映画館を出て夕方の4時すぎ。


小林唯

面白かったね。

迫田藍

はい、かなりキマシタ!





映画は面白かった。

初めは隣に座っている小林さんに緊張してたものの、映画が始まるとそっちに釘付けになった。


小林唯

まだ4時か、帰るのもったいないよね。




小林さんは少し立ち止まって考えた後、


小林唯

カラオケでも行く?藍ちゃんの西野カナ聴きたい。




と、私に笑いかけた。


迫田藍

私下手なんですって、それなら小林さんのホルモン期待ですね。



そういえばこの前、お互いにカラオケが趣味で、
私は西野カナやmiwaを、
小林さんはマキシマムザホルモンをよく歌うって言ってたっけ。


会話の一つ一つを小林さんは覚えているのだろうか。



このときにはもう完全に、警戒心は解けていた。
小林さんのラフさのおかげだと思う。



小林唯

えー、やだよ。俺下手って言ってるでしょ。

迫田藍

小林さんは上手そうな気がするから、大丈夫です。




なにそれ、って小林さんが困ったように笑うから、勘です、と私も笑って見せた。





1時間半パックでルームに通される。


映画とかカラオケとか、
無理をして話をしなくていい場所に誘ってくれる小林さんの優しさ。



小林唯

西野カナ入れていい?

迫田藍

や、初っ端私だめですって!



年上さんどうぞってカラオケ機器を手にとって、マキシマムザホルモンを検索した。


すると藍ちゃんがイジメるって小林さんが言って、私の隣に座って画面を覗き込んだ。



ふらり、小林さんの姿が揺れて、
甘ったるい匂いが鼻を掠めた。

甘い、匂い。



小林さんが曲を入れて俺からかあ、と言いながらマイクを取った。


曲が流れて小林さんが歌っている間、
ああ上手だ、とか、そんな漠然としたことを思いながら、

彼から目が離せなかった。



…きっと私がいけなかった。
ポーッと彼の方を見ていた私がダメだった。

小林唯

なに、俺の顔なんかついてる?

迫田藍

えっ、あっと、




テーブルを挟んで正面に座る小林さんが急に私に問うた。

曲はもう終わっている。


咄嗟のことに私は、




迫田藍

いや、さっき近づいたとき、小林さん甘い匂いしたから、いい匂いだなって、




嘘をつくことなく、素直にそう答えた。

言ってから、ハッと気付く。
なに言ってるんだ私は。

迫田藍

や、なんか変態みたいですね!ち、がうんですよ!!




急にこんなことを言うだなんて、気持ち悪すぎる。
顔の前で手を横に振りながら、私は否定をした。


迫田藍

すみませ、




自分の失態に謝ろうとしたその時、
正面にいた小林さんがテーブルに手をついて腰を上げた。


私に彼の影が落ちたかと思うと、視界が揺れた。









なにが起こったのか理解したのは、
唇が離れて、目があったとき。


小林さんと私の距離、0センチメートル。



彼はテーブルから身を乗り出して私の襟元をグッと引いて、

私に、キスを、した。



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