意味が分からなくって、
息が止まって三秒後。


私は手の甲で唇を覆って、

迫田藍

なに…してるんです、か?




震えた声で小林さんに問うた。



小林唯

キス、




落ち着いた声で、変わらない表情で、
でも、ギラリと鋭い目で、彼はひとことそう言った。


小林さんの妖しさに
ゾクリ、背筋が震えた。



迫田藍

だ、だって小林さん、

小林唯

下心ナシでLINE交換とかカラオケとか、俺、そんなに聖人君子じゃない。




私は小林さんから目を反らせないでいた。

飲み込まれてしまいそうだ、とまで思った。


小林唯

藍ちゃんは?

迫田藍

わ、たしは、




そんなつもりじゃなかった。
それは、本当。絶対に。



そのまま言葉が出ない、固まってしまう。


小林唯

藍ちゃんに、俺のこと男って見て欲しいから、キスした。




何をいっているのだろうこの男は。


たった1日一緒にいただけのガキに、男として見て欲しいからキスをするだなんて。

考えられない。


ばかじゃないの。
かりにも二十歳の大人でしょう。


彼への否定的な言葉が頭の中でぐるぐると廻るのに、それはひとつも出てこない。



小林唯

もう一回していい?




彼がもう一度私にグンと近付く。


迫田藍

や、だめ、




ちゃんと私はダメって言ったのに。

それでも小林さんは
聞こえないとでもいうように私に口付けた。


拒んでよ、動いてよ私の身体。

両手で思い切り押し飛ばしたいのに、
全く思うように身体は動いてくれない。


軽い、触れるだけのキスが、
私に感じたことのない痛みを与える。




背徳感、とでも言えばいいのだろうか。

顔が離れて再び視線が重なる、
その彼の色っぽさに私は持っていかれそうになる。




怖い。



小林唯

藍ちゃん、かわいい。





俺、どうしようもないね。と
二度目のキスの後、小林さんが言った。



迫田藍

どうしようも、ない、人ですね、ほんと。




心臓が、ジクジクする。

キスなんて大したことないとでも思っているのだろうか。

私だって別に初めてというわけではない。
彼氏がいたときには、好きだとい愛おしい感情の元、何度も唇を重ねた。


これは、そうじゃないでしょう。

そんな形のキス、私は知らない。



知らなかった。



どうしようもない人だ、と素直に思ってしまった。

それをそのまま言葉にすると、
小林さんはほんの少し口角を上げて緩く笑った。



小林唯

俺のこと嫌いになる?




彼からの質問は、
私の心をぎゅうと締め付けた。


当たり前だ、こんな非常識な人。
嫌い、嫌いに決まっている。


なのに、
素直にそう言えればいいのに、


迫田藍

ひどい人だ、とは、思います。思うんです。




どうしてだろう。

私は曖昧な言葉を選んだ上で、
微小のNOを含ませた答えを彼に返したのだ。





馬鹿は私なのかもしれない。

本当はこのときに逃げなくてはいけなかったのだ、きっと。

私はそんなに器用ではない。

彼の行為を、存在を否定してしまわねばならなかったのだ、きっと。




小林唯

ほんとに可愛いね。





強がりだったのかもしれない。

これはきっと、


迫田藍

…そんなリップサービス、いらない、です。






虚勢だ。






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