貴様はイギリスに帰還するのだ

 綺麗なお姉さんはそう言って、また撃った。

MI6の諜報員

うっ

 MI6のお姉さんは今度は腕を撃たれ、銃を落とした。

 綺麗なお姉さんはヘリから降りてきた。

 念を押すように足を撃った。

 それからMI6のお姉さんに銃を突きつけてこう言った。


新たな国連の本拠地はトルコにある。しかし、各国の主要機関は未だ首都に残っている。貴様はロンドンのMI6に戻るのだ

MI6の諜報員

うう

もちろん、貴様のもつ痴女の情報が目的だ。イギリスはそれをいち早く得て、独占したいのだ

MI6の諜報員

他国が黙ってない

そんなことは分かってる。ここにいる者はトルコに到着すると厳重に保護・監視される。ここで起こったこと、貴様らが経験したことは、特A級の情報として管理される。おそらく大国の大統領すら知ることのできない情報となる

MI6の諜報員

……なんだか嫌な予感がしてきたよ

そう。だから、キミはテロリストということになっている。キミは『MI6の諜報員ダブルオー・セブンを殺害した。彼女になりすまし、女王陛下暗殺をくわだてた。そして逃亡の最中、痴女パンデミックに遭遇した』……そういうことになっている

MI6の諜報員

外患罪・内乱罪を理由に、強引にイギリスに連れ戻すのか

不満か?

MI6の諜報員

見え透いたウソをヌケヌケと言ったもんだ

なに、処女王エリザベスの時代からの伝統だ。どの国も分かってる

 綺麗なお姉さんはニヤリと笑った。

 それからMI6のお姉さんを抱き起こした。


MI6の諜報員

うっ

 お腹を殴って気絶させた。

 そしてMI6のお姉さんを担いだ。

 綺麗なお姉さんは、私たちに微笑むとヘリに戻っていった。

では、我々はこれから韓国に向かう。第二便の到着を待ってくれ

うん

うん

うん

はい

 私たちは大きくうなずいた。

 そのとき、KGBのお姉さんと目があった。

 彼女は、ひどく沈痛な面持ちだった。

 だから私は精一杯の笑顔でこう言った。


赤ちゃんのためにも、早く安全な場所に行かないと

KGBの職員

ごめんなさいっ

 お姉さんの瞳が涙でいっぱいになった。

 CIAのお姉さんがその肩を抱いてはげました。

 私たちを見て、力強くうなずいた。

 私たちも噛みしめるようにうなずいた。

 そして。

 綺麗なお姉さんが階段をしまおうとしたところで、ふと、ヤマイダレさんが、



ああそうだ

 わざとらしく思い出したかのような——そんな挑発的な顔で、綺麗なお姉さんを見て言った。


私は太平洋戦争期の監察官、ヤマイダレ・トモメ。痴女ウィルスの免疫を持っていたため、冷凍睡眠装置に入っていた。そのことは知ってるとは思うけど……。実は、冷凍睡眠からは何度か目覚めている

……どうした急に

こう見えて私、子供がいるの。それどころか孫がいるのよ

 ヤマイダレさんは無表情で無感情にそう言った。

 私はその顔を見て、ウソをついていると、即座に分かった。

 根拠はなにもない。

 ただ、彼女と一緒にいるうちに、いつしか私は彼女のウソを直感的に見抜けるようになっていた。


私は痴女に免疫を持っている。そんな私には孫がいる。そして、どうやら免疫は隔世遺伝しているみたいなの

ん? まさか!?

 綺麗なお姉さんが私たちを見た。

あの黒髪の子。立花智子ちゃんは、免疫を持った『私の孫』よ

 ヤマイダレさんは、ドヤ顔で言い切った。

 私はツッコミを入れるか笑い転げるか判断に苦しんだ。

 が。

 それは私だけだった。



うそ!?

ほんと!?

CIAの工作員

あっ!?

KGBの職員

んんん!?

うん?

 みんなは飛びあがるほど驚いた。

 そしてそれは綺麗なお姉さんも同じだった。


まさか?

太平洋戦争の頃は、10代での出産は珍しくもなんともなかったわ

しかし計算がっ

私の価値観の話をしているの。彼女のお爺ちゃんとは、1980年代に出逢ったのよ

しかしっ

信じるも信じないもあなたの自由。だけど、あの子には免疫がある。だから私にもしものことがあったときのためにもキープすべきだわ

だったら

救助ヘリの第二便は、必ず出しなさい

 ヤマイダレさんはそう言って、綺麗なお姉さんの手首をひねった。

 するとお姉さんは、くるんとひっくり返った。



 ヤマイダレさんは、倒れたお姉さんに一発叩き込んだ。

 そのことでお姉さんは気絶した。

 ヤマイダレさんは、お姉さんを見下ろして「もう限界。私、こういう女が大嫌いなのよ」と言った。

 それから立ち上がると、彼女はヘリの操縦士に向かってこう言った。



飛びたちなさい! そして必ずもう一度救助に来ること!! それと、もし気化爆弾でこの近辺を浄化しようとしているのなら、ただちに中止要請を出しなさい!!!

………………

あなたたちの考えてることはすべてお見通しよ。いい? 私たちは、免疫の予備をこの地に残して飛びたつの。あなたに情があるなら、素直に従いなさい

 ヤマイダレさんが諭すように言うと、ヘリはゆっくりと浮上をはじめた。

 ヤマイダレさんは、ひどく母性に満ちた瞳で私たちを見下ろした。

 それはCIAとKGBのお姉さんも同じだった。

 彼女たちは感情を押し殺し、複雑な面持ちで私たちを見つめていた。

 やがてヤマイダレさんは言った。



智子ちゃん。さびしいときは、チョコ棒を私だと思ってね

………………

 なにが言いたいのかまるで分からなかったけど、でも、分からないだけにいっそう彼女のやさしさが心に染みいった。

 私は噛みしめるようにうなずいた。


 輸送ヘリは飛び去った。

 ヤマイダレさん、CIA・MI6・KGBのお姉さんは去った。

 そして甲信越最大の都市こしのくに市には——。

 私、立花智子とその親友、武藤小夜と川上いつき。

 聖セシリアちゃんと教会の孤児たちが残るのだった。

【第3部 完 】

pagetop