何故、廊下を走っているのか。
何を急いで息を切らしているのか。
そんなに急がなくても大丈夫。
普段の僕ならば、こんな言葉を頭に浮かべて歩いているのではないだろうか?
あの場には只野さんも居たはずだから大丈夫。
物語みたいだって
田畑さんも気づいてたから既にいるかも。
そうやって他人事みたいに…
何も気にしていなかったんじゃないだろうか。
なのに今は…急がなくていけない。
そんな感情に急かされるまま走っている。
何かに急かされるまま、僕は書庫の前を目前に、切れた息を正しながら歩く。
数十センチ後ろを、羽鳥さんが青ざめながら歩いているのを確認したときだった。
さ、佐倉さんやめるんだ!
いやぁ!!!
離して!!瑞樹くんが!!
落ち着いて!
頼むから、佐倉さん…!
何やらもめ事があるような騒々しさが、部屋の中から伝わり、息をのんで扉を開く。
……………。
離してよ!!!!
ねぇ!!なんで!!!
ダメだ佐倉さん。
君に、彼の後追いはさせない。
離して!!!!!!!
中に入ると、書庫はつんざく臭いが充満しており、只野さんが佐倉さんを押さえつけているところだった。
何故か錯乱している様子の佐倉さんは、何かへ向かおうとしているのか、一点だけを見つめて足掻いている。
只野さん
何をしてるんですか?
………佐藤君?
押さえつけている人物は、まるで部屋に入ったことすら気づかない様子で僕を見上げた。
か、彼女が…
佐倉さんが…死んでなかったんだ!
それじゃあ
この取り乱し方は…。
こうして押さえつけられているのは、まさか自殺を図ろうとしたからなのか…などと思って考えるのを止めた。
物語のロミオとジュリエットのジュリエットの自殺に至った理由はなんであるか。
それを考えることが出来ず、ある一点だけを見つめ続ける先へ目を移すことにした。
あ………………。
佐藤君……。
すまないが…田畑くんを…。
…………どうして…
あなたが居ながら………
………っ…。
…………。
……これは…。
羽鳥さん…。
………ひとまず彼女を…
佐倉を移動させよう。
いや!死なせて!!!!
……っ
暴れないでくれ。
彼はきっと…
君の死なんて望んで…
望んでる!
………………。
……………。
いやしかし…
ひとまずは落ち着こう…?
……手伝おうか?
………………。
彼女は僕に任せて。
気持ちだけ受け取っておくよ。
未だに暴れ続けている佐倉さんを背負い、只野さんは扉の前に立っている。
けして逞しい腕…とはお世辞にも言い難いのだが、羽鳥さんの協力を断るくらいには余裕があるようだ。
……単に羽鳥さんの非力っぷりを知っているだけかもしれないが。
それにしても…
日向さんは…本当に亡くなっているのか?
工藤さんのときに羽鳥さんが触れたように、僕も遺体へと手を伸ばす。
…………まだ暖かい
まだ人の生々しい感触がある。
だが息はしていない。
羽鳥さん…
間に合い…ませんでした。
……………………。
羽鳥さん…?
そうか。
そうか…ってなんですか…?
……………。
いや、すまない。
日向の死因は…
………喉を損傷してます。
………また刃物か。
そう…ですね。
……………ここの鍵は持ち合わせていないな。
ここなら俺が見張りをしておこう。
は?
……いろいろ知るべきことは…あるだろう?
……?
自殺…ですよね?
………自殺は間違いないだろう。
じゃあ、なんで…。
……自殺動機がはっきりしていない。
そんなの、ロミオとジュリエットで考えたら…
佐倉の後追いか?
だが、只野が居ただろう。
だとすると…
只野さんが止めなかった…とか。
そう、何故止めなかった。
……………わかりました。
直接本人に聞いてみます。
……いってらっしゃい。
はい。
羽鳥さんが見張っていてくれるとのことで、僕はその場を後にした。
只野さんが日向さんの自殺を止めなかった理由…
安易な考えでいいのであれば、その場を離れていたということだろう。
けれど、もしもその場に居たのなら…日向さんの自殺を止めなかったことになる。
それにしても…
後追いするほどに愛して…
……………。
……………………。
そういえば、こうなる前のこと。
佐倉さんと日向さん、別れ話してたっけ。
…………何故、自殺したのだろう。
あ、そういえば…
どこの場所にいったんだろ?
落ち着こうって言ってたから…人目の多い場所じゃない…よね?
個室かな…。
只野さんと佐倉さん
二人の個室へ行ってみよう。
コンコンコンコン
…………誰だい?
あ、よかった…。
すぐに見つかって良かった。
…君か。
…どうかしたのかい?
あの…聞きたいことがあって。
ん?
この反応は聞いていいのかな…。
あのですね。
日向さんのことでちょっと…。
………聞こうか。
ありがとうございます。
その…
日向さんはなんで…
いえ、何故日向さんは自殺を?
…………。
………彼女の後追いだったのかもね。
んー…やっぱ…そうなるよね。
只野さんは止めなかったんですか?
止めれるのなら止めてるよ。
僕は丁度、水を取りに行っててね。
水…ですか。
そう。
日向くんのために。
そ、そうですか…。
あと聞きたいことはあったかな…。
………あ。
そういえば、佐倉さんは何故…。
彼女が生きていた…
そのことについてかな?
はい。
詳しいことはわからない。
けれど…彼女は生き返ったんだ。
服用した量が少なかったのかもね?
…服用量が少なく…?
………あれは仮死毒で…
本来は命を奪うものじゃない。
しかもラベルには…
しっかりと「仮死毒」と…。
それを手に持ってた
只野さんが見ていないだろうか?
そういえば…
佐倉さんが薬を飲んだ理由も…。
佐藤君?
あ、すみません。
あの…
佐倉さんが薬を飲んだ理由…
只野さんはご存知でしょうか?
…………これは僕の憶測だけど、彼女は…
日向くんの気を引きたかったんじゃないだろうか?
………。
気を引くためだけに毒を…?
…気を引くために…
自殺しようとするでしょうか…。
…………あくまで憶測だよ。
…佐倉さん、仮死毒だって気づいてたとか…?
でも…それなら納得できる。
気を引きたいとは思っただろう…。
別れ話をしていたくらいだから。
さて、そろそろいいかな?
あ、はい。
佐倉さんを待たせているから…
僕はお暇させてもらうよ。
ありがとうございました。
……一旦、羽鳥さんに相談しようかな。
……書庫へ行こう。
気を引きたくて、仮死毒を飲んだと思われる佐倉さん。これは…日向さんとのやり取りを思い出せば、気を引く動機は十分。
死に至るような毒だと思い込んでる只野さん。
でも、手元にあったのだから…仮死毒だと気づかないはずがない。あんなにも堂々と仮死毒と書いてあったのだから。
………只野さんは嘘をついていることになる。
問題は、日向さんの自殺について。
これは調理場に誰かが居なければ聞けない。
水を持っていこうと思った、というのは気が利く話であって、今のところは筋が通らない話じゃない。
…………羽鳥さんの元へ行く前に、食堂へ行って…何人かに聞いてみようかな?
西園寺さんにも…薬について聞いておきたい。
……それにしても…
物語のように、と言っても…
物語そのまんまじゃないんだなぁ……。
14話 恋心・愛情・狂愛