――キルケー魔法女学園 研修施設 広間――

サニーとレイリーが広間に着くと、すでに生徒たちが集まっていた。


しかしその中にアン先生の姿はない。

サニー

アン先生は?

チズ

それが、先程から何やらバタバタと歩き回っているんだ。
何かあったのだろうか

エマニュエル

施設管理者がいないだとか仰ってましたわよ。なぜいないのかは知りませんけれど……

サニー

しせつかんりしゃ~? よくわかんないけどサボれるならいっか。

この間に広間の周りの部屋見てこようよ!

レイリー

ダ・メ・で・す! 
それにほら、来ましたよ。アン先生

広間にやってきたアンの顔はどことなく暗い。

やはり何かあったのだろうかと生徒たちは察するが、それについては何も触れずにアンは大きな声で指示を飛ばした。

アン

皆さん揃いましたか? 
では少し早いですけど夕食の準備を始めましょう

エマニュエル

夕食? 予定では課題の時間になっていましたが……

アン

それは……ええと、少し課題を簡素なものに変更しますので、夕食後に。

皆さん割り当てはわかってますね?
では美味しい食事を作りましょう

というわけで各自炊事に取りかかることになる。

エマニュエルは小首を傾げていたが、多くの生徒は課題が減るならと喜んで料理の準備に入ったのだった。

ヴェロニカ

とんとんとん♪ とんとんとん♪

エマニュエル

楽しそうですわねアニー。お料理は得意なんですの?

ヴェロニカ

んー、味付けはともかく、切るのは得意だよ。
なんでも刻んであげる~。うふふ♪

チズ

夫人こそ、お嬢様だからこういうのは不得手なのかと思ったけど。意外と出来るんだな

ヴェロニカとエマニュエルは食材を刻む係で、芋や人参の泥を丁寧に落とし皮を剥き、適当な大きさに切り刻んでいく。


悪くない手つきなので、横で火をおこしていたチズが褒めるのも無理はない。

エマニュエル

トトゥ家は良家ですけれど、寮に入る時に『一通りは出来るように』と教えられましたわ。

このような場で恥をかかないようにというお母様の判断は正しかったですわね

チズ

素晴らしい考えだ。それに比べてわたしは……
火ひとつおこせないなんて恥ずかしいな

サニー

ぶふーーーーッ! 
ふーーーーッ!!

レイリー

サリー、火種が消えているのに息を吹いても意味がないと思いますけど

チズとサニーで竈に火を点けようとしていたのだが、これがなかなか難しい。

これも研修の一環だということで、余所から火をもらってくることも出来ないのが辛いところだ。

サニー

はぁ、はぁ、はぁ……あと少しだったんだけどなー!

チズ

これは、魔法や超能力を使うのはマズいのか?

エマニュエル

事故防止のために禁止と書いてありましたわよ

チズ

そうか……ではもう一度マッチを……!

レイリー

マッチを使ってもダメだなんて、逆に難易度の高いことをしてますよね

サニー

あ、マッチあと一本しかないね。これでダメだったら先生に言って貰ってこないと

チズ

わ、わかった。大丈夫だ、必ずこれで成功させてみせる……!
ま……マッチ……を……っ

サニー

ねぇちょっと異常に手が震えてるんだけど大丈夫!?

チズ

最後の……一本……!!

レイリー

『プレッシャーに弱い日本人』という言葉が今ふっと脳裏に浮かびました

サニー

今思い出さなくていい! 
チズ、気楽にシュッと擦ればいいから!

チズ

あああああ気楽にぃいいいいいいいい!!!!

渾身の力を込めてチズがマッチを擦った瞬間。

ポキッ。

小さな音をたて、文明の利器は易々と真っ二つになってしまった。

チズ

ああああああああああ

サニー

んんんんんん、惜しい! 
惜しかったよね、レイリー!

レイリー

そ、そうですね……折れなければちゃんと火が点いてたかもしれませんね……

サニー

そういうことだよ! 
今先生にマッチの追加もらってくるからさ。
ちょっと待っててよ

チズ

ここここの折れたマッチでもう一度挑戦してみみみみ

サニー

やめなよヤケドするって!

竈の前が混乱に陥り、他の友人たちがどう介入するかとあたふたする。

しかし不思議なことに、そうこうしているうちに竈の奥からパチパチという音が聞こえてきた。

サニー

……あれ??

ささやかなその音に気付いたサニーが竈を覗き込むと、小さな火が薪に燃え移り、やがて大きな火になろうとしていたところだった。

レイリー

火、点いてるじゃないですか

サニー

え~~~? 
さっき成功してたのかな……まあいっか。
ほらチズ、ちゃんと燃えてるよ!

チズ

あ、ああ……火が……! 
ありがたや、ありがたや……

レイリー

……キャパシティを超えるとこういう風になるんですね、チズは

サニー

見なかったことにしてあげよう

さて火も点いたことだし本格的に調理に入ろうとサニーが腰を上げると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。


トトトトト、という軽快な音と共に細切れの肉が空中を飛ぶ。

サニー

は?

ポカンとしていると、空中の肉がまるで吸い寄せられるように一本の串に刺さる。

同じようにして一本、二本、三本。

あっという間にバーベキュー用の下ごしらえが終わった。

サニー

肉って空飛ぶものだっけ

エマニュエル

豚肉は生きてたって飛んだりしませんわ。驚くべきナタリアの特技ですわね

エマニュエルの言葉通り、素晴らしいナイフさばきで下ごしらえを進めているのはナタリアだった。

おかげで肉類の準備はあっという間に終わり、今度は自前の鍋で玉ねぎを炒め始める。

レイリー

え、ええと。手伝いましょうか、ナタリア?

ナタリア

ううん、大丈夫。すぐ終わるから……。
大鍋にお湯を沸かしてくれる?

そっちで炒めても良かったんだけど、自分の鍋のほうが使いやすくて……

レイリー

そう、そうですよね。
じゃあお湯を沸かしますね

いつもの引っ込み事案なナタリアはどこへやら、手際のよさに全員が圧倒される。

料理が上手いというよりは、とにかく素早く、的確だった。

サニー

この感じ、どっかの映画で見たような

チズ

軍の炊き出しみたいだな

サニー

それだ!

納得したところで、サニーたちも料理の続きに戻る。

といってもサニーとチズはこの中では足を引っ張るほうで、ほとんど友人たちの活躍を見守ることに徹していたのだった。

8-3|古き洋館の息遣い・前編【5/18更新】

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