店主さんが事務所を立ち去った後、その店主さんを追いかけるように事務所を出た大久保さんは、人の形をした白線やそこらへんにおいてある立札を器用に避けながら、じっと床を眺めていた。
店主さんが事務所を立ち去った後、その店主さんを追いかけるように事務所を出た大久保さんは、人の形をした白線やそこらへんにおいてある立札を器用に避けながら、じっと床を眺めていた。
どうかしたの?
ん……ああ……
僕の問いに上の空で返した大久保さんは、しばらくじっと床を眺めた後、何かを拾い上げて僕に見せた。
見たまえ
証拠を見つけたよ
そういう彼女の手の中には、きらきらと光を反射する小さく透明な宝石――ダイヤモンド。
ただし、以前の博物館で見た世界最大のブルーダイヤモンド
「ネレイドの涙」に比べてだいぶ小さいし、輝きも微妙に小さい気がする。
そんな僕の違和感を肯定するように、大久保さんは大きく頷いた。
ああ、その通り……
さすがボクが見込んだ名探偵だ……
一発でこいつを見抜くとはね……
光にかざしながらくつくつと笑う大久保さんには悪いけど、僕にはその宝石に何で違和感を持ったのかすらわからない。
けれど大久保さんはそんなことに気付かずに、にやりと笑った。
これで材料はそろった……
それでは、真相を暴きに行こうか
芝居がかった口調で片目を器用に瞑って見せた彼女は、そのままある人物を呼びつけた。
まったく……
なんなんですか、あなたたちは……
急に人を呼びつけて……
私はこれから、宝石の買い付けに行かなきゃ行けないんですよ?
どこかへ行こうとしていた店主さんを慌てて呼び止めた僕らに、店主さんがため息をつく。
それは申し訳ない……
けど、今回の事件の真相が分かったからね……
一刻も早くそれを伝えようと思ったのさ……
真相……?
真相なら怪盗ソルシエールがうちの従業員を殺して宝石を奪っていったってことでしょう?
何を今更……
警察のお遊びに付き合うほど暇じゃないんでね……
私はこれで失礼させてもらいます
馬鹿馬鹿しいとその場を立ち去ろうとする店主さんの前に、僕が立ちはだかる。
ま……まぁまぁ……
とりあえず話だけでも聞いてみてください……
何か分かるかもしれませんし……
…………
はぁ、分かりました
少しだけなら……
そういってその場で大人しくする店主さんに、内心でため息をついてから大久保さんの隣に戻ると、彼女は小さく「ありがとう」と僕につぶやいてから話を続けた。
さて、それではまず誤解を解いておきましょう……
今回の強盗殺人事件……
犯人は怪盗ソルシエールではありません
はぁ?
いやいや!
だって監視カメラにばっちり映ってたし、犯行状だってあっただろ?
どう考えたってソルシエールの仕業じゃないか!
それがありえないんですよ……
なぜなら、ソルシエールは殺人を犯さない
それに狙った獲物以外を盗ることもない
そもそもソルシエールは必ず犯行予告を出します……
ですが今回はそれさえなかった……
そもそもあんな雑な変装でソルシエールだなんてよく言えたものです
何故そんなことがいえる?
今回はたまたま殺人して根こそぎ盗ったかもしれないじゃないか!
……なぜそういいきれるか?
理由は簡単です……
なぜなら……
そこで一度言葉を区切った大久保さんが顎の下を掴むと、変装のために被っていたマスクを思いっきり剥ぎ取った。
そのマスクの下から出てきた顔を見て、店主さんだけでなく、僕も思わず驚いた。
私が怪盗ソルシエールだからさ……
どうどうと言い切り、高らかに笑う大久保さんだけど、いつの間にあんな変装をしたんだろう?
少なくとも、目の前で彼女が刑事に変装したときは、普通の女子高生の姿だったのに……。
僕がそんなことを考えている間にも、大久保さん――ソルシエールは、今度は僕に近づきながら話を続ける。
本人が殺人をしない、獲物以外は奪わないと言うんだ……
これ以上の証拠はないだろう?
ぐ……ぐぐ……
ああ、それと……
逃げられるだなんて思わないことだね……
なぜなら……
そして、いつの間にか僕の背後に立ち、僕の変装を一気に剥ぎ取った。
わっ!?
こっちには、名探偵高校生の横島正太郎君がいるんだからね……
いくらあなたでも、彼のことは知っているだろう?
いくつもの難事件を解決し、私が唯一認めたライバルさ……
勝手に人の変装を剥ぎ取って、勝手なことを言ってるけど、どうやら効果はあったらしく、店主さんは悔しそうに顔をゆがめながらも大人しくしていた。
さて、話を続けようじゃないか
まず今回の真犯人だが……、それはずばりあなただ、店主さん
な……何を馬鹿なことを!
私はこの店の店主で被害者だぞ!?
被害者?
ありえないね……
なぜならあなたは今回の事件で一円の損もしてないからだ……
いや、むしろ宝石にかけた保険金を騙し取って、大もうけしたとさえ言える!
その証拠がこれさ
そういってソルシエールが取り出したのは、さっき床から拾い上げたダイヤモンドだった。
その途端、店主さんの顔色が変わる。
それは……!?
そう……
一見、普通のダイヤモンドのように見えるが、実は精巧に作られた模造品……ただのガラスだよ……
まぁ、それを知っていたからこそ、犯人は乱暴に袋に詰めるだなんて暴挙ができたんだろうね……
どうだ、といわんばかりに胸を張るソルシエールだけど、それに対して店主さんは小さく鼻を鳴らした。
確かにそれは偽者だ……
仮にも宝石商を営んできた私にも分かる……
だが、それが証拠にはなりえない
なぜなら、それはソルシエール
お前が私を陥れるために用意したものかもしれないじゃないか!
店主さんの反論に、今度はソルシエールが言葉を詰まらせる。
どうやら、それに対する反論の糸口を見つけられないらしい。
このままじゃまずい。
そう判断した僕が、とにかく何でもいいからと店主さんに質問を投げかけた。
店主さん……
この店の従業員は亡くなった方と、店主さんの二人だけですか?
……?
ああ、そうだけど?
じゃあ、この店のケースの鍵は誰にでも分かるところにおいてありました?
もしかしたら、鍵は事務所の机の上とかにあって誰でもわかる状態だったのかもしれない。
そう思った質問に、けれど店主さんは強い口調で返した。
そんなわけないだろう!
目を放した隙に客に鍵を取られたら元も子もないじゃないか!
鍵はきちんと従業員にしか分から……ない……と……
何かを思ったのか、途中で言葉を知りつぼみにさせると、突然がっくりと膝を折って諦めたような顔をした。
くっ……
まさかこんな単純な手に引っかかってしまうなんて……
ああ……そうさ……
この事件の犯人は私だ……
私が従業員を殺し……、偽者の宝石を奪った……
突然自白を始めた店主さんに僕が呆然とする中、ソルシエールが問う。
何故そんなことを……?
それは……あいつに……
私が偽者の宝石を仕入れ、今回の事件を起こそうとしていたことを知られてしまったからだ……
以前に私は偽者を掴まされて、ものすごい借金を抱えてしまった……
だから借金を返すためには、偽者の宝石に多額の保険をかけて、それをもらうしかないと考えた……
けどあいつは……それを知って俺にやめるように説得してきたんだ……
だから殺してやった……
そして、怪盗ソルシエールに罪を被せて保険金をもらおうと思ったんだ……
完璧な犯行計画だと思ったんだが……
まさかソルシエールと名探偵が乗り込んでくるだなんて思わなかったな……
自白を終え、大きく息を吐き出した店主さんがゆっくりと店の出口へ向かう。その顔は酷く穏やかなものだった。
流石は名探偵だ……
私は大人しく自首しよう……
そういってゆっくりと歩いていく店主さんを、僕はなんともいえない顔で見送った。
こうして、今回の事件は解決し、ソルシエールの変装をといた大久保さんと商店街を歩いて帰ろうとしたときだった。
先生!
やっと見つけました!!
……ってアンタは!?
今までどこにいたんスか?
って、おお!?
ふ……二人とも待って!
…………あれ?
なぜか探偵部の皆に大久保さんと一緒にいるところを見つかって一波乱あったけど、それはまた別のお話。