私達が日々受ける「いじめ」という大きな問題がこの日、一つ解決した。
事勿れ主義の教師に嫌気がさして、たった一人でこの根の深い問題に立ち向かい、そして見事に解決してみせた。
但し、その方法は似たりよったりであったが。

正しいから何してもいいの

このセリフを素面で言い切ったとある少女が、数日前にあろうことか私の事を悪く言ったあっちのクラスメートを全滅させたと朝っぱらから聞かされた。
因みに私は何も言ってないし、何もしていない。
その日は家で寝ていた。
朝、学校に来たら先生に呼び出されて事情を説明された。
因みに先日、退学処分にされているらしい。

先生

なんて説明すればいいのこれ……
相手の子、怪我しちゃったみたいだし……

私に言われても……何もしてませんよ?

先生も困惑しているようだった。
学校始まって以来の大事だった。
本当に私は頼んでいない。無関係だ。
私にもなんでこんなことが起きているのかさっぱり。
友達、というかまあそんな似たような関係をしているが、そこまでしてもらうほどの関係は築いていない。

先生

ここだけの話だけどね
あの子、ほかのクラスの子にも手をだして全員、学校に来れなくしてるわ

うわ……

やっぱり本物だあの子。
一言で言うなら彼女は正しいことをしただけ。
正義感を執行するために、手段の選別をカットして実行した。
所謂、実力行使。
同じことをしているなら、仕返しされても別にいいでしょ、という理屈。
友達をイジメから庇うという勇気ある行動じゃない。
庇うだけじゃ連鎖が止まらないことを彼女は知ってる。
だから、潰しに行った。
行なっている連中を直接。
で、二度とさせないと誓わせて終わり。

イジメを終わらせる、一つの方法。
加害者を物理的に排除する。
それを体現してみせた。
代償は大きかったが、どうせ気にしていないだろう。

先生

正しければ何してもいいわけじゃないよ
あの子は間違っている

言って聞けばいいんですけどね……

先生は、放課後私のところに現れるであろう、彼女を見つけて咎めるために協力してくれと言う。
私はやけにあの子に気に入られていた。
きっと、報告しに来るだろうと。

私無関係なんですけど……

これこそ余計なお世話だ。
頼んでもないことを勝手にやって、責任をこっちにまで押し付ける。
いい迷惑である。

またあの子に合わないといけないのか……。
私の苦手な部類の人間だ。
区別なく接してくれるが、彼女はどうも私の事を重たく扱っている節がある。
それが私はどうすればいいのか、分からない。
トモアレ、学校を退学になった友人もどきとまた会うことになった。

あの子の行動は基本的に神出鬼没。
家に先生から連絡してもらい、遅くなると伝える。
姉さんが血相を変えて大丈夫なのかと問うが、大丈夫と言い切る先生の自信が私は怖い。
言い争うことにはなるだろうし。

先生、刺激するようなことは言わないでくださいね
……多分、手を出してきますよ

先生

や、やっぱり?

甘く見ないでください
シンディは優しさの対象が極端なんです

私がシンディ、と呼ぶ少女は同い年。
中学時代から何度か遊んでいるが、未だに彼女の家を私は知らない。
私の携帯にきた連絡によると、この公園に指定した時間にくるという。
人気ない薄闇の公園で待っていると、不意に足音が近づく。
その足音は、私を見つけるや早くなる。

シンシア

涼!
嬉しいよ、また呼んでくれたね!

わぁ!?

灰色の髪の毛――このへんでは見かけない派手な格好をしている少女が、私に飛びついてきた。
そういえば私服初めて見た。こんな格好してるのか。

シンシア

涼をいじめた奴らに仕返ししたよ!
これで涼にひどいことする奴はいない!

シンディ……痛いってば!

甘えるような仕草で私に擦り寄る少女。
シンディというのは愛称。本名はシンシア。
日本生まれの欧米人で、私のことを妙に好いている少女。

シンシア

ん?
どしたの、涼?

話聞いたよ?
何したの一体

シンシア

や、だからいじめた連中全員シメた
怪我させたから、大人しくしているでしょ?

私頼んでないよね?

シンシア

頼まれなくてもやるのが友達だよ!

…………

これだ。
押し付けがましいというか、価値観が違うというか。
求められなくても、必要だと、正しいとシンディが判断すれば、彼女は躊躇いなく行う。
で、今回の一件はそれが発端。
退学になったことなどどうでもいいらしい。

シンシア

……ついでに、シメ忘れた奴も連れてきてくれたんだね
助かるよ、涼
見捨てていたクソ野郎をわざわざ持ってきてくれて
手間が省けた

シンディはそう言い、冷えた声色でそちらに振り返る。
目が、笑ってない。

先生

ひぃっ!?

先生の裏返った悲鳴。
そうだろうね、見た目は可愛いのに中身はこれだ。
口が悪い、態度も悪い。
友達の意味をはき違えた私とは違う意味の、『普通』じゃない子供。

シンシア

よくも、涼がいじめられているのを分かってて見捨ててくれたね?
それでよく、やってられるよ
事勿れ主義のクズ教師が

シンシア

言っとくけど、あたしは涼とかあたしの友達泣かせた奴に、手加減なんてしないからね
保身ばっかしてる大人なんて、生きてる価値もない

シンシア

みんな纏めて、壊してやる

シンディは怒ると急に無表情になる癖がある。
言葉は震えているのに、表情は変えない。
そのまま、実力行使で叩きのめす。
そういう奴だ。

シンディ、いいよ
先生は色々助けてくれたんだし

シンシア

……こいつ、何かしたの?

怪訝そうに問うシンディ。
私は移動しようとするシンディに両腕を回して捕獲。
抵抗しないで大人しくさせる。

助ける方法は、一つじゃないの
先生は色々支えてくれたし、それでいい
むしろシンディが勝手にやったことで、私まで怒られたんだからね?

シンシア

怒ったやつを殴ればいいじゃん
それぐらい、あたしがやるよ?

あのねえ……
そういう問題じゃないの

シンシア

そんなのいじめするほうが悪いんじゃん
何で被害者になったら、あたしが怒られるの?
あいつらのしたことみんな棚上げで
それっておかしくない?

納得いかないのは分かる。
でもそれじゃあ、世の中が否と言うんだよ。
言っても、どうせ理解してくれないだろうけど。

いじめ解決の方法に暴力を使った時点で、シンディも同類
理由があっても暴力に頼れば今の世の中、みんなこうなる

シンシア

あたしは間違ってないよ
正しいことをしたんだから
言って治らないから殴っただけ

ほら、やっぱりダメだ。
シンディは、先生も加害者として見ているから、攻撃対象になるんだ。
放置もしていないし、真摯に対応してくれたことを、彼女に言い聞かせる。

シンシア

…………
まぁ、涼がそこまで言うならいいよ
これ以上は何もしない

シンシア

折角会えたし、もすこし堪能しとこっと

私をぬいぐるみ扱いしないでよ……

ふがふが私の制服のニオイを堪能するシンディ。
何でこんなに懐かれているのか、よく分からない。
でも、彼女の言いたいことは分かった。
結局、こうでもしないと、現状は変わらない。
今回のことで、シンディに感謝している特別教室の生徒もいるのも事実だ。
必要悪、というのかもしれない。

先生

こ、こわ……

先生、腰抜かしているんですけど。
ちょっと……昼間の威勢はどこに行ったんですか……。

シンシア

あんたも教師やってるなら、学校の治安くらいなんとかしてよ
何の為にやってるの?

シンシア

あんた達がしっかりやらないから、スクールカーストなんてものが出来上がる
そうやって涼みたいな人が他の連中に虐げられるのよ
それを黙ってみているから、あたしが行動を起こしただけ
あたしは絶対に、間違ってないわ
正しいことをしたんだから

シンシア

みんなそう……
生徒同士で優劣つけて、下の人間を見下して悦に浸って喜んでる
下にされたら最後、何処まで墜ちるかも分かんない生活に怯える人の気持ちが、あんたたちにわかるの?

シンシア

あたしには暴力っていう分かりやすいチカラがあった
だから、使った
方法がおかしいとかやりようがあるとか、そんな次元で収まってるなら、永遠には無駄話してればいい
現実は話し合いで解決できるほど甘くないよ

シンシア

人間の生み出した格差を舐めてるから、大人は……
教師は動かない、助けてくれない

シンシア

教師なんて結局、自分のことしか考えてないんだよ
涼を見ていて、あたしはそう思った
それでも尚あんたはあたしが間違っていると?

格差。どこの学校にも格差は必ずある。
私達は格差の一番下。劣っている人間。
虐げられるのは当たり前だと、シンディは言う。
その格差を壊すために、暴力で上の人間を叩き落として、懲らしめた。
いうなれば、私達にとってある種のヒーローの一面がシンディにはある。
自己犠牲による、他者の救済。
それを間違っていると、声高々に先生は言えるのか。

先生

…………

先生

間違ってるよ

……言い切った。
先生は、言い切った。
シンディを否定した。

先生

そうやって勝手に決めつけて、否定するようなやり方を、私達教師が認めると思う?
教師はね、君が思ってるほど落ちぶれていないよ

シンシア

よく言う……
でかい声で違うって言うのは誰でも出来るよ
でも実際、その方法をあんたは言えるの?
実行できるの?
そして成果を出せるの?
現実を変えることできるの?

シンシア

何一つ満足に出来ない奴ほど大口を叩く
そうやって認めないものを否定する
クズの典型的なやり方よね

先生

私は現に変えてるよ?
でなければ、ここにいない

先生は勝ち誇ったような笑みで、シンディに言う。
自信に溢れている、堂々たる表情で。

シンシア

……変えてる? 何を?

先生

涼さんとの関係だよ
私はまだ半人前の教師だけど……
少なくても、涼さんと分かり合うために交流を続けるよ
問題があるなら、妥協しないで解決する努力をする
私が全部解決するなんて高慢なことは言わない
それは無責任なだけ

先生

出来ることは随時、全部やる
何時までも続けるのが私の出来ること
相手がいなくなればいじめがなくなる?
それこそナンセンスだよ
どれだけの人間が世の中にいると思ってるのかな

先生

君は世の中の人間の大半を敵に回す気?
そんなことを続けて、結局何が残るの?

シンシア

…………

シンディが、押されている。
相手の言葉に気圧されている。
……先生、そんなこと考えていたんだ。

先生

シンシアさんのやり方は即物的すぎる!
確実で、楽で、手っ取り早い方法を選んで、それで自己満足に浸ってるだけよ!

先生

勝手に失望するのはいいけどね!
そっちこそ大人を舐めるんじゃないよッ!!

シンシア

っ……!

先生は遂に怒鳴った。
シンシアは一瞬怯んだが、負けじと言い返す。

シンシア

一丁前に……口だけは達者でさ!
何もしてない奴が偉そうに言わないでよ!

シンシア

言って変わるならあたしだってやってる!
それでもダメなら殴るしかないのよ!!
即物だろうが何だろうが、効果があるならそれが一番いい!

シンシア

みんなのためにやったんだ!!
文句言われる筋合いない!!

キレている。
表情が変わってないのがさらに怖い。
彼女は、本気で憤っている。

シンシア

人の痛みを奴らに教えただけだ!
あたしだってイジメを受けてたんだ、連中はああでもしない限り変わらない!
平行線でも、勝ち続けければいつか終わるッ!!

シンシア

相手がやめれば終わるのよ……
やめさせるのには痛みが一番効果的
恐怖が一番効果的
それがあたしの見つけた答え

シンシア

あんたのやり方は甘いのよッ!!

先生

その独善には賛同できないわ
私は暴力を肯定しない

先生

甘いと思うならそれでもいい
私が結果を出してやめさせればいいんでしょう?
暴力なんかよりも余程平和的に円満的に終わらせてあげるわ

先生

……これ以上は時間の無駄ね
お互いが平行線なのは当然よ
立場が違うから

先生は優しい顔に戻った。
シンディははぁはぁと荒い息で、強い敵意を持って睨みつけている。

先生

…………

シンシア

もういい……
この人とは、どうせ分かり合えない
あたし、帰るね涼

シンシア

次は、この人抜きで会おうね
バイバイ

シンディはそれだけ言うと、踵を返して行ってしまった。
その背中を、私は黙って見つめるしかない。
どっちが正しいなんて私には見当もつかないけど。
どっちも、正しい気がした。

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