只野さんに背を押されるがまま、部屋を後にして廊下に立ったばかりのこと。




何を思ったのか、田畑さんがこんなことを言い出した。



田畑 結城

すまないが
この件は二人に任せてもいいか。

佐藤 紘

え…田畑さん…?


だが…

羽鳥 弘継

わかった、いいだろう。



思わぬことに、羽鳥さんがそれに対して何も言わなかった。

田畑 結城

ありがとう。
それでは失礼するよ。

佐藤 紘

…………はい。

佐藤 紘

羽鳥さん、田畑さんは…

羽鳥 弘継

…………おそらくは千堂の元だろう。

佐藤 紘

え?

羽鳥 弘継

ゆきりんは…
ああ見えてしっかりして…
いや、ちゃっかりかな…。

羽鳥 弘継

だから大丈夫。

佐藤 紘

なにが大丈夫なのか、さっぱりなんだけど…

佐藤 紘

そうですね
わかりました。

羽鳥 弘継

さてと…君はまずどうしたい?

佐藤 紘

え?僕ですか?

羽鳥 弘継

そうだ
俺はあくまでもサポートだ。

佐藤 紘

サポート…。

羽鳥 弘継

何か気になることが…
あるんじゃないのか?

佐藤 紘

えっと…あの薬って…
倉庫にあったものでしたっけ。

羽鳥 弘継

……………。

羽鳥 弘継

そうだ。

佐藤 紘

……他にもあるんですかね?

羽鳥 弘継

……どうだろうか。

佐藤 紘

包丁だとかは…仕方ないと思うんですが、さすがに危ない薬は…どこかへ隠したり保管した方がいいと思うんです。

羽鳥 弘継

………………。

羽鳥 弘継

そうしたいのならば
…………そうすればいい。

羽鳥 弘継

でも、どこへ隠すんだ?

佐藤 紘

そう…ですね…。

佐藤 紘

あの、羽鳥さん。
どこか鍵が閉めれる場所は…。

羽鳥 弘継

………各個室…くらいだろう。
もしくは工藤の…。

佐藤 紘

ど、どうしよう…。

羽鳥 弘継

工藤の個室でどうだろうか。鍵はゆきりんが持っていたと思う…借りてこようか…?

佐藤 紘

あ、はい。
お願いします!

羽鳥 弘継

ふふ、イカとタコのミックスジュースでも作って行こう。

佐藤 紘

え?

羽鳥 弘継

あ、ヒジキも入れよう。

佐藤 紘

………意味のわからない独り言を言って、もう田畑さんの元へ向かってしまった…。

佐藤 紘

僕は…この間に
倉庫を見てくれば…いいんだよね?

佐藤 紘

それにして、立て続けかぁ…。






























確か倉庫は二階にあったはず。

書庫からは遠くもなく
広い館でもすぐに見つけることが出来た。

佐藤 紘

うわ…なんでこんなに暗いんだろう。




そこは窓ガラス一つなく、どうやら外部の明かりがロクに入ってこないらしい。

電気はないのかと辺りを見回すが、それらしき電源はどこにも見当たらなかった。

佐藤 紘

この状態で探すのかぁ…
ちょっと大変だな…。



暗い中でハッキリしない視界ながら、薬っぽいものを粗方探し回る。

左の棚だったり

後ろの棚だったり。


瓶の形を見つけては駆け寄って確かめた。

佐藤 紘

うーん………。

佐藤 紘

あ。


見かけたことのあるラベルを見て、これがそうじゃないか…と少し頬を綻ばせて手に取ってみた。

佐藤 紘

仮死…毒…?



佐倉さんが飲んだと言われている薬に似ており、また昼間にお菓子の薬と騒がれていた薬に酷似した薬は「仮死毒」とラベルに書いてある。

佐藤 紘

え…と…。




そもそも毒とは何か。
簡潔に述べると、それは人体に害のあるもの。
主に死に至るような連想を僕はした。

ではいつ、この薬を毒と判断したのか。

この瓶を…液体を見た時である。



………何故、こんなにも大きく仮死毒と書いてる物を彼女らは「お菓子の薬」などと騒ぎ立てたのか?


些か疑問ではあるものの、これが本当に仮死の毒であるのならば…

佐藤 紘

佐倉さんは…生きている。



しかし、万が一にもこんなに堂々と「仮死毒」と書いているものを悪ふざけでお菓子の薬と言っていたのなら、相当タチが悪い。

が、今思えば田畑さんがこの件を任せ、さっさと千堂さんの元へ向かったり、只野さんの言葉に「なるほど」とさして気にしてもいない反応を示したのも、気づいていたからなのかもしれない。

佐藤 紘

って…本当にタチ悪いな!

佐藤 紘

はぁ……また殺人が起こったかとヒヤヒヤしたけれど…そっか…良かった。

羽鳥 弘継

騒がしいな…。
薬は見つかっただろうか?

佐藤 紘

あぁ、羽鳥さん。

佐藤 紘

あー…見つけたんですけど…。

佐藤 紘

なんというか…
実はただの仮死毒みたいで。

羽鳥 弘継

…………そうか。
それはお菓子の薬のことか。

佐藤 紘

あ、はい、そうです。

羽鳥 弘継

………佐倉は生きている…か。

佐藤 紘

そうなりますよね。

羽鳥 弘継

………………ふむ。

佐藤 紘

羽鳥さん?

羽鳥 弘継

君は一つ…
気づいたことはないだろうか?

佐藤 紘

気づいた…こと、ですか?

羽鳥 弘継

そうだ。

佐藤 紘

んー………。

佐藤 紘

田畑さん、西園寺さん
二人がタチが悪いことですか?

羽鳥 弘継

え、いや
あ…そうじゃなくて。

佐藤 紘

それ以外に…。

佐藤 紘

田畑さん…
実は意外にバカじゃない!

羽鳥 弘継

え?あ…あぁ
まぁ確かにそうなんだけど…。

佐藤 紘

………すみません。
むしろ、わからないことばかりで…。

羽鳥 弘継

ま、まぁ…仕方ないだろう。

佐藤 紘

羽鳥さんは何か…?

羽鳥 弘継

………そうだな。
一つヒントをあげよう。

佐藤 紘

教えてくれてもいいのに。

羽鳥 弘継

佐倉百恵はジュリエットである。

羽鳥 弘継

佐倉百恵は仮死毒を飲んだ。

羽鳥 弘継

……何か思うことはないか。

佐藤 紘

………………。




佐倉さんは、ロミオとジュリエットのジュリエット役であり…仮死毒を飲んで倒れていた。


ジュリエット…仮死毒…

羽鳥 弘継

そして傍らには嘆くロミオ…。




そう、ジュリエットが仮死毒で仮死状態になっていることを、ジュリエットが死んでしまったと思ったロミオは…毒を飲んで………。








そこまで考えてハッとした。

佐藤 紘

まるで………物語…ですか。

羽鳥 弘継

…………そういうことだ。

佐藤 紘

………演目はロミオとジュリエット…。

羽鳥 弘継

けれど、まだ…開演すらしていない。



では、これはなんであるか。

これが現実のドラマや小説であるならば…見立て殺人なんて用語が出てくるのだが…今のところ被害者はいないことになる。

ましてやロミオとジュリエットの死は、自らのものであって他殺ではないのだから。


佐藤 紘

殺人…ではないんですよね?

羽鳥 弘継

…………何故?

佐藤 紘

まだ誰も亡くなっていませんし、このままロミオとジュリエットに見立てたとして…待っているのはロミオの自害と……。

佐藤 紘

……………。

羽鳥 弘継

そうだ。
実際のロミオとジュリエット…

羽鳥 弘継

それはジュリエットの後追いのつもりでロミオが命を落とし、それを見たジュリエットが後追い…。

羽鳥 弘継

肝心なのは、二人の死…だ。

羽鳥 弘継

これに他者の意思が絡んでいるか
…それはまた別の話だろう。

佐藤 紘

羽鳥さん!
早く二人の元へ行きましょう!

佐藤 紘

ただし、この件が落ち着いたら…
知ってることは話してもらいます!

佐藤 紘

拒否権はないですからね!

羽鳥 弘継

……………あぁ。


















羽鳥 弘継

ふふ…少し…
彼にも変化が出て来たかな。










13話 物語

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