綺麗なお姉さんはそう言って、また撃った。
貴様はイギリスに帰還するのだ
綺麗なお姉さんはそう言って、また撃った。
うっ
MI6のお姉さんは今度は腕を撃たれ、銃を落とした。
綺麗なお姉さんはヘリから降りてきた。
念を押すように足を撃った。
それからMI6のお姉さんに銃を突きつけてこう言った。
新たな国連の本拠地はトルコにある。しかし、各国の主要機関は未だ首都に残っている。貴様はロンドンのMI6に戻るのだ
うう
もちろん、貴様のもつ痴女の情報が目的だ。イギリスはそれをいち早く得て、独占したいのだ
他国が黙ってない
そんなことは分かってる。ここにいる者はトルコに到着すると厳重に保護・監視される。ここで起こったこと、貴様らが経験したことは、特A級の情報として管理される。おそらく大国の大統領すら知ることのできない情報となる
……なんだか嫌な予感がしてきたよ
そう。だから、キミはテロリストということになっている。キミは『MI6の諜報員ダブルオー・セブンを殺害した。彼女になりすまし、女王陛下暗殺をくわだてた。そして逃亡の最中、痴女パンデミックに遭遇した』……そういうことになっている
外患罪・内乱罪を理由に、強引にイギリスに連れ戻すのか
不満か?
見え透いたウソをヌケヌケと言ったもんだ
なに、処女王エリザベスの時代からの伝統だ。どの国も分かってる
綺麗なお姉さんはニヤリと笑った。
それからMI6のお姉さんを抱き起こした。
うっ
お腹を殴って気絶させた。
そしてMI6のお姉さんを担いだ。
綺麗なお姉さんは、私たちに微笑むとヘリに戻っていった。
※
では、我々はこれから韓国に向かう。第二便の到着を待ってくれ
うん
うん
うん
はい
私たちは大きくうなずいた。
そのとき、KGBのお姉さんと目があった。
彼女は、ひどく沈痛な面持ちだった。
だから私は精一杯の笑顔でこう言った。
赤ちゃんのためにも、早く安全な場所に行かないと
ごめんなさいっ
お姉さんの瞳が涙でいっぱいになった。
CIAのお姉さんがその肩を抱いてはげました。
私たちを見て、力強くうなずいた。
私たちも噛みしめるようにうなずいた。
そして。
綺麗なお姉さんが階段をしまおうとしたところで、ふと、ヤマイダレさんが、
ああそうだ
わざとらしく思い出したかのような——そんな挑発的な顔で、綺麗なお姉さんを見て言った。
私は太平洋戦争期の監察官、ヤマイダレ・トモメ。痴女ウィルスの免疫を持っていたため、冷凍睡眠装置に入っていた。そのことは知ってるとは思うけど……。実は、冷凍睡眠からは何度か目覚めている
……どうした急に
こう見えて私、子供がいるの。それどころか孫がいるのよ
ヤマイダレさんは無表情で無感情にそう言った。
私はその顔を見て、ウソをついていると、即座に分かった。
根拠はなにもない。
ただ、彼女と一緒にいるうちに、いつしか私は彼女のウソを直感的に見抜けるようになっていた。
私は痴女に免疫を持っている。そんな私には孫がいる。そして、どうやら免疫は隔世遺伝しているみたいなの
ん? まさか!?
綺麗なお姉さんが私たちを見た。
あの黒髪の子。立花智子ちゃんは、免疫を持った『私の孫』よ
ヤマイダレさんは、ドヤ顔で言い切った。
私はツッコミを入れるか笑い転げるか判断に苦しんだ。
が。
それは私だけだった。
うそ!?
ほんと!?
あっ!?
んんん!?
うん?
みんなは飛びあがるほど驚いた。
そしてそれは綺麗なお姉さんも同じだった。
まさか?
太平洋戦争の頃は、10代での出産は珍しくもなんともなかったわ
しかし計算がっ
私の価値観の話をしているの。彼女のお爺ちゃんとは、1980年代に出逢ったのよ
しかしっ
信じるも信じないもあなたの自由。だけど、あの子には免疫がある。だから私にもしものことがあったときのためにもキープすべきだわ
だったら
救助ヘリの第二便は、必ず出しなさい
ヤマイダレさんはそう言って、綺麗なお姉さんの手首をひねった。
するとお姉さんは、くるんとひっくり返った。
ヤマイダレさんは、倒れたお姉さんに一発叩き込んだ。
そのことでお姉さんは気絶した。
ヤマイダレさんは、お姉さんを見下ろして「もう限界。私、こういう女が大嫌いなのよ」と言った。
それから立ち上がると、彼女はヘリの操縦士に向かってこう言った。
飛びたちなさい! そして必ずもう一度救助に来ること!! それと、もし気化爆弾でこの近辺を浄化しようとしているのなら、ただちに中止要請を出しなさい!!!
………………
あなたたちの考えてることはすべてお見通しよ。いい? 私たちは、免疫の予備をこの地に残して飛びたつの。あなたに情があるなら、素直に従いなさい
ヤマイダレさんが諭すように言うと、ヘリはゆっくりと浮上をはじめた。
ヤマイダレさんは、ひどく母性に満ちた瞳で私たちを見下ろした。
それはCIAとKGBのお姉さんも同じだった。
彼女たちは感情を押し殺し、複雑な面持ちで私たちを見つめていた。
やがてヤマイダレさんは言った。
智子ちゃん。さびしいときは、チョコ棒を私だと思ってね
………………
なにが言いたいのかまるで分からなかったけど、でも、分からないだけにいっそう彼女のやさしさが心に染みいった。
私は噛みしめるようにうなずいた。
輸送ヘリは飛び去った。
ヤマイダレさん、CIA・MI6・KGBのお姉さんは去った。
そして甲信越最大の都市こしのくに市には——。
私、立花智子とその親友、武藤小夜と川上いつき。
聖セシリアちゃんと教会の孤児たちが残るのだった。
【第3部 完 】
お読みいただきありがとうございます。あるかどうかは今のところ不明です。ただオズとキスしても痴女化しなかったので、もしかしたら免疫をもっているかもしれません(オズが特異なだけという可能性もある)。ヤマイダレさんはその辺を駆け引きに使っています。