てなことがあったんすよ、ミドリ先生~~~!

講義が終わると、すぐに朝の顛末をミドリ先生に説明する。

なにやら、後ろでアラタの怖い視線を感じるが気にしない気にしない。

あ、あははは。藤原くんも宇佐美ちゃんに声かけたのね

そう言ってミドリ先生は苦笑する。

ん? 藤原くん「も」?

今朝から宇佐美ちゃんに声をかけては撃沈している男子生徒が何人かでてるって風の噂でね

宇佐美っていうんですね、あのウサ耳美少女

かわいいでしょ? 学園長の友人の娘さんなんですって

なん……だと……?

宇佐美ちゃんになんかあったら、留年じゃすまないかもしれないから、くれぐれも変なことしないでね

ももももも、もちろんです!

あ、それと。藤原くんのことを覚えていないって言った件だけど……

はっ! すみません! 学園長には何卒内密に……

藤原くんだけじゃないわ。私のことも覚えてないのよ

え…………? 昨日見かけたんすけど、すごく仲が良さそうだったのに?

仲の良し悪しじゃないの。これから話すことをあまり言いふらさないって約束してもらえる?

真剣な表情でミドリ先生が言う。

その気迫に圧されて黙ってうんうんと頷く。

宇佐美ちゃんね……高校生のときに交通事故にあったの。怪我は大したことはなかったんだけど……

だけど?

そのときストレスで事故以前の記憶は残ってるんだけど、事故以降新しいことがまったく覚えられなくなってしまったの

え。じゃあ、手帳をペラペラとめくって「記憶にございません」って言ったのは……

宇佐美ちゃんは新しく覚えることはその「記憶手帳」を使って覚えてるの。決して藤原くんを拒絶するためのアピールじゃないのよ

先生、そのフォローはかえって心に
突き刺さります。それで先生……その宇佐美ちゃんはほんとにまったく覚えられないんですか?

その日あったことはその日は憶えてられるけど……1日を越えると全て、ね

そっか……

正直、そういった事情もあってなかなか友達も出来なくてね……こっちの大学の事務仕事を手伝いながら気分転換も兼ねてしばらくこの学校にいるそうよ

結構遠いところから来てるんすか?

ええ。北海道から

ほ……っ! そんなとこからわざわざ……

そういうこと。じゃ、くれぐれも変なことしないようにね

そう言ってミドリ先生は教室から出て行った。

おう、正人。僕のミドリ先生と話過ぎだぞ、コラ

…………

おい、正人?

……アラタ~~~~~~~~

おわっ!? 急に泣くなよ正人!

場所を変えて、俺はアラタに宇佐美ちゃんのことを話した。

俺が話している間、アラタは茶々を入れることなく真剣に聞いていた。

1日しか記憶が保てない、ねえ

そーなんだよ。運命の子が現れたと思ったこれだよ。仮に告白して付き合ったとするだろ?
で、次の日に「彼氏? 記憶にございません」とか言われるんだぞ? 辛くね?

辛いな

くっそーーーーー! やっぱ、アラタの言うとおり、この世に神も仏はいねえんだ!

正人

はーーー顔もタイプだったのになーー、ん?

仏は知らないが、神はいるぞ

どどどどどうしたのよ、アラタくん! 初詣行ったときは「神は努力を怠った奴らの偶像」とまで言っただろ、お前は!?

怠けてる連中への意見は変わらないけどさ。目に見えることが全てじゃないだろ? だから、僕はいていいと思ってるよ

お、おお……! 傲慢さがあるけど、寛容で大人なアラタらしからぬ意見……マジでどうしたんだよ、アラタ! 茜ちゃんか!? 茜ちゃんの影響なんだな!?

別にアイツは関係ねーよ……とにかく、それと一緒だ

「目に見えることが全てじゃない」。さっき僕は辛いなと言ったが、それはきっと男側だけじゃない

つまり……どういうことだってばよ?

宇佐美は1日しか記憶が保持できない。だから、付き合ったとしても、次の日には忘れられて付き合った男は傷ついて辛い。これは「見えていること」だ

まあ、そうだな

じゃあ、「見えてないこと」はどうなんだろうな?

……「見えていないこと」……

あっ!

悪いな、アラタ。ちょっと用事を思い出した。行ってくるぜ

おう。行って来い行って来い

そう言ってアラタはひらひらと手を振る。

俺は代金をテーブルに置いて走り出す。

目的地は決まっている。

…………

「礼を言うぞよ、使徒」だと?

使徒として当然の発言をしただけだ。礼を言われる筋合いなんかねーよ、神様

はぁはぁ……いた

…………

空き教室に宇佐美ちゃんはいた。

何も書かれていない黒板をぼーっと眺めていた。

それでもまるでそこがひとつの絵であるかのようになんというか神聖な空気だった。

そんなことを思いながらたたずんでいると宇佐美ちゃんはこっちに気づいた。

……あ、あなたは朝の……

あ、えと……朝は不躾なこと言ってごめんね

……いえ、こちらも憶えていなくてすみませんでした

そう言ってぺこりと頭を下げた。

どうしよう、超かわいいんだけど。

えと、さ。ミドリ先生から聞いたんだ

……ミドリ先生……

そう言って、ポケットから手帳を取り出し、パラパラとめくる

そこで何かに気がつくとそこではた、と手を止めた。

あった……昨日学校を案内してくれた先生、みたいです。青木ミドリさん

どうやら、ミドリ先生の言ったことは本当だったみたいだな

学園長の友人の娘だから、実は近づかせないための嘘だといいな、と心のどこかで思っていたが……

めんどくさいでしょ?

へ?

はじめはみんな物珍しさで話しかけてくれるんですけど……こうやって1日のことしか覚えられないって分かると距離を置かれるんです

宇佐美ちゃん……

朝は何人かから声をかけてくれたんですけど……みんな事情を知ったからか、午後からは誰からも声がかかりませんでした

…………

話したとこで私は忘れちゃうって分かったからなのか……当然ですよね。手帳も見ないと何一つ憶えてない子と接するとめんどくさいですもんね

宇佐美ちゃん

はい?

手帳、一瞬貸してもらってもいい?

? どうぞ?

おずおずと手帳を俺に差し出す。

手帳のなかには名前やその人の特徴やスケジュールのメモがびっしりと書かれていた。

最新のまっさらのページを開くとポケットからペンを取り出し、殴り書いた。

な、なにを?

書き終わって、ふうと一息つく。

はい、ありがと

あの……これは……?

手帳の最新のページにはこう書かれていた。

藤原 正人(フジワラ マサト)!!
世界で一番かっこいい男!
PS.彼女大募集中

俺のプロフィール

じゃなくて! なんで赤文字ででっかく書いたんですか! それに世界で一番かっこいい男って、どこがですか!

でっかく書いたほうが伝わるから。え、どこが世界で一番かっこいいかって? 聞きたい?

どうでもいいので聞きたくありませんってそれより話聞いてました?

もちろん

私忘れちゃうんですよ!? 明日には全部! 引かないんですか?

引かないな。むしろこっちが引寄せられる。むしろ、惹かれる

バカなんですか? バカなんですよね? バカなんでしょ?

その3段論法やめて! 傷つくから!

……本当に私は明日には忘れちゃうんですよ7

俺が覚えてるから無問題

問題しかない気がします……

忘れても大丈夫、何度でも思い出してもらうから

……!

その言葉にはっと宇佐美ちゃんの目が見開かれる。

やばっ!? 

俺の言葉、くさすぎ……!?

それともしつこすぎたか!?

そうして俺の言葉に怒ったのか、顔を赤くしてふいっと目を横にそらした。

や、やっかいな変な人につかまってしまいましたね

変な人じゃない。俺の名前は-―--

藤原 正人さん、でしょ?

そうそう! もう憶えてくれたんだ!

あれだけ、手帳に落書きされれば嫌でも覚えます

いやでも、宇佐美ちゃんに名前を覚えてもらってマジ嬉しいわ! ありがとね

べ、別に藤原さんにお礼を言われることじゃありません

はっはっは。じゃ、宇佐美ちゃん

また、明日

……明日には藤原さんのこと忘れてるでしょうけど、

はい。また、明日

そう言って、昨日と同じようにふりふりと手を振る。

可愛いすぎるだろ。反則過ぎるだろ。

可愛い過ぎて思わず、

君が……天使だったのか……

意味がわかんないから、早く帰ってください!

といって肩を叩かれた。

守りたい、この笑顔。

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