真白

……何で制服着てんの、あんた
今日って日曜だよ?

色々あって……

……日曜日の朝。運命の日。
私にとっては胃痛の予感しかしない一日が始まろうとしていた。
ぼうっと朝の時間枠にやっている特撮を眺めていると、妹が怪訝そうに制服姿の私を見て言う。

真白こそ、早いね

真白

ふぁぁ……
あぁ、あたし?
友達ん家で騒いでたから朝帰り……
今帰ってきたとこ
今日んとこは里沙に言わないでおいて

ボリボリと頭をかきながら欠伸混じりで答える真白。
時々、妹が一人暮らしの友達の家で泊りがけで遊んでいるのは知っている。
大抵、連絡を一言寄越して学校帰りに直行だ。
まぁ年頃だし、泊まったりなんなりするのは別に構わない。
正直、私にはあまり関係ないから。

そう
姉さんには言わないよ、うるさいしね

真白

悪いね
で、あんたはどうしたのさ?
何かやらかした?

朝飯なのか、ドーナツを齧りながらコーヒー片手に、妹が私に問う。
……やらかした前提で聞かれると、凄い微妙な気分。
まぁ、そう思われるような人間だけど……。

先生に呼び出し食らった

真白

なんで?

知らない
私の普段の言動をどうにかしたいみたい

私が昨日あったことを軽く説明すると、妹は何かを思い出すように思案顔になった。

真白

あんたンとこの担任……
あぁ、あの新任か
あいつお節介だって有名だからねー

真白

暑苦しいっていうか、鬱陶しいっていうか……
大学出たばっかで夢見てるんかねぇ

真白

あんたも適当に流しときなよ
できないかもしれないけど、テキトーにやっときゃなんとかなるからさ

出来るだけ頑張ってみるよ……

真白

マジでやばくなったら逃げなよ?
絡んでくるようならキレてもいいから

真白はそれだけ言うと、自分の部屋に戻っていった。
寝るそうだ。
逃げ方の下手くそな私へのアドバイスなのだろうか。
ありがたいので、取り敢えず実践してみることにしよう。
マジでやばかったら。

私は特撮を見終えると、陰陰鬱鬱とした気分で家を出た。
あぁ、行きたくない。
既に胃痛がする。
何を言われるか、何をされるか。
想像できないし、私の脳みそのキャパをこの時点で越えている。
でも行かないと後々うるさいし……。
諦めて、行くとしよう……。

ぶふッ!?

集合場所の、駅前広場。
呆然と折角の休日を潰された私が見たのは、ちょっと信じられない光景だった。
私は目を疑った。あと飲んでいたお茶を吹き出した。

先生

ごめんね涼さん、遅れちゃって!
お待たせっと!

先生

って……どうしたの?
お茶吹き出して

……先生、ツッコミがあります。
何故、どこぞの学校の制服を着ていやがるんですか。
何故生徒と出かけるのに、制服姿なんですか。
先生は社会人なのに、なぜ制服を着るのですか。
っていうか、制服まだ入るんですか。

……コスプレですか?

辛うじて私から出た言葉はこれだけだった。
……この人、そういえばいくつだったっけ……。

先生

やや、違うよ?
これにはちゃんとした理屈があるの

先生

やっぱり生徒と心を通わすには、同じ目線に立つことから始めないといけないと思うの

先生

だから私も今回は高校生に戻った気分になるためにこの格好できたというわけ!

…………

あぁ、この人暑苦しい人なんだやっぱり。
どこぞのテニスプレイヤーみたいに超暑苦しい人だ。
しかも善意だけで動いて、変な教育理論に基づいている。
正直、確かに鬱陶しい。

先生

意外に数年程度なら着なくても入るもんだねぇ
久々だよ、高校の制服着たの

先生

若干キツいのは我慢だね……

そこまでせんでも……
私、ぶっちゃけ引いてますよ?

今日は気軽に言いたいことは言っていいと事前に許可されている。
ならば、正直にズケズケと言わせてもらおう。

先生

デスヨネー……

…………

私の視線に結構ダメージが入ってるようだ。
本当大学出たばっかの20代が何をしているのやら。
高校の制服を着ていいのは高校生だけである。

先生

まっ、いいや!
さぁー涼さん!
早速行くよー!

…………

ハイテンションで私の手をつかむと、先生はそのまま私を引き摺っていく。
予定じゃ、私の行きたいところに行くらしいが……正直今行きたいのは家だ。つまり帰りたい。
多分言ったらこの人家に来る。それは避けたい。

先生

よしっ!!
お腹すいたし先ずは何か食べよう!
私が奢るよ、涼さんの分も
だから気にしないで行こ!

……えっ?

先生

ここのフルーツティー美味しいんだ
私が学生時代から通ってるんだけどね!

はぁ……

私は駅前にある小洒落た喫茶店に連れ込まれていた。
先生、私の話全く聞いてない。
いや、私が何も言わないだけか。
私は萎縮してしまっている。
慣れていない休日に感覚が嫌がってる。
問題があるのは、やはり私だ。

オススメのその紅茶らしき物体。
りんごが入っているようだ。
私は普段、こんな上品なモノは飲まない。
そもそも、喫茶店にすらあまり入らない。

恐る恐る、飲んでみる。
……これが、美味しい? 
感覚がよく分からない。
これを美味しいというのか?
風味を楽しむほど私の舌は敏感ではない。

…………
味がよくわかりません

先生

ありゃ、もしかして飲んだことない?

ないです
普段はコーヒー飲むんで

先生

そかそか
じゃあコーヒー飲もうか

先生はお茶ではなく私がコーヒーの方だとわかるや、コーヒーも追加した。
程なくして、マグに入ったコーヒーが届いた。
立ち上る湯気で分かる。
私は普段飲まないような豆を使ってる奴だ。

ブラックで飲むと爽やかな酸味とバランスの良い苦味。
美味しい。流石は喫茶店。
思わず笑みがこぼれた。

これ、美味しいです

私がそう言うと、対面するように座っていた先生が、私を見て言う。微笑んでいた。

先生

やっと、笑ってくれたね
本物の笑顔で

……はいっ?

なんのことか分からない私が、先生の顔を見てほうける。
先生は、私に語った。

先生

涼さん、気づいてなかった?
違う顔なんだよ、いつもの表情は

先生

普段学校で浮かべているのは人が皮肉と呼んだりする、冷たい笑顔
私がいつも見ていたのは、皮肉の笑みなんだよ

私が……皮肉の笑顔を浮かべていた?
誰に対する皮肉だ?
私が誰かを皮肉れるほどの何かを持っていると言いたいのだろうか。

先生

いつもそう……
涼さんは自分を皮肉ってる
このぐらいのことすら出来ない自分を嗤ってる
自分自身でね……

先生

決まって口元だけで嗤ってるのは、自分が失敗したり、上手くできなかったりした時
俯いて、目は悲しそうにしているのに、口元で嘲笑う

先生

そこまで、自分のことが嫌いなの?
自分のことを信じられないの?

私が…………自分を?
私が私自身を嘲笑する?
何を、言っているんだ先生は。

……そんなの、今更ですよ?
私は自分のこと嫌いですし、信じる価値もないと思ってます

私の何かの価値が仮にあったとしても、それはきっと私じゃなくても問題ないはず
私なんてどの道、役に立てない

私は最初から、自分には何もないと思ってますから
そんな風にしてるなら当たり前です
所詮私は人間の出来損ない
……嘲る以外に何があります?
何の為に生きているのかすら分からないのに生きている私は滑稽なんですよ
せめて道化にでもなれたらまだマシだったんですけど、世の中はそう甘くないんです

そう。
それは本当に今さらで。
私が私を笑うのはそれが理由だ。
出来損ないで、役立たずで。
私がいることが、余りにも情けないから。
最早笑うしかないから嗤っているだけ。
他に何がある。
嘆く? 悲しむ? 
そんな感情はとうに通り過ぎてる。

先生の見込み違いですよ
私にはそんなものは備わってません
無いものを搾り取ろうとする前に言いますけど

無い袖は振れないんです
無い才能は出せないんです
それが現実なんです

私に期待するとか、そういうのはやめて欲しい。
私には期待される才能もなければ、特別でもない。
平凡でも平常でもない。
それ以下の私に、何かをしろというならそれに伴った結果しか出せないことを承知して欲しかった。
分かっているのに、努力したのに、それ以上の結果を求められても私にはただ謝るしか出来ない。
そんな理不尽ばかり受けてきたのに、自分で嘲笑うと言われても、当たり前としか思えない。

先生

ん……そっか

先生

私は生半可なことを言うつもりはないよ
慰めとかそんなの言われても、困るよね

先生は私の言葉を聞いて、納得したように頷いた。

先生

でもその気持ちだけは、分かる気がする
勝手な共感だけどね
涼さんの気持ちは涼さんしかわからない
私はわかる気になってるだけ

先生

でもさ……これだけは言えると思うわ
一人だけ違うと、シンドいよね…………
家族の中で一人だけ浮いているのってさ

先生にも、何かあるようだった。
やはり、私にだけこんな風に接してくる理由。
きっと、心当たりがあるんだろう。
私と同じような顔をしている。
人に嫌がられる、特有の顔だ。

…………

先生はハッとして、表情を直してから、私に笑いかける。

先生

涼さんの気持ちに気付けて、私は良かったと思うよ
ありがとうね、本当のこと言ってくれて

いえ……

本当も何も、私は最初からこうだ。
自分に対してこの仕打ちが当然なのに、それを哀れむわけでもなく、笑うわけでもなく、心配してくれる。
先生が、何を考えているのか。
ますます、私にはわからなくなった。

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