のおやつを揚げている。
絵美ちゃん、
餃子を包むの上手だね。
お母さんに鍛えられたから。
男共はちゃんと、
釣れているのかしらね。
お父さんはいつも、
何かしら釣ってくるけど。
そうなんだ。
じゃあ、名人なのかしら!?
名人かどうかまでは判らないけど。
そういえば、そうね。
絵美ちゃん、女の子だもんね。
お母さん、私の事を何だと
思っていたんですか!?
あはは。
ごめん、ごめん。
お待たせ~。
そう言いながら、絵美の母が林檎のおやつを
盛った皿を持って、リビングにやって来た。
あら、美味しそう~。
でも、まだ熱いから。
もう少し冷まさないと、
火傷をしちゃうわ。
そう言いながら、絵美の母は
林檎のおやつを盛った皿をテーブルに置いて、
絵美を見て右の側に座った。
本当に面白いお菓子だわ。
味も美味しいんですよ~。
そうなの!?
楽しみだわ~。
南瓜のケーキも、
とても美味しそうだけど。
期待をして頂いて構わないわ。
自信はあるわよ。
早く食べたいな~。
でも、時間がかかるのが難点ね。
一つ、焼き終わったの、
あったわよね!?
一つだけ、ですけど。
だったら、それを三等分にして、
先に食べてみない!?
そうね。
それも、いいわね。
じゃあ、私が持って来るね。
そう言うと、絵美は立ち上がって台所へ行き、
焼き上がった南瓜のケーキと包丁を持って、
リビングに戻って来る。
俊之の母が絵美から包丁を受け取って、
南瓜のケーキを三等分にした。
そして三人はそれぞれ、
手で南瓜のケーキを口に運ぶ。
本当に美味しいわ。
うん。
すごく美味しい~。
上出来だわ。
お母さん、今度、
私に教えて下さいね。
いいわよ。
それじゃ、今度は
林檎の方を食べてみましょう。
そう言いながら、
俊之の母が林檎のおやつに手を伸ばした。
絵美と絵美の母も同様に林檎のおやつを手を取り、
三人で食べ始める。
あら、これも、とても美味しいわ。
このおやつ、私、大好きなんだ。
川村さん、このお菓子、
何処で覚えてきたんですか?
へへぇ。
私が考えたのよ。
すごいわ~。
主婦の知恵って奴ね。
三人は次々と林檎のおやつを平らげていく。
あっという間に林檎のおやつは無くなってしまう。
そして三人は他愛のない話を延々と続けていく。
途中、絵美の母と俊之の母が、
夕飯の下拵えの続きや、
残りの南瓜のケーキを焼く為に席を外す。
こうして、絵美にとっての、
夏休み最後の日曜日の午後が過ぎていくのだった。