約束の土曜日、
映画館に一番近い駅での待ち合わせに私は15分も前に着いた。



詩織や三浦と約束するときなんて、時間ジャストもしくは1分前後を戦っているというのに。


待つ時間が長いほど、緊張は増す。

どうして私は観たい映画の期待よりも、小林さんとの待ち合わせでの嫌な緊張に襲われなくてはダメなのだろうか。

やはり約束なんてしなければ良かった、と思っていたときだった。



小林唯

お待たせ、藍ちゃん。




約束時間の5分前、小林さんが私に声をかけた。


迫田藍

こん、にちは。




私がぺこりと頭を下げると、
そんなにかしこまらないでよ、と小林さんが笑う。


小林唯

行こっか、

迫田藍

あ、はい!




こうやってはっきりと小林さんのことを見るのは、もちろん初めてのこと。



落ち着いた雰囲気が、私のことなどなにも気にしていないという様子が、

私とは真逆で、安心をする。




少し離れた距離で歩く65センチメートル。


気まずくならないようにと、
たわいもない話を切らすことなく続ける小林さんが、私は凄いと思った。


私はそれに流されるように返事をするだけ。



たまに視線が噛み合って、ふと逸らしてしまう私とは違い、少し口角をあげて緩く笑う小林さんは、

ああ、大人だ。

と、漠然と思う。






映画館は結構混み合っていた。


チケットブースにも沢山の人がいる。
並ぼうと思ってそちらに足を進めようとすると、

小林唯

チケットあるから大丈夫、3番シアターだって。行こう。




小林さんは財布からチケットを取り出して、私に手渡した。


迫田藍

あ、用意しててくださったんですか!?

小林唯

新作売り切れるかなって思ったから先買っといた。正解だね。

迫田藍

あ、ありがとうございます。ちょっと待ってください。




私はカバンの中から財布を取り出して、
小林さんにチケット代金を払おうとした。

のを、小林さんはいいよいいよって断った。


迫田藍

や、そんなやめてください、申し訳ないですって。

小林唯

んーん、可愛い子は男に甘えといてよこんくらい。




彼は容易く私に可愛い子、だなんて吐いて、
付き合ってくれてるお礼。と笑う。


とくん、と心臓が少し揺れる。


迫田藍

すみません…、ありがとうございます。




私が無理やりお金を押し付けても小林さんは受け取ら無いような気がする。

かわされそうだ、と思った私は
戸惑いながらもチケットを受け取ってお礼を言った。






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