うちに嫁に来るか?

与兵が街に行ってから2日後 ――

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

与兵

……

鶴太郎は納屋にこもり、はたを織っていました。

与兵

そろそろ昼飯の時間なんだが……

それなのに鶴太郎は出てきません。

与兵

呼びに行こうか……

と、思っていました。

吾助

よぉ

吾助が現れました。

与兵

じいさん
戻ってきたのか?

吾助

ああ
今朝、帰ってきた。

与兵

じいさんが家を空けるなんて
俺が街に居た頃はなかったのに。

おじいさんは当たり前のように診療所にいました。

吾助

最近はそうでもなかったんだが
今回はけっこう長めだったな。

与兵

そうなのか?

吾助

診療所を俺に任せて
行き先も言わずにいなくなるんだよ。

与兵

どこ
行ってるんだ?

吾助

言わないのに
聞くのもどうかと思って聞いてない。

与兵

聞けばいいだろ。

吾助

俺はお前と違うから
聞けねーよ。

与兵

俺より診療所に馴染んでいるのにか?

吾助

拗ねてんなら
帰ってくればいいじゃねーか。

与兵

嫌だ。
俺の家はここ。

吾助

でっかい
家出少年か?

与兵

家出じゃないし。

吾助

それより
茶、くんない?

与兵

あ、悪い。
すぐ出す。

与兵はすぐにお茶の用意をはじめました。

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

吾助

……

吾助は囲炉裏端に座り、はた織りの音を聴いています。

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

吾助

……

与兵がお茶を吾助の前に置きました。

与兵

あいつ、納屋にこもって、
はたを織ってばかりなんだ。

吾助

……

吾助は湯呑を持ち、お茶を飲みます。

与兵

メシ食って
ちょっと寝に戻ってくるだけ。

与兵は自分の席に座り、自分の湯呑を持ちますが、お茶は飲んでいません。

吾助

やってんの?

与兵

……。

与兵は首を横に振ります。

与兵

夜遅く戻ってきてすぐに眠って、夜明けと共に納屋に行く感じだ。

吾助

ケガ人じゃなくてもダメだな。そもそもあいつ、まだガキだし。

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

吾助

止まったな。

与兵

ああ……。

それまでずっとしていたはた織りの音が止まりました。

吾助

完成したとか?

与兵

腹が減ったのかもしれない。

お昼の準備はできています。
すぐにそっちの支度をしようと与兵は動き出そうとしていました。

吾助

まだ食ってないのか?

吾助は腕時計を見ました。
お昼には少し遅いです。

与兵

ああ。

与兵はうなずきました。

吾助

俺ももらっていいか?
飯、食いそびれてたんだ。

与兵

この後、
診察してくれるんだろ?

吾助

そのつもりで来てる。

与兵

じゃあ
3人分だな。

そう言って与兵が立った時です。

鶴太郎が反物を持って、勝手口にいました。
体を支えられないのか、戸口に寄りかかっています。

鶴太郎

で……できたよ。

笑顔で言っていますが、とてもやつれていました。

与兵

……。

与兵が慌てて駆け寄ると、鶴太郎は反物を渡しました。

鶴太郎

「お父さん、お母さん。
これを見てください。」

与兵

はぁ?
何、言ってんだよ。

吾助

俺がお父さん?

与兵

それだと俺がお母さんになるじゃねーか。俺が旦那で吾助の役割はない。

一応、あります。

鶴太郎

でも、こんなのじゃ……ダメ……。まだまだ、まだまだなんだ……。

そう言って、倒れこんできます。

与兵

鶴太郎!

反物を床に落とし、鶴太郎を抱きとめました。

与兵

大丈夫か!
おい、返事しろ!

鶴太郎

でも、まだなんだ……。
これじゃあ、まだダメ……。

うなされるように言っています。

鶴太郎

早く、次の糸を……。
それを売って、次の糸を買ってきてください……。

与兵

何言ってんだよ。
もういいから。
これで十分だ。

鶴太郎は首を振ります。

鶴太郎

こんなのじゃ……。

与兵

もういいから。
黙ってろ。

与兵は鶴太郎を抱きしめます。

鶴太郎

与兵、あったかい……。

ようやくおとなしくなりました。

吾助

ったく。
無理させるなって言ったのに。

吾助は与兵が落とした反物を手にしました。

吾助

こ……これは…………。

とても軽い感じがしました。
そのまま空に浮いてしまいそうな軽さです。

それなのに、生地がしっかりとしていて、繊細な模様も見事です。

素人目にも美しい反物であることがわかりました。
きっと高値で売れます。

吾助

…………。

鶴太郎

「これは鶴の織物と言うものです。どうか明日、町に行って売ってください。そしてもっと糸を買ってきてくださいぃぃ。」

与兵

自分の名前をブランド名にするのか?

鶴太郎

え? うん。
ダメ?

与兵

ダメじゃないけど……。
もっとなんか違う名前がいいんじゃないか?

鶴太郎

シンプルなのがいいんだよ。

与兵

シンプルだけど……。

与兵

「鶴の織物」

与兵

そのまんまじゃね?

鶴太郎

いいの。
鶴の織物で決定。

与兵

吾助、何かいい名前ないか?

そう言って、吾助を見ます。

吾助

……。

与兵

吾助?

吾助はその反物をしげしげと見つめていました。

吾助

鶴太郎、お前、
俺の嫁になる気はないか?

反物を持った吾助が鶴太郎に言いました。

与兵

え?

鶴太郎

やだ。

即答です。

鶴太郎

金目当てと体目当てなら、
体目当ての方がいい。

吾助

それなら大丈夫だ。
ちゃんと体も目当てだ。

鶴太郎

…………。

鶴太郎はちょっと考えています。

与兵

ば……バカ野郎。
俺は体目当てじゃねえ。

鶴太郎

じゃなに?

与兵

ほ……保護者だ……。

鶴太郎

吾助、吾助。

鶴太郎は吾助を手招きします。

吾助

なんだ?

吾助が鶴太郎の傍に来ます。

鶴太郎

嫁になる。

吾助

商談成立だな。

与兵

ダメに決まってるだろ!

吾助

俺、お前のせいで、
三年間、棒に振ったんだよな……。

与兵

……。

それを言われると、与兵は何も言えなくなります。

吾助

ジジイんところで
タダ働きみたいな感じだし……。

吾助はおじいさんにいいように使われています。

与兵

反物はやるけど
こいつはダメ。

吾助は反物を渡されて追い出されそうになりました。

吾助

飯、くんないの?

与兵

食ったら帰れ。

与兵はすぐにお昼ご飯を用意して、三人で食べました。

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