僕は、君に知ってほしかった。

記憶が無い状態が、おそらくベストだっただろう? 

記憶があると、君、何しでかすかわかったもんじゃないしね

サンザシも同様だ。

だめだよ、流れに逆らっちゃ。

君だけ記憶がある状態で楽しんでねって言ったら、彼女むくれちゃって大変だったけどね。

僕がサンザシちゃんを無下にできないと察してたんだろう、僕につんけんしちゃってさ。
かわいいもんだよね。

でも、彼女もまた、満足したんじゃないかな。


君に記憶が無いままでも、二人の関係を再開することができたんだから

 満足、したんじゃないかな。
 そうか。つまり。

もう、終わりなんですね、旅は

そう、おしまいだ

サンザシは、死ぬんですか

何いってるんだい? 

もう、死んでいるよ。とっくの昔にね

……彼女の魂は、それでも、いたのに

 ということは、つまり。

物語を修復して、俺たちがもう一度その物語の世界に入ったら、また同じ運命を?

そうさ。

君たちの魂は記憶をなくして、もう一度、同じ運命をーー筋道を、たどる

サンザシは、また、死ぬんですか

そうさ。

あのね、生き物は死ぬんだよ、遅かれ早かれ

………………神様

 神に祈ることなど、今まで一度もなかったのに。


 俺は、気がつくと両手の指をかたく、組んでいた。

どうしても、その運命は変えられないのですか……物語は、変わりませんか

……変えたいのか

変えたいです

どうして

彼女を

 両手の爪が、手の甲に食い込んだ。

サンザシを、愛しているんです。彼女の代わりに、俺の魂を差し出していい

……本当だね

 いつのまにか、セイさんは俺の目の前に来ていた。しずかに、ふわりと、笑う。

それだと、君はもうサンザシと共にいることができない

いいんです。彼女に生きてほしい

エゴイズムだ! 

彼女の気持ちも考えず!

 セイさんは突如大きな声を出した。そして、鼻で笑って

却下に決まってるだろう

 と言い捨てた。


 手の甲から、何かが流れた。血だ。血が、したたりおちている。自分の爪が食い込んで、自分自身を傷つけている。






 どうして、俺は、生きているのだろう。

ああ、残念だ、残念だよ。

僕は、自分の命も愛してくれるキャラクターがいい。

例えば、自分の作り出した物語のキャラクターに、自分は死んでも構わないなんて言われたら、傷つく! 分かる? 

僕はこんなに君のことを大切に思っていて、生きてほしいと願っているのに! 

だからここまでしたのに!

 ね、とセイさんは、微笑んだ。


 俺にではなく、ミドリに。

そう思わないかい?

……え、私?

8 記憶の深淵 君との大罪(4)

facebook twitter
pagetop