第16話 獅子身中の轡虫
第16話 獅子身中の轡虫
どういうことかな、パオ・フウ
言ってる通り、そのまんまだ。今その子がいなくなるのは困る
ロボニャーもコマンドギアも足りない。鋏持ちの新型アーデルたちに地下防壁も破られた
こんな状況でその子を、大型アーデルに太刀打ちできる貴重な戦力を奪われたんじゃ――
これがここにあるのはどういうことだ、と訊いている
お前のたっての頼みだとスカウカット様から聞いて、バーシムまで来てみたらこの通りだ
研究所から失くなっていた試作品が何故かここにある
それもどうやら“使用済み”になってしまったらしい。まだ運用できる完成度でなかったにも関わらずな
説明してもらおうか
あんたがたムルムルが進めている、ライブメタル義肢研究開発計画
アーデルとの戦いで身体を欠損した兵士がより早く戦闘能力を取り戻せるよう、生体との親和性が高い次世代金属素材、
ライブメタルを採用した義肢の研究開発プランだな
その通りだが、それがどうした
で、ワケあって私がそいつを調べることになってな
研究所にあったそれらしい義手を拝借して、ルクスに持ち帰って調べ始めたところに、たまたま左腕を失くしちまった子がいたわけだ
クララは将来有望な子だ。このままドロップアウトさせるのはもったいないと思ってな
なんで、くっつけてやった
ずいぶんさらっと言ってくれる
最近妙に頻繁に研究所に出入りしていると思っていたが……こそ泥めいた真似を
内偵と言ってくれ、そっちの方が響きがいい
研究資産を勝手に持ち出すのが内偵だと
必要であれば研究に関わる参考品の回収も許されている
世界連合最高議会西ボリア代表、スカウカット様からな
スカウカット様が……!
何故だ。ライブメタル義肢研究開発計画は、最高議会の承認のもと進めていたものだ
私に知らされず内偵など受けるいわれは
ま、そうだよな
進めているのが本当に議会に提出した通りのものなら、だが
……何が言いたい
簒肉杯(さんじくはい)イスカラピーナ
これを使って採取したアーデルの細胞を取り込み、解析し、元のアーデルを凌駕する特性をフェーレスに獲得させる、ライブメタル兵装義肢
ずいぶん恐ろしいものを作ったもんだ。見ていてぞっとしたぞ
見ていて……そうか
ピクシー・ボブ、お前だな
はい。
先ほどの戦闘の映像は、パーリアのパオ・フウ隊長にも届けていますから
おっと、ピックを責めるのはお門違いだぜ。職務を全うしているだけだ、いつも通りにな
議会に承認された計画書のとおり、ただ肉体になじみやすいだけの義手を作っているんだったら、こんな機能は必要ないんじゃないか?
というより、そもそも計画書には載っていないようだぞ。この――
議会に承認されたほうの計画書にはな
なるほど、よく読んでいる
書類の束には目を通さないタイプだと思っていたよ
隊長歴もそこそこ長いんでな。肝心なところをさくっと理解するコツも、自然と身に付くさ
で、クララが大型アーデルを倒したこの力は、議会に見せていないほうの計画書
いわば“第二の計画書”にはしっかり載っている
これではムルムルは、承認された内容と異なる計画に予算を投じていることになる。糾弾は免れないぞ
最高議会の目をあざむいて何を企んでいるんだ、カラカル
……
と、ここまでが建前だ
……建前、だと?
時にカラカル総隊長どの
これは私とあんた、同期のよしみだからこそ話せる、とーっても切実な相談なんだが
もったいぶるんじゃない、何だ
その腕、もうしばらく貸しておかないか
どういうことだ
今回の襲撃でわかっただろう。私たちルクスには、明らかに戦力が足りていない
今まで出現してきたアーデルの傾向から、ロボニャーの配備も後回しになりがちだ
あんたがた二人という素晴らしいロボニャー使いがいてくれなければ、今頃ルクスはどうなっていたか
世辞はいい。狙いはなんだ
カリカリするなよ。回線はクローズだ、私とあんたとピック、それからそこにいるうちの子たちにしかつながっていない
“第二の計画書”の存在はスカウカット様には報告せず、このままあんたに返してやる。だから
黙っててやるから自由に使わせろ、と
話が早くて助かるが、手伝ってやるからと言ったほうが正しいかな
その腕、このままクララに使わせてやれば、アーデルとの実戦データも集まる
これはあんたたちムルムルにしたって、歓迎しないところじゃないだろう?
ずいぶん都合のいい話だ
今ここで、たまたま“偶然落ちていた義手だけ”を見つけて回収してもいいんだが
で、そいつをあんたが持ち帰るころには、パーリアでは査問会の支度が整ってるわけだ
それに、うちの子たちはそう簡単じゃあないぞ
試してみるか。
身内に潜んでいたこそ泥の処刑だ、それこそ我々鎮圧部隊の得意とするところだが
おいおいよしてくれよ、あんたとむやみに敵対するつもりはないんだ。
今回こうして助けてくれたことは、本当に感謝している
だからその腕、一刻も早く完成させてくれ。
何を思ってそんなものを作ったか知らんが、私たちルクスに、いや、
この先もアーデルと戦い続けるCATには、きっとそれが必要になる
それに。もうしばらくあんたには、うちの子たちと仲良くしててもらわなきゃならん
ど、どういうことですか、隊長
ごめんな、ピック。
しばらくバーシムには帰れない
全アーデル捕獲の命令無視で、ルクス隊長の任を解かれることになった。当面スカウカット様預かりの身として、パーリアに滞在だ
そんな……!
代わりにカラカル総隊長どのが、このままバーシムに駐屯しルクス隊長を兼任する
ルクスは引き続きムルムルの指揮の下、アーデル捕獲作戦を継続
ただし全数捕獲ではなく、今回のクラブ型のような特殊個体が確認された場合のみ生体の捕獲を試み、
すでにサンプルの集まった一般的なモル型、ミモル型については、通常兵器を用いての殲滅を行うものとする
おお、それなら……!
ええ、だいぶラクになるわね
だろ?
いやあ、スカウカット様にここまで譲歩させるのはちょっと大変だったよ
ま、内偵調査と隊長解任が交換条件みたいなところもあるけどな
ふん。体よく私をパーリアから追い払い、その間にムルムルの内偵を進めようというのだろう
次は何を盗み出すつもりだ
そのへんは融通利かせてやるさ。ご存じのとおり、手の抜きどころは心得てる
ま、“第二の計画書”が漏れるのがどうしても怖いっていうんなら、
パーリアにいるムルムルのお仲間を私に差し向けるのが手っ取り早いんじゃないか?
もちろんそんなことになれば、そこのピックだって黙っちゃいないだろうが
なあ、ピック?
ええ。確かに、すでにデータのコピーはこちらにもあります
隊長に何かあれば、私がこれを……
隠蔽された開発計画の存在を、最高議会へ報告するでしょう
あんたはちょっとグレーな研究を続けられる。こっちもその恩恵に預かれる
クララがその腕でアーデルを倒しまくれるようになれば、それでみんながしあわせだ
悪い話じゃないと思うが
……
……わかった
いいだろう、今はその話、乗ってやる
今は、ってところが引っかかるけど、交渉成立だな
というわけだ、みんな
思うところはあるだろうが、そんなに悪い人じゃないことはこの戦いで十分わかったはずだ
今はその総隊長どのと、仲良くしてやってくれ
今は、ってところが引っかかるぞ。パオ・フウ
おっと、そうだな。ぜひそう願いたい
すまない、ピック。もうしばらく留守を頼むぞ
ええ……
そんなに寂しそうな顔をするな、リーダーだろう。
捕獲作戦と開発計画がひと息ついたころには、そっちに帰れるさ。
そしたら、そうだな……
子どもでも作るか、ピック
んにゃぉっ!?
な、ちょ、隊長! 回線が、
じゃなくて、いや、人前でそんな――!
なんだよ、今さら照れることでもないだろ
しあわせな家庭と未来を描いて見せるのも、指導者の立派なお仕事だからな
そ、そ、それは……えっと……
ったく……相変わらずわきまえねえなあ、あの二人は……
そうねえ……
って、あれ?
どうしてマーメイちゃんが顔真っ赤にしてるの
……?
ほ、ほっといて下さい!
クララ・キューダ。聞いた通りだ、よろしく頼むぞ
……
不安はあるだろうが、何もお前を呪い殺すようなものではない
その左腕は、対アーデル戦を見据えた試作兵装義肢
『アルムバースト』が仮の名だ。
覚えておけ、いいな
……わかりました
よろしくお願いします、総隊長
暗闇に浮かび上がるその映像は、複雑な表情で敬礼するクララの姿を最後に、ぷつりと途切れた。
映写を止めたホログラムボードを無造作に机に置き、パオ・フウは薄く笑い、言った。
といった話になりましたが、いかがですかね
スカウカット様