あんなとトキコは知り合いなのか。
それを知りたかっただけなのに、答えようとしてくれたトキコの口を、あんなは両手で塞いでしまった。
あんなとトキコは知り合いなのか。
それを知りたかっただけなのに、答えようとしてくれたトキコの口を、あんなは両手で塞いでしまった。
ちょっと、あんな。なんで止めるの? 何か言われたらまずいことでもあるの?
そ、そういうわけじゃないんですけど~~~~っ!
もごもご……
じゃあ離してあげなさいよ。苦しそうじゃない
うぅっ……そ、そうだ! トキコちゃんはここでロボットとして働いてるの?
そう言ってから、あんなは手を離す。
トキコはその言葉を飲み込むようにゆっくり瞬きをしてから、小さく頷いた。
はい。トキコは博士の知り合いに頼まれて、ここでロボットアイドルとして、コンパニオンのアルバイトをしています
そっかあ。トキコちゃんも、アイドル続けてたんだね……
ここ七ヶ月程はアイドルとしての稼働率は低下気味ですが、求められればどこへでも行きます。人間の役に立つのが、ロボットの使命ですから。えっへん
得意げに胸を張るトキコの表情は、今まで見た中で一番人間らしいものだった。
可愛らしい顔をしているのだから、笑えばいいのに……。
そんなことをぼんやりと考えていると、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。
リケリケ……
ハッ! こ、この声は……!
トコトコと、小さな足音が響く。
どこから聞こえるのだろうと辺りを見回していると、トキコがその場にしゃがみこみ、ソレを抱き上げた。
リッケーくんminiをご存知なのですか?
リリリリ、リッケー!
トキコの腕の中で、リッケーくんminiが激しく小刻みに震えながら甲高い声を発する。
かわいいいいいいいっ
そのあまりの可愛らしさに、叫ばずにはいられなかった。
リッケーくんminiは、理系大学として有名な『真行寺工科大学』のマスコットキャラクターであるリッケー君をモチーフに作られた小型ロボットだ。
リッケー君自身も、最先端のロボット技術が内蔵されているハイスペックゆるキャラとして有名だが、リッケーくんminiは大学のOBが開発した人工知能が搭載された正真正銘のロボットである。
えっ!? と、虎子さん!?
リッケーくんmini、生で見るのは初めてなの! なんて愛らしいフォルムなのかしら。小刻みに震える機能も、甲高い声も、何もかもがリッケー君のよいところを凝縮したような、素晴らしい出来栄えだわ!
あなた…………わかってますね! そう、リッケーくんminiは素晴らしいロボットなのです! スマートフォンを通しての意思疎通機能はそのままに、手旗信号での会話も可能となり。さらに、ボディの振動を生かして足つぼマッサージもできるようになったのです!
そんな夢のような機能まで……! ぜひ事務所に導入したいわ
どうにか購入できないだろうか。
いや、里見先輩だって、実物を見れば絶対ほしくなるに決まっている。
こんなに可愛い上に高性能だなんて、まさに人類の叡智の結晶だ。
ああ、見ているだけで癒される……!
……里見さん、絶対嫌がると思いますよー
あら。虎子さんたち、まだこちらにいらしたのですね
柚希の声で、ハッと我に返った。
ここで話をするのにすっかり夢中になってしまっている間に、結構な時間が経過していたらしい。
そろそろ展示の時間も終わるので、この後、お暇なら一緒に食事でもいかがですか? トキコさんもぜひ
いいですね! 行きたいです!
私は、撤収の手伝いをしなければならないので
じゃあ、私たちもお手伝いするよー。いいですよね? 虎子さん
ええ。今日はもう何もないし。それに、トキコとはもう少し話してみたいわ
リッケーくんminiについて、とは口に出さなかったが伝わったらしい。
私も、興味があります
トキコは小さく頷いて、そう答えてくれた。
それでは、お言葉に甘えて、トキコさんと一緒にロボットを搬送用のトラックに誘導していただけますか? 搬出さえ終わってしまえば、後はスタッフに任せてしまって大丈夫ですので
了解しましたー!
では、よろしくお願いしますわ
柚希はそう言うと、他のスタッフたちへ指示出しをしながら、スペースの奥へと歩いていった。
じゃあ、早速取りかかりましょうか。ロボットの誘導というのは、どうやればいいのかしら?
ロボットの誘導自体は、私が行います。虎子さんは荷台の前で、このタブレットを使用し、トラックに乗ったロボットたちをチェックしていってください。杏菜さんは、私と一緒に荷台に上がり、固定用ベルトを締める手伝いをお願いします
トキコに手渡されたタブレットの画面には、ロボットの写真と名前が一覧になって表示されていた。
一番右の欄が、乗車完了のチェックボックスとなっているようだ。
わかったわ
タブレットを持ち、荷台のドアが開け放たれ、スロープがかけられたトラックの前で待機する。
準備いいわよ!
そう伝えると、トキコはロボットたちへと向き直り、指示を出した。
宇宙開発ロボットのスペース、企業コード:kaguraのロボット、搬出を開始します。私の前に一列に並んでください
スペースに展示されていたロボットたちが一斉に動きだす。
そして、トキコの後をついて歩きはじめた。
トキコちゃんの隣を歩きながら、少しだけ首を捻って後ろの様子を窺う。
ちょこちょこ、トタトタ、ブルブル。
個性的な足音を立てながら、ロボットたちが一列に並んでついてきている。
その光景は、なんだか微笑ましかった。
ふふ、なんか可愛い。水族館のペンギンさんたちを思い出すなあ
思わず口をついて出た言葉が聞こえたのだろう。
トキコちゃんが不思議そうに首を傾げる。
『可愛い』という感情は、ロボットの私にはよくわかりませんが……。杏菜さんは、外見だけでない部分も、以前と少し変わったようですね
え? そうかな?
はい。宇宙人であることは、今は秘密にしているのですか?
う……それは……
こんな風にストレートに尋ねられるのは、ひさしぶりだった。
私を見るトキコちゃんの瞳の中には、悪意なんて一欠けらも見当たらなくて。
純粋に、疑問に思ってるだけなんだろうなっていうのが伝わってくる。
トキコちゃんは、今まで会った誰よりも変わっていない。
同じ事務所でアイドルをしていた、あの頃のままのトキコちゃんだ。
だからだろうか。
思っていたよりもすんなりと、答えることができた。
えへへ、そうなの。秘密にしてるんだ
へらりと、自然に顔が笑みの形を作る。
トキコちゃんは私の言葉を飲み込むように、ひとつ瞬きをして、再び首を傾げた。
それは、1 million music社長の、最後の言葉と関係しているのでしょうか?
あー……
トキコちゃんの言葉に、あの日のことを思い出す。
アイドリズム崩壊の大きな原因となった、1 million music社長の謝罪会見のときのことを――。
記者会見場で多くのマスコミに囲まれている社長さんの姿を、私は自分の部屋のテレビで見守っていた。
本日は、ご足労いただきありがとうございます
頭を下げた社長さんに向かって、一斉にシャッターが切られる。
フラッシュの眩い光が収まった頃、記者さんから声が上がった。
杏菜・リンドバーグさんは同席されないんですか? 今日は、あの記事の真相をお聞かせ願えるんですよね?
記者さんから自分の名前が出たことで、思わずびくりと肩が震える。
私、ここにいていいのかな……。
社長さんには全部任せておけって言われたけど……。
不安でそわそわしていると、記者さんたちが再び声を上げた。
杏菜・リンドバーグさんが、あなた宛に送った、メッセージアプリのログが流出しましたが。『いつまで宇宙人とか電波受信とか続けてないといけないんでしょうか?』『いつか本物の宇宙人さんに怒られちゃいそうで不安です』というメッセージ、あれは一体どういう意味なんでしょうか?
リンドバーグ星人なんて、本当はいないんでしょう?
ダークマターまんが、ただのあんまんだって、ネットが炎上してることについては、どう思ってるんですか!?
司会者さんがいないからか、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
そんな中、社長は直立不動の姿勢から、びしりと直角に頭を下げた。
この度は、リンドバーグ星人をアイドルとして雇ってしまい、本当に申し訳ありませんでした!
は?
え、何言ってるんですか?
社長さんには申し訳ないけれど、私も記者さんたちと同じ気持ちだった。
社長さん! 何言ってるんですか!
だから、ダークマターまんはあんまんなんでしょ!? あんまんに謝ってください!
記者さんも何言ってるんですか!
冷静になってください!
テレビにしがみついて訴えてみたところで、画面の向こうに私の声は届かない。
リンドバーグ星人はきっといます! 就労ビザのない宇宙人をアイドルとして雇用したことは、誠に申し訳ないと思っております!
今、きっとって言っただろ!
真面目に答えてください!
どうか! 1 million musicのことは嫌いになっても、リンドバーグ星人のことは嫌いにならないでください!
結局、会見は終始この調子だった。
記者会見で、まともに質問に答えなかったと批判を浴びた社長さんは、その後、表舞台から姿を消した。
まだ当時のWebサイトは残っているものの、1 million musicは再開する見込みが立たず、事実上の倒産となってしまった。
日本中が大騒ぎになっちゃったからね~。
1 million musicがなくなった後も、『提督は宇宙生命体ではなく、ビニールボールだった!?』とか『スペース八つ橋と手打ちワームホールうどんの宇宙産偽造、食品業界とアイドル業界にはびこる闇』とか暴露記事が次々と出て、お仕事にならなくなっちゃって……。
結局、身を隠すみたいにアイドルを辞めて、ただの女子高生に戻ったんだ……
その後、アイドリズム崩壊というアイドル業界がひっくり返るような大事件があって、リンドバーグ星に関する話題を目にすることはなくなっていった……。
まだあれから半年とちょっとしか経っていないけれど。
思い返してみると、ただただ懐かしかった。
あのときは、トキコちゃんにも迷惑をかけたよね。ごめんね
いいえ。私は社長のはからいで、すぐに別の事務所へ移籍させていただきましたから。今もこうしてアイドルを続けながら、人間のことを学べています
ええっ。社長さん、大変だったのに、こっそりそんなことしてたんだ……
はい。他のアイドルやスタッフも皆、好条件で別の事務所に移ったと聞いています。その後、まさかアイドリズムがあのような事態になるとは、誰も予測できていませんでしたが
ホントだよね……
あなたのこと、皆、心配していました。私も……
話をしているうちに、私たちはトラックの前までたどり着いた。
スロープを登るトキコちゃんの後について、私も荷台に上がる。
ロボットたちの進行の妨げにならないよう、最奥まで足を進めたところで、トキコちゃんがこちらを振り返った。
少し薄暗い荷台の中。
私をまっすぐに見据えるトキコちゃんの瞳は、まるでロボットのように、不思議と輝いて見えた。
しかし、あなたは今、ただの女子高生ではない。なぜ、またアイドルになったのですか?
……え?
改めて考えてみると、どうしてだろう……。
…………忘れられなかったから、かな
それ以外に、理由が浮かばなかった。
大好きなチェスの大会にもまた出られるようになって、学校のみんなに秘密にしていたことがなくなって、毎日楽しかったけど……。アイドルをしてた頃のことが、どうしても忘れられなかった。なんか、胸にぽっかり穴が空いたみたいで……
そんなとき、チェスの大会で、また声をかけられた。
アイドルをやってみないか、と――。
だから私はいま、竜胆あんなとして、またイチからアイドルをやってるんだ
ふむ……先ほど、一緒にいた女性はマネージャーですか?
そうだよ。まだ出会って間もないんだけど、虎子さんと出会ってから、一気に道が開けたような気がしててね。すっごく感謝してるんだぁ
大変なこともあるし、不安なこともあるけれど。
虎子さんと出会ってから、アイドルでいられることが、前よりももっと楽しいと感じられるようになったから……。
虎子さんの理想のアイドルと、私のなりたいアイドルが同じなのかは、まだちょっとわからないままだけど……でも、私、虎子さんと一緒にがんばりたい……
おお、なるほど
トキコちゃんは感心したように頷いてみせたが、その声は完全に棒読みだった。
……ホントにわかってくれてる?
データを更新しました。これからは、あんなさんとお呼びすればいいのですね
うん。ややこしくてごめんね
ノープロブレムです
そう言ったトキコちゃんは、まるで微笑んでいるかのように柔らかく目を細めていた。
タブレットでチェック漏れがないことを確認し、顔を上げる。
トラックの荷台に乗ったあんなとトキコは、ロボットたちに固定ベルトをつけながら、仲良さそうに話をしていた。
陸や透子のときにも思ったが、あんなは意外とアイドルの友達が多いようだ。
あちらは二人に任せておくのがよいだろう。
おおよその作業が完了したことを柚希に伝えてこようと、トラックから少し離れた。
そのとき。
ふえええっ!?
あんなの悲鳴を遮るように、勢いよくドアが閉まる音が響いた。
反射的に振り返るのと、エンジンのかかったトラックが走り出すのは、ほぼ同時だった。
なっ……
何事ですか!
先ほどの音を聞いてか、こちらの事態に気づいたらしい柚希が声を上げながら駆け寄ってくる。
わ、わかりません! トラック発進の指示なんて出してないのに!
もしかして、ロボット泥棒!?
泥棒?
だって、まだあの荷台には、あんなとトキコが――。
待ちなさい!
不測の事態に頭がパニックを起こすよりも早く、身体が動いた。
遠ざかるトラックを全速力で追いかける。
搬出口付近には他にも多くのトラックが停まっているため道が狭くなっており、スピードを出せていない。
今ならまだ――!
しかし、追いかけるこちらに気づいてか、突然トラックの速度が上がった。
みるみるうちに距離が開いていく。
その姿はどんどん小さくなっていき、やがて見えなくなってしまった。
そんな…………っ
遊園地の高台には、アトラクションがほとんどない。
けれど、園内を一望できるその場所を、少女はとても気に入っていた。
今日も今日とて、ソフトクリームを食べながら、遊園地の様子を見守っていると、
おい、大変だ!
という声が、下の通路から聞こえてきた。
ん? 何かあったのかな?
手すりから僅かに身を乗り出して覗き込むと、スタッフらしき男たちがひどく焦った様子で足早に歩いていくのが見えた。
特設会場で、ロボットの盗難があったらしい! しかも、女の子が巻き添えで誘拐されたとかって……
ええっ、それやばいんじゃないのか?
だから、園内の客を一時避難させた方がいいかもって話になってて……
そのまま遠ざかっていってしまったので、少女に聞こえたのはそこまでだったが、状況は把握できた。
女の子が誘拐されたなんて、これは聞き捨てならないわ
ぷい
少女が寄りかかる手すりの上で、奇妙な生き物が、同意するような鳴き声を上げる。
私に根性ある限り、悪いやつは許さないんだから!
ぷいぷい!
~ つづく ~
申し訳ありません。
当方が用意した素材「マイク」に、一部規約上の不備があることが判明いたしました。お手数ですが以下に差し替えていただければ幸いです。
https://storie.jp/creator/illustration/85463
ご迷惑おかけします。よろしくお願いいたします。