第15話 汐は引けども海紅く

メル

こちら機動歩兵部隊、西側防壁第一ゲートへ到着

メル

機動歩兵、4。コマンドギア、2。
防衛部隊と合流します!

ミアの駆るコマンドギアの頭上で、メルは管制塔指令室に知らせる。

バーシム市街地と外を隔てる二重構造の防壁内部には、部隊の継戦を援ける簡易的な兵器庫が設けられている。

市街地からの入り口が閉じ、外への出口が開く間に、メルたちは素早く給弾を行う。


多勢に無勢。
再来したクラブ型が引き連れるアーデルの大多数を相手に防戦に臨むのは、カラカル他ムルムルのロボニャーと、ごくわずかのコマンドギアしかいないはずだ。

未だ続く危機的状況に、クララたちは息を飲み、防壁外へのゲートが開くのを待つ。

マチルダ

南ゲート、住民の退避完了!

マチルダ

お待たせ! このままロボニャーでそっち行くね!

マチルダの頼もしい一言に、ココアとメルがうなずき合う。

ロボニャーが戦列に加わってくれるなら、自分たちはまだ十分に戦える。

メル

はいな! じゃあ向こうでお待ちしてます!

ココア

さっきも遅刻だったんですからね。
今度こそ仕事してくださいよ、マチルダさん

マチルダ

えーっ、十分働いてたじゃん!

マチルダ

見たっしょ? 後ろからの泡プクにかすりもしない神回避!

市街地で勝ち取った勝利が、部隊の中にわずかに余裕を生んだようだった。

空戦装備を外し、手甲とスカーフを新しいものに変えたクララも、マーメイと目配せしあい、お互いの身支度が整ったことを確かめる。

ジェシカ

さて、ここからが本番ね

ジェシカの一言に、空気が引き締まる。

メルとココアは、ルーフのMi-MI(ミミ)ユニットに機銃を備えた、オフロード用の四輪ガンキャリアーに乗り込む。

マーメイは再びホバースクーターにまたがり、後ろのシートにクララを座らせる

メル

じゃあみんな、行きますよー!

開いた鉄のゲートから、白い排気を残してガンキャリアーが飛び出した。

だが、メルたち機動歩兵部隊が見たものは。

デナ旧河川跡一面に広がった、紫色の汚らしい海。

無数のアーデルの体液で染め上げられた、防衛戦の舞台だった。

ミア

こ、これは……

 死屍累々。

 動きを見せるもの、ひとつとして無し。

ジェシカ

ひょっとして、もう終わっちゃってない? これ

ミアがいくら用心深く見ても、バイタルセンサーに反応はない。


アーデルも、そして味方の搭乗兵器や歩兵部隊も。

捕獲装備に耐性を得たクラブ型アーデルのほか、モル型・ミモル型あわせて数十はくだらない、躯の山。


それらの合間をそろそろと進むメルたちの前に、ひと際大きな肉塊の山が現れた。


クラブ型アーデル“だったもの”らしき、その躯の山の上に立っていたのは、

ココア

おいおい……マジかよ

アーデルの体液で鮮やかな紫色に染め上げられた、あのムルムルのロボニャー、カラカル専用機だった。

右に大剣、左にシールドカタール。

そのどちらにも、アーデルの体液と、引きちぎれた内臓がべっとりとこびりついている。

ジェシカ

ミア、あれ、知ってた?

ミア

……知りませんでした

ジェシカとミアは短い言葉を交わしながら、そのロボニャーのある部分をじっと見て、息を飲んだ。


ロボニャーの両脚が膝あたり、ちょうどモル型アーデルの体格ほどの高さまで、特に多くの体液に浸されているのだ。

ムルムルのロボニャーが持つ特殊な仕様のひとつに、両脚のくるぶしに備え付けられた、小口径の機銃が挙げられる。

ミモル型程度のアーデル掃討には必要十分な威力ではあるが、ひと回り大きなモル型には致命傷を与えられるものではない。

対フェーレス用。搭乗兵器の扱いに長けたミアたちは、この位置の機銃の設計意図が明らかにそこにあることに、真っ先に気付いた。

カラカル

そっちは随分と手こずったようだな

ロボニャーの外部スピーカーから響いたカラカルの声は、至極平然としたものだった。

誰もが驚いていたが、中でもその凄まじさを最もよく理解していたのは、やはりロボニャーの知識に長けたミアとジェシカだった。

ジェシカ

……前も思ったけど、恐ろしいわね

ジェシカ

あの時みたいな剣捌き、共用登録動作(アセット)なんかじゃ実現できないはずなのに……

ミア

息ひとつ切らしてないなんて

設計世代により異なるが、多チャンネルのレバーやペダルを用いるロボニャーの操縦は、ただシートに座り手先足先だけで行えるものではない。

常に緊張させた全身で、速く、細かく行う操縦の運動量は相当に多い。

増してや、近接戦闘で要求される操縦の複雑さや速度は、射撃操作のそれの比ではない。

以前カラカルが見せたような剣捌きは、予め決まった機体の動きを自動再現するプリプログラムドアクションでは、到底実現できるものではなかった。

腕の上げ下げ。

スタンスや重心の調整。

ハンドマニピュレータの状態までをマニュアルで操作しなければ、あの流れるような挙動は実現できないはずだった。

それこそ格闘技にも等しい体への負荷が、ミアとジェシカには容易に想像できたのだ。

ユキ

バイタルセンサー、ないです、反応

ユキ

終わりました、殲滅

カラカル

ご苦労。よく働いたぞ、ユキ

短いねぎらいの言葉の後、ロボニャー頭部のコクピットハッチが開く。


ヘルメットに押し込めていた長い髪を解放し、カラカルは眼下にいるルクスの戦士たちの中から、クララを見つけ出す。

カラカル

お前がクララ・キューダだな

クララ

えっ……

カラカル

状況は聞いている。南側に出現したクラブ型を、生身で無力化したそうじゃないか

カラカル

間違いないな? ピクシー・ボブ

ピクシー

ええ。

ピクシー

望遠のみですが、映像も記録しています。ご覧になりますか

メル

り、リーダー!?

割り込んだ通信は、管制塔指令室からだ。

報告するピクシーの様子に、わずかにざわめきが走る。

カラカル

不要だ、本人に訊く方が早い

カラカルは躊躇い一つ見せず、コクピットから飛び降りる。

そして、ロボニャーの胴部や膝の突起部を足場にして、とん、とん、ひらりと地上に降り立った。

カラカル

なかなか期待できるじゃないか。

カラカル

ルクスの秘蔵っ子、と言ったところか?

言いながらカラカルは、他の仲間たちの存在などまるで意に介さぬよう、クララに向ってまっすぐに歩みを進める。

クララもホバースクーターから降り、緊張と警戒の面持ちで黙したまま、カラカルを迎える。


口調や口元の形こそ、カラカルはクララを評価し微笑んでいるような体を取っている。

だがその目は鋭く冷たく、一部の見落としもすまいと自分を観察していることに、クララは気付いていた。

部下の値踏みとも少し違う、まるで未知の脅威を前に隙を伺うかのような。


そして。

カラカル

なるほど

カラカルは唇を曲げ、にたりと笑い、

カラカル

そこに、あったか

クララの左腕に、すっと手を伸ばした。

クララ

……!

カラカルの指先が触れる直前、クララは反射的に、左腕をかばうように身を引く。

マーメイ

どういうことです、カラカル総隊長どの

クララの怯えを察したマーメイが、二人の間に強引に割って入る。

怖いもの知らずのそのふるまいに、メルが小さく口笛を吹く。




睨みつけるマーメイを前に、カラカルは小さくため息をつく。

カラカル

どういうことかは正直こちらが知りたいところだが

カラカル

お前に聞いてもわからんだろう

そして、クララに伸ばしたまま止まっていた右手を、そのままマーメイの肩にぽんと置くと、

カラカル

下がれ

直後、マーメイの身体はぐるりと回転し、そのまま地面に仰向けに倒れたのだ。

マーメイ

……っがッ!

視界が回り、後頭部を地面に打つ直前、マーメイは辛うじて受け身を取りはした。




油断は無いつもりだった。
だが、自分が今何故、こうも簡単に体勢を崩されたのか、マーメイには理解が追いついていなかった。

それほどにあっさりと、最低限の所作で、カラカルはマーメイを転ばせ倒したのだ。

クララ

マーメイさん!

マーメイを助け起こすクララを尻目に、カラカルは再びインカムで通信を飛ばす。

カラカル

ユキ、ロボニャーの推進剤はまだ残っているか

ユキ

使っていません、ほとんど

カラカル

そうか。なら、すぐにパーリアへ飛べ

カラカル

見つかった“遺失物”を回収してな

カラカルの言葉の意味を察し、クララたちの顔にさっと緊張が走る。

マーメイ

く……

マーメイ

クララを連れて行くつもりですか

カラカル

そうだ。どうやらこれは、我々のもの“らしい”からな

カラカル

それが迷惑なら、左腕だけでも構わんぞ

カラカルの視線は再びクララに、否、クララの白銀の左腕に注がれている。

今度は確かに、その目も笑っている。

本当に言葉通り、左腕だけを切り取ってでも奪いかねない、恐ろしく冷たい笑み。

マーメイ

リーダー、一体どういうことなんですか!

マーメイの問いに、ピクシーは応答しない。

困惑するルクスの戦士たちを、飛来したロボニャーの影が覆う。

クララ

やっぱり……何なの、これ

左腕と、カラカルの表情とを見比べながら、クララは必死に考える。

カラカルの言葉は真実なのか、否か。

仮に真実だとして、自分はどうするべきか。

何もわからないまま、得体の知れないこの相手に、再び腕を奪われてしまってもいいのか。




答えの出ない戸惑いの中、クララが耳にしたのは、

残念だが、

パオ

そいつは困るぜ。カラカル総隊長どの

遠くパーリアから届いた、CAT西ボリア支部隊長パオ・フウの声だった。

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15 │ 汐は引けども海紅く

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