第17話 撫桃 摘豆 不穏当

ベラ

ったく、北アトランテあたりから、ウチによこしてくれりゃいいのによ

ベラ

ロボニャーの一機や十機さあ

ルクスベースのロボニャーガレージに、ベラ・ガタオ整備長の不機嫌な声が響く。

破損したコクピットハッチの開閉機構部をがちゃがちゃといじりながら、もう何度目かわからないため息を吐く。

シビ

く、来るわけないじゃないですかぁ……

シビ

あっちはあっちで、大型アーデルしか出てこないみたいな話もあるんですから

おどおどとそれをいさめるのは、苦笑いした助手のシビ・ブラックだ。

シビ

そ、それに、万が一十機もロボニャー来られたって、わ、私たちだけじゃあ……

ベラ

なんだと、バカぽんちん!

ベラ

そんくらいの数さばけねぇでどうすんだ!

小柄なベラと対照的に、兵器庫の整備士らしいがっしりとした体格のシビ。
だが声の大きさと勢いはまるで真逆だ。

乱暴で甲高いベラの声に、シビはびくりと身を縮こめる。

クラブ型アーデルたちの強襲から、二日の後。

戦いの傷跡が深く残るバーシムを、ルクスに属する戦士たちはもちろん、CATに事後処理を委託された民間企業のフェーレスたちも、未だ慌ただしく駆け回っていた。

防壁の内外に残ったアーデルの躯の焼却処理と、周辺の洗浄。
犠牲となったフェーレスと、遺族への補償。


やるせない感情、そして膨大な事後処理が、フェーレスたちの身に重くのしかかっていた。

シビ

こ、このへんでモル型ミモル型がわらわら出て来るみたいに、クラブ型が五、六匹群れて来るとか……

シビ

クラブ型よりさらにでっかいやつが、フツーに空飛んで来たりとかするらしいじゃないですか……

シビ

そんなの相手にうちのロボニャーじゃムリですよう……

ベラ

何言ってやがる!

ベラ

どんな相手もやっちまえるようにロボニャーやコマンドギアをばっちり仕上げるのが、俺らメカニックの役目だろうが!

ベラ

ムリかどうかはやってから決めろ、

ベラ

バカぽんちん!

シビ

で、でも……

ベラとシビを筆頭に、ルクスの整備士たちも、夜を徹して搭乗兵器の損傷回復に努めていた。


いつまたアーデルが襲ってくるかわからない。
もし今また、あの数のアーデルに来られてしまったら。


だが、そんな張り詰めたガレージの空気の中でも、ベラとシビはさして緊張した様子もなく、いつも通りのやり取りを繰り広げていた。

手も口も信じられないほどよく動くこの二人は、他の整備士たちにとって、心強いリーダーではあるのだが。

ベラ

この間の日報見てねえのか。その空飛ぶ大型アーデルだって

ベラ

ワンズのドラ師匠自ら研いだロボニャー刀が、見事にばさーっとやっちまったそうじゃねえか

シビ

え、ほ、ホントですか……

ベラ

っくーぅ! さすがはドラ師匠だぜ。あれが技術屋魂ってやつだ

ベラは言いながらひとり、感極まったように拳を振る。

シビ

ま、まあ……私はその、ベっさんも充分すごいとは思ってますけど……

ルクス内で浸透している愛称をぽろりと口にし、シビもひとり言のようにベラを褒める。

ルクスの数少ない搭乗兵器であるロボニャー十式のコクピットも、クラブ型アーデルの大鋏により中破し、誰もが復旧を諦めていた。

だがベラ・ガタオはシビ・ブラックを従え、丸一日をかけて修繕作業にあたり、見事戦線復帰が可能なレベルまで直して見せたのだ。


ぶち壊れるまでパイロットが戦ったんなら、整備士はぶち直せるまで戦え!


ベラ・ガタオは、師と仰ぐワンズ支部のドラ整備長に勝るとも劣らない、腕利きの整備士だった。

ベラ

いいか、技術屋は後出しじゃダメなんだ、新手が現れたらその次を予測して仕込みしねえと。

ベラ

後手後手になって危ねえメにあうのは、俺らじゃなくてパイロットや機動歩兵の連中なんだ

シビ

そ、そうですね……アーデル、どんどん新しいやつが出てきてるみたいですし……

ベラ

そうだ。こっちもどんどん新しいことをやっていかねえと、連中に好き放題される一方だ

ベラ

今度アレだろ、例の新入りの腕、面倒見ることになったんだろ?

シビ

は、はい。でもあんなの私、見たことないのに……

ライブメタルで造られたクララの義手、アルムバーストの保守整備および経過報告について、精密機器や銃器の取り扱いに長けたシビが任されることになった。

カラカルから要請され、ピクシーが一も二も無く推してくれたとシビは聞いていた。
だが推薦された喜びやモチベーションよりも、未知の兵器に携わることへの不安の方が、シビの中では大きかった。


クララがあの腕で巨大アーデルを屠った時の映像は、後日資料としてベラとシビにも共有されていた。

モニター越しにも伝わる恐ろしいまでの力と奇怪さに、ベラもシビもただ息を飲むばかりだった。

ベラ

ムルムルから整備資料は出てるんだろ?

ベラ

しばらくはそいつに従ってやりゃいいし、そこに載ってないことはカンでやれ

シビ

ええっ! かかか、カンってそんな……!

シビの不安を理解しながらも、ベラはあえて突き放す。

ベラ

いいか。整備士のおめえより、直にくっつけられちまったあの子の方が不安に決まってんだ

ベラ

ビビってねえで、まとめてしっかり面倒見てやれ。いいな

シビ

は、はいぃ

ベラ

やさしくだぞ、やさしく!

ベラ

わかったらメシ、なんかさくっと食えるもんちょっと取って来い

大きな体から大きなため息を残して、シビはタラップを降りていく。




本棟への出口へ消えていくシビを見送った後で、

ベラ

とは言え……

ベラ

俺らの手先だけでどうこうできる世の中じゃねえのは、悔しいとこっスよね。

ベラ

ドラ師匠

胸に抱えるじれったさを、小さな整備長も、小さく吐き出す。

ミスティ

申し訳ありませんでした、カラカルさま

病室のベッドの傍らに座った上司に、ミスティがまず口にしたのは謝罪の言葉だった。

カラカル

かまわん。生きていてくれて何よりだ

粘菌型のアーデルに脚を喰われかけたところを、辛うじてピクシーに救われたミスティ。

複装支援銃火器(マルチーズ)の炎で特に強く焼かれた左脚は、厚く包帯が巻かれている。

ミスティの脚と、傍らの松葉杖にちらりと目をやり、カラカルは少しすまなそうに笑いかけた。

ミスティ

ありがとうございます、ですが

ミスティ

アルムバースト奪還のためにここへ来ていたというのに、結局何の成果もあげられず……

ミスティ

本当に、情けないです

沈んだ表情で目を伏せる。


ルクスの面々へは冷たく辛辣な態度を取ってきたミスティだが、カラカルの前ではその態度は軟化し、しおらしくすらあった。

地下での危機に彼女自身が叫んだ通り、ミスティ・ブルーの忠誠心はカラカルにあったのだ。

カラカル

気を落とすな、ミスティ

カラカル

あのパオ・フウが隠していたのだ。誰であろうと、そうたやすく見つけられるものではなかったということだ

カラカル

むしろ、こうもあっさり表に出してくるとはな

カラカルの口調もやわらかく、ミスティを優しく慰める。

カラカル

今のところは設計通り、順調に稼働しているようだな

泣き出しそうに震えていた声を、ミスティは小さな咳払いでただしてから、カラカルに報告する。

ミスティ

はい。

ミスティ

宿主クララ・キューダの肉体とライブメタル義肢、左腕部アルム・バースト

ミスティ

ルクス内で行われた移植手術は成功、互いに拒絶反応を起こすもなく、宿主はすぐに通常の肉体と同じように左腕を動かすことができたようです

ミスティ

ですが、イスカラピーナが採取したアンプルからの形態模写は、現行の開発計画で想定していたレベルを大きく超えています

ミスティ

また、時折、宿主の意思にそぐわない挙動を見せることもあるようで、ピクシーおよびルクスの整備班と医療班が原因を調査中です

報告書が今も手元にあるかのように、ミスティの唇は淀みなく動く。

カラカル

ライブメタルのポテンシャルは未だ未知数だ。

カラカル

我らムルムルも、おそらくはスカウカット様ですら全容を把握しているわけではあるまい

カラカル

パオ・フウの目を引き付けておくためにも、宿主には存分に働いてもらおうではないか

左腕の主クララ・キューダの顔を思い出しながら、カラカルは得られた情報を頭で咀嚼する。

カラカル

今回捕獲できたアーデルは

ミスティ

地下を襲撃したミモル型特殊個体を一体、我々の兵が捕獲したそうです

ミスティ

クラブ型の情報を受け継いだミモル型なんて、全世界でも未だかつて出現事例が無いようです

カラカル

例のモル型のほうは

ミスティ

残念ながら、今回も逃走したようです

カラカル

そうか。宿主以外の連中にも、もう少ししっかり働いてもらわなければならんな

くすりと笑ったミスティの髪を撫ぜながら、カラカルはしばし思案する。




そして。

カラカル

ミスティ、お前は今まで以上にピクシーの動きに目を向けていろ

カラカル

パオ・フウがパーリアからこちらをどうにかしようとする際は、必ずあれに何か動きがあるはずだ

カラカル

もちろん、身体が動かせるようになってからで構わん

カラカル

せっかく救われた恩もあるのだ、多少近づきやすくもなっただろう

ミスティ

……仰せのままに

普段ユキがして見せるように、ミスティもまたカラカルの言葉を、目を伏せ恭しく承る。

カラカル

怖い思いをさせてすまなかったな。ゆっくり労われよ

ミスティ

ありがとうございます、カラカルさま。いらぬご心配を……

カラカル

いらぬ事ではない。

カラカル

実際、脚の具合はどうなんだ。

カラカル

まだ痛むか、ん?

優しく微笑みそう訊ねながら、カラカルはその指を、ミスティの病衣のすそから太ももへ滑り込ませる。

ミスティ

え、ええ。まだ少し……

ミスティ

幸い、その、関節の火傷は深くなかったようなので

ミスティ

……あ、歩けなくなるようなことはないみたいです

ミスティ

どうしても回復しない部分は、えっと、改めて人工植皮をして……

カラカル

そうか、何よりだ

カラカル

火傷が残ってしまうと残念だな、ミスティ。

カラカル

せっかくの綺麗な脚なのに

カラカルはうなずきながら、爪の長い指先を、ミスティの素肌につつと伝わせる。


薄手の病衣の下で、膝の裏側へ、内股へ、不規則な線を描くように触れながら、カラカルはミスティをじっと見下ろしている。

ミスティ

そ、そんな……その、もったいないお言葉を

ミスティ

ん、っ

悪戯めいたくすぐったさに、たまらず吐息と声が漏れる。


この方は、私の反応を楽しまれている。


そうわかっていても、ミスティの乾いた唇は、震えと声をこらえることができない。

ユキ

カラカルさま、動いてませんか、カメラ

天井の一点をちらりと見ながら、ユキはカラカルに耳打ちするが、

カラカル

見舞いに来る前に切らせておいた

カラカルはミスティの身体をまさぐる手を止めない。




いや、それどころか。

カラカル

それより、ユキ。

カラカル

お前も少しミスティを慰めてやれ

カラカル

この子は毛耳の裏を軽く吸ってやるのが好きなんだ

ミスティ

ちょ、ちょっとカラカルさま、ユキさんも……!

ユキ

仰せのままに

ユキはベッドを挟んでカラカルの反対側に回り込み。

小さな手を、ミスティの胸元にすべり込ませながら。

ユキ

失礼しますね、ミスティさま

ミスティの左の毛耳を、舌先でちろりと舐める。

ミスティ

んん……っ!

ミスティの身体が、びくりと小さく跳ねる。


それを見て満足そうに微笑みながら、カラカルもまたミスティの右の毛耳に唇を寄せ。

カラカル

寝たきりで風呂にも入れていないんだろう

カラカル

後で汗も拭ってやる、今は大人しくしていろ

ただ素肌の上をなぞるようだった指先の悪戯が、やがて手のひらでの愛撫に変わり。

ミスティ

か、カラカルさまにそんなことを……

ミスティ

あっ、いや……っ!

カラカル

ほう、嫌なのか?

カラカル

久しく褒美をやっていなかったから、どうかと思ったのだが

鼻先が触れ合う零距離で、カラカルはミスティを意地悪く問い詰める。

ミスティ

その……

紅潮し始めた頬を、さらに赤く染めながら。




二人の慰めに挟まれて、嘘をつくような余裕もなく、ミスティは。

ミスティ

嫌では、ないです

カラカル

そうか。

カラカル

そうだろうな

ミスティ

はい。

ミスティ

ん、あ、

ミスティ

んぅ……っ!

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