それを見かけたのは、昼休みの校舎裏。
教室の喧騒に耐え切れなくなった私が逃げ場としてよく使っている場所だ。
ここのところ、私は精神的に不安定だった。
原因なんて何処にもない。
それが私という生き物だ。
強いて言うならそれが原因。
元より波のある精神が、ここ一週間ほど下がったまま、上昇することもなく私に常に出処のない不安や焦燥感を齎す。
おかげで、メンタルの疲弊が酷い。
忌避のためにきたといってもいい。

そこで思わぬ人と出会した。
ある意味、今尤も会いたくない人だった。

先生

あっ……

…………!

そこに居たのは、何と先生だった。
先生は私を見つけると、バツが悪そうに笑った。
誤魔化そうとしているのはすぐに分かった。

先生

あ、あはは……
奇遇だね、涼さん

そうですね

ここのところ、昼休みになっては居なくなっている私を心配して追ってきたようだった。

何か用事ですか?

先生

あっ、んーん……そうじゃないけど

そうですか

私のことを心配してくれるのはいい。
だけどあまり過剰に関わってこられると、私も辛いことを余計に辛い。
罪悪感が増すのだ。そういう自覚があるから、わざと逃げてきたというのに。
これじゃ、お昼を食べられない。

…………

私は基本的に、お昼を食べるときは一人だ。
こうして人気のないところに来ては、もそもそと食べてそそくさと退散する。
誰と食事をするという行為が、酷く私には恐ろしかった。
私の思う食事とは、親しいモノ同士が他愛ない話をしながら楽しむというイメージが強い。
親しい人が、私にはあまり居ないから、そうすることもないだけなのかもしれないけど。

誰かと食事を共にするという行為に抵抗がある私。
変なことを言っていないか、相手の機嫌を損ねていないか、妙な食べ方をしていないか。
そういう心配ばかりして、楽しむことがそもそも出来ない。
家族とだって、あんまり話さないで食べてばかりなのに。
況してや、先生は他人だ。
そこまで私は親しいとは思っていない。
一緒に食べたいなどと、思わない。

先生

えっと……お邪魔だったかな?

……いえ
じゃあ、私はこれで

思いっきり邪魔だった。
でもそれを口に出すほど、落ちぶれていない。
私が場所を変えれば済む話だ。
お気に入りの場所だったが、目を付けられているならまた探せばいい。

先生

りょ、涼さん?
そんな、逃げるようなことしなくても……

先生が、そう言いながら去ろうとする私の腕をつかむ。
思っていた以上に力がこもっていて、私もキツイ言葉で返してしまった。

私、一人になりたいんです
ですんで、場所を変えます

先生

…………

それじゃ

先生が腕を離した。
そのまま、私は立ち去ろうとする。
背中に、先生の声が聞こえた。

先生

涼さん……
もしかして、私も警戒してる?

先生の疑問の声は、小さかった。
聞こえないふりをして、そのまま立ち去れば、それで済んだのに。
私は、足を止めて振り返ってしまった。

……どういう意味ですか、「も」って?

私の棘のある言葉に、先生に怯まないで続けた。

先生

私の気のせいなら、それでいいの
でも……一つだけ聞くよ?

先生

涼さん
ほかの皆とも距離を置いているよね?

……言ってくれる。
まさか、距離を置いているとストレートに聞いてくるとは。予想外すぎた。
他の生徒にこれをしたらキレたりして暴れる可能性だってあるのに。
でも私にそう問うなら、私も直球で返そう。

そうですけど
それが何か?

私が誰とどんな風に接しようが、私の勝手だ。
静流とは友達をしている。
他にも、友達と言える人はいる。
だけど親友というほどの度合いではない。
私は親友、と呼ばれるモノを知らない。
作ったことがない。だから分からない。

それを距離を開いているというならその通りだ。
私は距離を縮めてくる人間が等しく怖い。
怖いから遠ざける。それの何が悪い。

先生

あんまりは言わないけどね……
完全拒否をしているわけじゃないのよね?

そこまで過剰に反応はしてませんよ

先生

率直に聞くわ、涼さん
私もやっぱり怖いの?

はい、怖いです
何考えているのか私は想像できないので

先生

うわストレート……
かなりショック……

私の返答にかなり本気でショックを受けている先生。
もっと感じていることを教えてくれと言うので、本当の気持ちをぶつけることにした。
取り敢えずは、言いたいことは言っていいと本人が言っているんだ。
なら遠慮なんていらない。

さらに言うと若干お節介です
時々うざったくなったりもします

先生

…………

真面目に取り込んでくださるのは嬉しいです
でも、入り込みすぎてノイローゼにでもなられたら、私も不調になります
ですんで、程々にしてください

先生

…………

こうして心配してくれるのはいいんです
同時に相手の状況を察してくださると助かります

先生

ず、ズバズバ言うね……
凄いダメージ入ったよ……

不調続きになると、自然と私は口が悪くなる。
もう少し言葉を選ぶこともできるのに、余裕がないから出てきた言葉がそのまま飛び出す。
これだから、私は口が悪いんだ。

……こんなところですが

先生

うん、痛いほど分かった
涼さんは、人をまだ上手く信じることができないんだね……

そんな感じです

私は自分自身の記憶があやふやになることもある。
そんなだから自分を信じることだってできないし、自信満々とは対極的なところにいる。
ハッキリ断言できることなんて何もない。
他人なんてもっての外だ。
家族ですらうまく付き合えない私が、どうして他人を信じられる?

人を信じた記憶は、ない。

先生

……よしっ!
決めたよ、涼さん

はいっ?

妙に何かを決めたような顔で先生は、私の手を取って言った。
猛烈に嫌な予感がする。
何だろう、この言いようのない感覚は。

先生

今度の日曜日、先生と一緒におでかけしよう!

……先生は意味不明なことを言い出した。
一緒に出かける? それはどういうことだ?

先生

つまりは友達になろうってことよっ!

はァッ!?

……何を言っているんだこの人は。
公私混同とか色々言いたいことが多いけど、あれよあれよと話が進んでしまって、というか先生が勝手に決めた。
そんでもって拒否させることもなく、私は先生と出かけることになった。

……先生が、私にそこまで構う理由が分からない。
でも、何となく、嫌な予感がした。

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