空っぽになってしまった。




 でも、確かな安堵もある。もう、十分だと彼女が言った。それならば、十分じゃないか。

 それでも、足りないと思う。寂しい。寂しい。きっと、どこまでいっても寂しいのだ。

サンザシ……

 もう、彼女は答えてくれない。彼女は、もう、いないのだ。





 こほん、と、セイさんが小さく咳払いをする音が、遠くから聞こえた。

 俺の肩に、なにかがのる。顔をあげると、セイさんが俺の肩に手をのせていた。

水をささせてもらうけどさ、あの物語って、別に死別でもなんでもないんだよね。

そこに、僕は目をつけたわけ。言ったよね? 

サンザシちゃんの命は、君にもかかってるって

 びし、と勢いよく指差されたミドリは、えっ、とその場で跳びはねる。

わ、私!?

そう、その通り。

僕ってば恋愛ものが大好きだから、悲恋も好きなんだけど、この二人を見続けてたら、バッドエンドじゃなくてハッピーエンドになってほしいなって思い始めちゃったわけ

 にたり、とセイさんは笑う。

そこで、考えた

 静かに、セイさんはとんでもないことを言った。

物語の続きを作ってしまえばいい、ってね

……え?

魔王の物語は、バッドエンドだ。

希望もない。

でも、どうだろう、あの物語に続きをつくったら?

……まさか

 セイさんは、空いている方の手で、ミドリの肩に手をおいた。

そう、そのまさかさ。

それが、僕の言った真実。
サンザシの命は、君にかかっている

私が、物語を書いたら、二人は幸せになれるんですか?

ん? 少し違うな……君が二人が幸せになれる物語を書くんだよ。


サンザシは死んでいて、コリウスは、あ、タカシ君は、絶望の縁にたどり着いて何度も何度も生き返らせようとするまでは、筋道通りで頼むよ。

もちろん生き返らせるのは無しだ。
筋道通りになってこその物語だからね。

でも、たどった後に、おわり、って文字をそっとなくして、続きを書く許可は僕がするよ。

なんたって物語の神様だからね。どう?

 ミドリは、息を飲んで俺を見つめた。
 俺は、二人が何をいっているのかわからなかった。

……サンザシと、俺が、幸せに?

そうさ。もう君は十分に学んだだろう?

セイさん! 私、やります、もちろん……!

あっは! よかった、よかった! 

君、霊感が強いだろ? 
そういう人じゃないとこの仕事頼めなくてさあ。

本当は僕が続きを書こうとしてたんだ、でも、一度終わった物語をひんまげるのは、なかなかに難しくてね。

アイディアが浮かばなかったの、どうしよっかなーって思ってたら、偶然君にであった! 

まさか出会えるとは思ってなかったけど

なるほど、だから私を同行させたんですね。最初からそういえばいいのに、いじわるな神様

はは、君も言うね

 べらべらべらべらと、話が進んでいく。
 俺は、着いていけない。

サンザシは……死んでしまって……

魔王の物語の世界を復活させるために、もう一度世界を最初からやり直すって話はしたね? 

その際に、魂が必要だ。
サンザシの魂は、エンに頼んで止めてもらってる

時間の神様は、死も……?

そう、死がなくなったわけじゃないけどね。

このあとは巻き戻し。

そうしてもらわないと、サンザシっていう魂が魔王の物語にいない状態になっちゃう。それじゃキャストが足りないでしょ

でも、サンザシちゃんの記憶は

 言いかけたミドリに、セイはウインクする。

僕、記憶操作も得意なんだ

……ということは

僕からのプレゼント。

君は魔王の物語の世界に行くことになるけれど、今までの記憶があるままにしておいてあげる。

サンザシもさ。君らが魔王の世界の筋道通りに物語を進めると誓うのなら、限られた時間ではあるけれど、君らの時間を僕が保証しよう。

それと、ミドリにかかっているけれど、その後の幸せもね

 俺は、泣いていた。
 泣きながら、お願いしますと、叫んでいた。

もちろん

 セイさんは――神様は、微笑んだ。

君らの幸せを、祈っているよ

 ぱちん、と弾ける音がする。





 からだが、どこかに引っ張られていく。

8 記憶の深淵 君との大罪(8)

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