私が特別教室にいる理由。

私だって、いい加減『普通』の人間とは異なるという自覚が既に出来ている。
ここにいる理由は、そういう人間だから。

比較的私は症状が軽いと医者にかかったときに言われている。
だが私から言わせれば、私のコレで軽いというのだ。
他に人は、一体ドレほどの重荷を自分の中に抱えているのだろうか。
本音を言えば想像もしたくない。
……恐らく、出来ないのだろうけど。

……苦しい……

私の主症状は他の人の症状を広範囲に掻い摘んで集めたような症状が主だ。
だから、非常に広く浅い範囲の症状を主としている。

身体的な特徴を言うなら動悸、偏頭痛、消化器官の不調、不眠。
軽めの体調不良を多く起こす。
頻度も多いので、正直辛いと思う。
それに加えて自分でもよく分からない精神状態になることなんてほぼ毎日だ。

……傍から見ればよく分からない状況で体調不良を何度も起こす、面倒な奴だと思われていたんだろう。
それでもって精神状態が常に揺らいでいる。
いつ、安定するかも分からない。

…………

家族と私は、うまくいっている自信がない。
片親は小さい頃から居ないから、どうでもいい。
私には姉妹がいるのだが……その姉妹とも、常にどう接すればいいのかわからなくなる。
私だけが、出来が悪いという自覚がある。
劣等感? 罪悪感?
なんと説明すればいいのだろう、この胸中は。 

姉は既に最上級生。
真面目に地味を足したような人で、私からすれば、目標に向かって頑張っている人だと思う。
私に同じことをやれと言われても、きっと無理だ。
姉は私に優しくしてくれるが、私の方がその優しさに勝手に恐れを抱いて、一定以上の距離を縮めることすらできない。
罪悪感だった。私は、姉に何もできない。
寧ろ、姉を苦しめているだけなのに。
その気遣う優しさが怖いよ、姉さん。

妹とは、正直よく分からない。
仲が良いのか悪いのか。そんなこともすら。
家族なのに……その程度のことも、私には上手に説明できないのだ。
彼女が何を考えているのか、私には想像できない。
妹もかなり優秀な部類だと思う。
社交性もあるし、勉強もできる。
要するに『普通』の学生として生きている。
その生き方が、正しい人間の生き方なんだな、と何時か思った。
私の生き方は、きっと間違った生き方なのだ、と。

そんな二人の間に、異常な私が一人いる。
……ふと、思ったことがあった。

私は何故ここにいるんだ?

社会が、周りが求める『何か』を満足に満たせない、言ってしまえば人間の出来損ないの私。
そんな私が……何故、生きているんだ?
家族の枷になっていることだって多々あった。
家族を苦しめていたことなんて数え切れない。
なのに、何で生きているんだ、私は。

どんな世界、どんな時代だってそうだ。
できない奴は、出来る奴の足を引っ張る。
足を引っ張っているのは、私。

だけど、生きることを諦めることすら出来ない。
弱い心が『死』を恐れて、弱い心が生に縋り、無様を晒しながら恥の上塗りを繰り返して生き続けて。

嗚呼、嫌だ。
全部、嫌だ。
もう、嫌だ。
死にたい。
しにたい。
シニタイ。

他力本願でもいいから、誰か私を殺して。
楽に死ねるなら、何でもいいから。
それが甘えなら、私に死ぬ方法を教えて。
それもダメなら、私はどうすればいいの。
死ぬ方法を調べても実践するだけの心がない。
そのココロの作り方だけでも教えて。
自分で考えても、わからない。
自分で探っても、みえないの。
自分で探しても、見つからない。

助けを求めることもダメなの?
それも甘えなの?
それも逃げなの?

誰か教えて。
私は。

なんで生きているんだ私は。
何でここにいるんだ私は。
どうして。
どうして?
どうしてッ!!

アァアアアァッ!!

…………
ごめん、今日は調子悪いんだ……

ちょっと疲れたからご飯食べたら少し寝る……

……夜の自宅、夕食前。
この日の私は、とても絶不調だった。
さっきまで自分の部屋で寝ていた。
かなり精神的に不安定だった。
何かの刺激で突拍子もない事を仕出かしそうだった。
突発的に、死にたい衝動を実行しそうで。
その自分のタガが外れた時が、怖い。
ちょっとした衝撃で、きっと外れる。
私の制御を、私の精神は聞くつもりはない。
これ以上イヤなスイッチが入らないようにして早めに……。

…………。

妹が私に何かをしようと画策しているのか、睨んでくる。
不調子の私をどうにかするつもりなんだ。
うるさい口を暴力で黙らせる気なんだ。
どうしよう、逃げ場がない……。
自分の部屋に逃げてもきっと追ってくる。

…………はぁ…………

真白

何溜息ついてんだよ、うざったいなァ……

ごめんごめん……

妹の真白(ましろ)が、私を見て舌打ちしながら文句を言ってくる。
やっぱりこいつは私と相性が悪い。
調子悪いって言ってんのに、不機嫌だからって文句をつけてくる。
不機嫌な人間ほど、私のような奴に攻撃してくるんだ。
思っていてもとにかく謝る。
前なら言い返して口論になっていたが、今じゃこれだ。
私は文句を言われたら謝る。
誰であろうが、私が人を責めることはない。
責めることを相手が許さないから。
いつも私のヒエラルキーは誰かよりも低い。

私は下僕でもなければ、使用人でもない。
でも扱いはいつもこんなんだ。
みんな、私をパシリのように使う。
私のコトなんて、どうせ使えない下僕その一みたいんしか思っていないんだ。

真白

ちょーし悪いなら寝てりゃいいじゃん
飯出来たら呼ぶしさぁ……
ってか何で出てきてるわけ?
その気付いて的な態度がウザイんだけど

…………

不機嫌な声で私に真白は言う。
調子悪いなら出てくるな?
そう言いながら私が家のことをしないとキレて私に怒鳴るくせに。
全部私のせいか。
自分が不機嫌なのも苛立っているのも全部。

そうだろう、そうだろう。
私が自分の都合の悪いことをしたり言ったりすると、すぐに家族は私に文句を言う。
要領が悪い、物覚えが悪い、不器用、下手くそ、雑。
そういう風に私に文句を言うなら自分でやれ。
求めているレベルのことをしない私が悪い?
これが私の全力だ。
どう頑張ったって、人並みにやろうとしてこれなんだ。
一切手抜きなんてしない。
やれと言われたことには必死になって毎回やってる。
文句を言われるのが嫌だから、言われないようにしている。

なのに結局私がやると、手間が増えるとか役に立たないとか言いながら自分で手直ししてるじゃないか。
だったら最初から私に頼まなければいいのに。
私がうまくできないのは私のせい?
私がそちらの意図を汲み上げないのも私のせい?

要するに全部私が悪いの?

…………

私はいつでもどこでもそうだ。
みんな私に文句を言う。
私がしてもしなくても。
私が何を言っても。
結局結末はいつも同じだ。
私だけが、全部悪い。

真白

だーら、早く寝ろよ
そこに突っ立ってると邪魔なんだけど

…………

邪魔だから失せろ、と言いたいらしい。
飯の準備をしろとか次の瞬間言うくせに。
何で私だけがこんな扱いをされ続けないといけない。
学校でもそう。私にいつも他のみんなは文句を言う。
私だけがいけないように、周りの奴らは口裏を合わせて私に責任を押し付ける。
苦しいのはいつも私。痛いのもいつも私。

死ねばいいのに……

無論、私がだ。
死んでしまえばいいのに、私なんて。
どうせ、誰も私を必要としていない。
どうせ、私に価値なんてない。

人権のあるだけ。
生きているだけ。
面倒くさくて厄介な存在。
人のカタチをしているだけの喋る燃えるゴミ。
それが私に相応しいとでも思っているんでしょ?

…………

私の心が悲鳴を上げている。
身内ですらこんな感じだ。
誰が理解してくれよう、私のことを。
外に出れば、私なんてイカレているの一言で、迫害されて居場所を失うに決まっている。

里沙

ごはんできたよ
二人とも、テーブル拭いて

姉の里沙が、台所から顔を出し、私に濡れたフキンを投げてよこす。
私はぼーっとしていて、そのフキンを床に落としてしまう。

真白

なに落としてんだよ、きったねえなぁ……
もっかい洗ってきてよ

ごめん、そうする……

それを見ていた真白がすかさずいちゃもんを言う。
自分じゃ決して動かない。
スマホをいじってゲームをしているだけ。
口だけで私に指示を飛ばしていく。
……何時ものことだ。
腹を立てるだけ、馬鹿らしい。
私は落としたフキンを洗いに台所に向かう。

里沙

……涼、もしかして具合悪い?
なんか動作がおかしいよ

ん、まぁ……
思いっきりじゃないけどあんまよくない

台所では姉さんが、私を見るなりそう聞いた。
……相変わらず、よく見ている。
私は素直にそう言った。

里沙

真白の事は放っておきなよ
機嫌が悪いのは何時ものことでしょ

里沙

毎度間が悪いというか何というか……
気を付けてね
真白は怒るとうるさいから
涼も辛いでしょ?

…………

姉さんは私を気遣うようにそう言ってくれた。
その言葉が胸に痛い。
私なんかに構う暇が姉さんにはあるのか。
姉さんにこれ以上迷惑はかけたくないのに。

里沙

無理しない程度にしておくんだよ
いい?

……ん、わかった

姉さんはそういうけど……
この後、色々しなくちゃいけないし。
多少無理でも、やることだけは終わらせたい。
寝るのはあとでもできる。
私は姉さんに負担をかけたくない一心で、食事を終えたあとで家のことを片付けた。
……案の定、調子悪いときに限っての凡ミス、失敗を繰り返したのは言うまでもなかった。

私はやっぱり役立たずだった。

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