そうだ。
 あの後。

 サンザシが死んでしまった、あの後。
 正確には、サンザシの肉体と魂が離れてしまった、その後。





 俺は彼女の魂を、どうにかして自分の側においてはいけないものかと、必死になって魔力を使った。

 俺の頭に流れてくる映像は、一瞬だったが鮮明で、映像を凝縮して無理矢理見させられた気分になる。


 記憶を思い出すということは、こういうことらしい。



 鮮明に、思い出す。



 今まで端から見ていた魔王本人の視点から、物事を見ている。


 当たり前だ。俺は魔王だったのだから。

 動かないサンザシを胸に抱きながら、俺はあの手この手を試みた。



 いくつも、いくつも、いくつも、いくつも、いくつも。



 黒い光で彼女と俺を包み込んでしまって、外から誰も入らないようにして。



 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。








 当たり前のことだけれど、彼女の魂は肉体に戻ることはなく、彼女が目を覚ますこともなかった。

 それならばと試みたのは、彼女の魂だけでも、この世界に留められないかということ。


 サンザシの魂は、どんどん空へとのぼっていく。俺の知らない世界に旅立とうとする。


 どんなに手を伸ばしても、戻ってくることはなかった。


 ひっぱればひっぱるほど、彼女はどこかに消えていこうとする。




 俺の魔力を持ってしても。




 どれだけ時間が経ったかわからない。
 俺はその場で、倒れてしまった。

おい、魔王! 魔王!

 ロジャーが、魔王、魔王としきりに呼ぶ声だけが、やけに近くで聞こえたのを覚えている。

 短時間であんなに魔力を使ったのははじめてだった。


 目を覚ますと、側に青い宝石が座っていた。

目覚めましたか

……サンザシが、いなくなってしまった

 涙がこぼれてくれたら、まだ、ましだった。



 何もない。心に大きな穴が開いてしまって、それがただ、冷たい重りのように俺の心の中心に居座っている。

こうなることを、彼女はわかっていました。彼女の言葉は全て……本心でしょう

それを確かめるすべは、ない

ええ……そう、ですね

 は、と俺が笑うと、ますます心の中の穴が広がるようで、息がつまる思いだった。

生き返らせようとしたんだ

ええ、そのようでしたね

無理だった。


ありあまる知識を……といっても、たいしたものではいが。できる限りのことをしたのだ

でも、無理でしたでしょう。

死んだものを生き返らせるようなことがあれば、秩序は乱れ、そのときにすぐ、世界がーー

時の神は

 青い宝石の言葉を遮って俺が訊ねると、青い宝石は少しだけ困ったような表情を浮かべた。

あなたの薬、蓋が開かないんです

ああ、そうだ……約束を破られては、たまったものではないと思ってな……俺しか解けないだろう、小難しい魔法をかけた。

サンザシの無事を確認してから解いてやるつもりだったが……もう、意味はない

黒い光を宿す魔法を、私はよく知りません。

私ではあの蓋の魔法は解けませんでした。

私だけでも時の神を復活させることはできますが、時間がかかります。

黒の魔法にはやはり、黒の魔法です。
どうか……

 今度は言いかけて、青い宝石は口をつぐんだ。どうやら、俺の言いたいことを察したようだった。

 は、とおもわず笑ってしまう。

今、それどころではないんだ

……そうでしょう

 青い宝石は立ち上がる。ゆっくりおやすみになってください、と微笑んで、外に出ていく。







 俺は考える。
 これが、寂しさか。
 これを、忘れないで、か。

サンザシ……愛している








 そしてこれが愛か、サンザシ。

8 記憶の深淵 君との大罪(1)

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