人間が分かり合うのに言葉は必要?
『普通』の人間は大抵、こう答える。必要だ、と。

その理由を問うと、言葉が通じない人間は何を考えているのか分からないから、という返答が返ってくるらしい。
だから海外の人達に、声をかけられると何とかして言葉で対応しようとする。
意思を、そこから汲み取るために。
それが『通常』だ。

じゃあ、何か。
例えば、喋れない人間がいたとする。
例えば、耳の聞こえない人間がいたとする。
そういう人間は、何を考えているか予想できないから、分かり合う気はないと?
片や、何も言わない。
片や、そもそも聞こえていない。
そんな面倒ごとには首を突っ込みたくないと?

その答えを出した『普通』の人間は、相手がそうだと分かると本当に関わりを持たなくなる。
避けるようになる。
その顔にはハッキリと面倒は嫌だ、と書いてある。

つまるところ、彼らはアレコレ考えるのが面倒で嫌だから、そういうのは出来ることなら避けたいのだ。
成程、納得出来る考え方である。
理解できると同時に、そんな考えに反吐が出る。

大抵、人間は日常で生きていく上で、面倒なことは出来る限り避けていきたいと思うのが当然だ。
況してや自分の負担が増えるなんて冗談じゃない。
だから『面倒』な人間は一ヶ所に集められているのだ、デメリットの塊である私達は。
『普通』の人間の生活に支障をきたすの私達だから。

これを『差別』と取るか?
確かに『差別』という言い方もできる。
だが、こうは言えないだろうか?
これは、『必然』というのだ、と。
『差別』というのにも、色々種類がある。
私の生きる現状にあるそれは恐らく、尤も身近にあって解決しにくい問題の一つなのだろう。
得てして生物は自分と異なるモノは嫌がるもの。
私達は、事実彼ら『普通』の人間とは違う。
故に、つまみ出される。

ならば、『普通』とはなんだ?
よく私のクラスメイトは、この命題に無理を承知で挑んでいく。
私はそれを聞いている。
そして、自分なりに答えを見つけた。

『普通』とは即ち、圧倒的多数を占める人間が求める一定の基準を満たしている人間のこと。
常識、当たり前、そういう目に見えない『何か』を満たし、彼らと何ら変わらないことを周囲に分からせたものだけが、『普通』と名乗れ、彼らの輪に入っていける。
その曖昧で不確かな線を越えると、終わる。
そこから外れ目を付けられた人間は『普通』ではなくなるから、攻撃される。
人間っていうのは、そういうもんだ。
受け入れるのが一番楽。

話を戻そう。
私の友人の一人に、静流という少女がいる。
彼女は言葉を発さない。

緘黙症? という事情があるらしい。
詳しいことは知らない。
知りたくもないし、彼女自身が調べないで、と懇願してきているから私もみすみす、少ない友人を減らしても悲しいだけなので知りたいと思ったこともない。
ただ、先生が話しているのを聞いたことがある。
彼女は身体の機能的には喋ることは出来るらしい。
発声器官や何処かに異常があるわけではない。
自宅ではむしろお喋りなのだとか言うが、よく分からない。
学校では、全く話さないから……。
私が彼女と意思疎通が取れるのは、その代わりによく動く表情と、時と場合による私自身の直感、答えることが出来る質問を投げることで、彼女の意思を汲み取っている。
どうやら他の人はそれが上手くできないようだった。

だから静流はこの特別教室ですら、周囲から孤立している。
黙っているせいで不気味だ。
表情だけが変わって怖い。
そんな風に他の生徒から言われている。
本人は、それを凄く悲しんでいるのを私は知った。

……私が彼女と話しているのを、奇異な目で他の人は見るが、そこまで不思議なことだろうか?
耳が聞こえない相手には手話を使う。
目の見えない相手には点字を使う。
人間、やろうと思えば大体、こちらの意思を伝えるぐらいどうということはないのに。

先入観なのだろうか……。
静流には何を言っても返答がない。
壁に話しかけているのと同じだと思われているのか?

そんなことはないのに。
静流だって、立派な人だ。
感情がある。心がある。
泣きもすれば、笑いもする。
無機質な『何か』のように扱うのはあんまりだと私は思う。

静流

静流

放課後一緒に帰る?
私、本屋行くんだけど

静流

…………

静流

…………

分かった
じゃあ駅前の本屋、一緒に行こう

ほら。彼女とだって、こうして会話できる。
彼女の意思はついていく、だ。
私だって理解できるのに。
なぜ、それが他の人間には出来ないんだ?
ただ単にやりたくないからではないのか?
それは静流のせいではなく、他に人間のせいではないのか?

私は静流を連れて、放課後本屋に行く事にした。
丁度欲しかった本の発売日だった。

静流

…………!

お待たせ
静流は何か買わないの?

放課後。駅前の本屋でさっさと買い物を済ませた私。
静流は立ち読みでもすると思っていたのか、終えて戻ってきた私を見て目を丸くした。
本屋=立ち読みの考えは浅はかだ。
私は買い物はスマートに終わらせるタイプだ。

静流

…………

ん、そう
私適当に道草してくけど、一緒に来る?

静流

…………

そう

さっさと買い物を終えた私は、付いてくるという静流を連れて、宛もなくふらっと歩きだした。

女性

あれ、静流?
何してんの、こんなところで?

静流

!!

本屋を出た夕暮れの繁華街の歩道。
そこで思わぬ出会いをした。
気さくに静流に声をかけてくる女性。
見た感じ、大学生といった外見。
誰だこの人。静流の知り合いだろうか?

女性

こんな時間にほっつき歩いてるなんて珍しい
どっか行きたいところあるの?

女性

あたしでよければ付き合うよ?

静流

…………

女性

ん?
何であんたまだ外出モードになって……あっ……

女性は静流に親しげに話しかけ、静流もあまり警戒していない。
関係者かと思って、私は先に帰るとアイコンタクトで伝えて去ろうとしたとき。
私を女性は発見していた。

……どうも

女性

えーと……
こんばんわ、かな?

こんばんわ

途端に、女性は私に対して何か思案するように言葉を選んでいた。
……成程、誰だか分からないから警戒しているのか。
静流は俗に言う『訳あり』という奴だ。
一緒にいた人間がどういう奴か見極めないといけない。
私の出方を伺っているのだろう。
私は簡潔にまとめた。

初めまして
涼、と言います
彼女と同じクラスの者です

『普通』の人間に、一見すると見えるらしい私。
あまり口外したくないが、静流の関係者には、軽く明かしておいたほうがいいと判断した。
女性は意味が通じたようだった。

女性

あっ、そうなの?
ってことは、静流のお友達?

はい

女性

そうなの静流?

静流

…………

静流は女性に問われて首肯した。
友達と聞いて安心したのか、女性は素性を明かしてくれた。

女性

そっかそっか
静流もちゃんとお友達出来てたんだね
学校のこと、殆ど話さないから……

女性

いきなり声かけてきてごめんなさい
あたし、静流の姉なの
静流から聞いてない?

いえ、全然

……静流にもお姉さんがいたんだ。
ウチの姉と違って、とても優しそうなお姉さんのように見える。

女性

やっぱ説明してなかったんだ
いつも静流が迷惑かけてごめんね
色々と大変だろうと思うけど

大丈夫ですよ
静流さんとは、何だかんだでちゃんと話し合えますし

女性

……そうなの?

はい

お姉さんは驚いていた。
静流と他人と話し合うことが、家族でも驚くようなことなのだろうか……?
なぜ、そんなに吃驚する?

静流

…………

女性

あぁ、ごめんごめん静流
怒んないでよ、あたしが悪かったってば

お姉さんは静流に謝っている。
……やっぱり、複雑な部分は家族でもあるんだろう。
それを眺めて、そう考える放課後だった。

pagetop