孤児院の中に入ると、
数人の幼い子どもたちの姿が目についた。

走り回っている子もいれば、
ソファーでうたた寝をしている子もいる。
ただ、みんな無邪気な感じで微笑ましい。



さらにユン氏の案内で廊下を歩いていると、
前方から女の子が歩いてくる。

あたしよりも少し年下みたい。
彼女は目が合うと、
にっこりと微笑を浮かべる。
 
 

アクア

いらっしゃいませ。

ミリー

あ……どうも……。

ユン

アクア、お茶の準備を頼む。

アクア

はい、お父さん。

 
 
アクアと呼ばれた女の子は
あたしに会釈をしてその場から去っていった。


あの子も孤児なんだろうか?

いずれにしてもここにいる子たちは
心に淀みが感じられない。
世界はこんなにも汚れているというのに……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あたしは応接室に案内された。
ただし、応接室といっても
そんなに立派な部屋じゃない。

きれいにしてはいるけど、調度品は普通。
接客のために用意された空間というだけだ。
 
 

ミリー

孤児院をなさっているのですね?

ユン

はい、身寄りのないあの子たちを
引き取って育てています。
幸い、ご領主様からの補助金で
なんとか運営できています。

ミリー

先ほどのアクアという子も?

ユン

えぇ、その通りです。
私が最初に引き取った子です。

ミリー

奥様や実のお子様は
いらっしゃるのですか?

ユン

私の実子や妻は
戦争でなくしております。

ミリー

あ……。

ミリー

余計なことを
お訊ねしてしまいました。
お許しください。

ユン

いえ、構いません。

 
 
優しく微笑みつつも、
どこか寂しげな瞳でユン氏は呟いた。

これは聞いてはいけないことだったか……。
 
 

ユン

あの子たちは全員、
戦争孤児なのですよ。

ミリー

えっ?

ユン

つまり戦争によって
親を亡くした子ばかり。
不憫でなりません。

ミリー

…………。

ユン

実は私、元は軍人なのです。
私は相手国の兵士を
たくさん殺しました。

ミリー

元軍人……。
だから身のこなしに
隙がない感じだったわけね……。

ユン

彼らにも家族がいたはずです。
私が妻や子を失ったのと同じ。
自業自得なのです。

ミリー

でもそれは自分の国を守るために
戦った結果で――

ユン

それは分かっています。
戦争とはそういうものです。
でも人を殺したという事実には
変わりありません。

ミリー

…………。

ユン

その罪滅ぼしといいましょうか、
悔恨の念で孤児院を始めまして。
今ではたくさんの家族が
私にはいます。

 
 
ユン氏は柔らかな笑みを浮かべた。
深く刻まれた顔のしわが大きく崩れている。

つまり自分のやっていることに
充実感や幸福感を覚えているのだろう。



きちんと過去を見つめつつも、
新たな道を切り拓けている。
今のあたしとは大きく違う点だ……。
 
 

ユン

どうやらあなたも何かを
抱えていらっしゃるようですね。
セレーネを助けていただいた御礼に
ご相談にのりましょう。

ユン

こう見えても私、
教会の神父の資格も
持っております。

ミリー

…………。

 
 
あたしは迷った。
出会ったばかりの見ず知らずの相手に
話してしまってもいいものか、と……。

でも見知らぬ相手だからこそ、
話せることもある。




――それにこの人はあたしに似ている。


あたしは意を決し、話してみることにした。
 
 

ミリー

私は大切な仲間を失いました。
そして自分は強いと思っていたのに
実際はとても弱いということを
知ってしまった。

ミリー

ひとりになって孤独を知った。
弱いと蔑んでいた相手に負け、
挙げ句の果てに
手を差し伸べられてしまった。

ミリー

もうどうしたらいいのか……。

 
 
気がつけば、
感極まって涙が出てしまっていた。

止めようとしても止まらない……。


奥歯を強く噛みしめ、
全身の震えを我慢しようとしても
それは叶わない。
 
 

ミリー

私はその人を裏切った。
それなのに私を助け、
温かく受け入れようとしてくれた。

ミリー

なぜあそこまで優しくなれるのか……。

 
 
アレス様は元々優しい。
優しすぎて勇者には向かないと思っていた。
だって戦場ではその優しさが命取りになるから。

時には非情になって
相手を倒さなければならない。
もしそれができなければ、自分が死ぬ。


それが傭兵として戦ってきたあたしの結論。
だから剣の腕を磨いた。強くあろうとした。
でもアレス様は違う形の強さをあたしに示した。



――そしてその強さに負けた。
 
 

ミリー

私は弱いっ!
う……うぅ……。

ユン

強くあろうとする志、
立派だと思います。
でも人は本来、弱いものなのです。
恥ずべきことではない。

ユン

だからこそ、
弱さと向き合おうとする
あなたの姿勢は
素晴らしいと思います。

ユン

そして弱さを知ったあなたは
また一段と
強くなったに違いありません。

ミリー

え……?

 
 
あたしはキョトンとしてしまった。

視線をユン氏に向けると、
彼は微笑みながら強く頷いた。
 
 

ユン

あなたは孤独ではない。
少なくとも、セレーネはあなたを
慕っているのではないですか?

ユン

そしてきっとあなたに
手を差し伸べたという御方も。

ミリー

あ……。

ユン

過ぎてしまったことは
もう取り戻せません。
だからこれからをどう過ごすか、
それが大事なんだと思います。

ユン

あなたは厳しい人だ。
他人にはもちろん、自分にも。
でもたまには力を抜いて、
甘えみてもよいのではないですか?

ユン

律する心を一時だけ忘れて、
あなたが一番したいと思う選択、
それを素直に選んでみるのも
いいと思いますよ。

ミリー

私が一番したいと思う
選択ですか……。

 
 
――それは分かっている。

あたしに手を差し伸べてくれた
アレス様の力になりたい。彼の想いに応えたい。



でもその決断をしたら、
あたしはもっと弱くなってしまうかもしれない。

きっと戦場で非情になれなくなる……。
 
 

ユン

冷たい氷でさえも、
そこに温かさを
見出すことはできます。

ユン

つまり心の持ちようで
マイナスもプラスに
変えることができるのです。

ユン

弱さこそが
最大の強さとなることもあります。

ミリー

っ!?

 
 
そうだ、アレス様は弱い。
でもそれが今の強さへと繋がっている。

弱さを認め、
それを自分なりに乗り越えた結果があの形!


仲間を頼り、仲間を信じ、
でも時には命を捨てる覚悟で仲間を守る。
そうした仲間への想いこそが強さの根源――。

それがアレス様の弱さの中にある強さなんだ!



そしてあたしもその仲間として
認めてくれている。
 
 

ユン

あなたの存在そのものが
あなたを必要とする御方の
大きな力となるでしょう。
それでよいではありませんか。

ユン

あなたは賢い。
私の言ったことなど
本当はすでに分かっている。

ユン

だったらせめて、
あなたの背中を
ちょっぴり押して差し上げる。
それが私のご恩返しです。

ミリー

…………。

 
 
あたしと目が合ったユン氏は
力強く首を縦に振った。



そうだ、どの面下げて会えばいいのかとか、
そんなのはあたしの都合にすぎない。

あたしはアレス様に対して罪を犯した。
それなら償う必要がある。
彼があたしの力を望むなら、
それに応えなければならない。


新たな道へ踏み出すには、
弱さを乗り越えてさらに強くなるためには
まずその決着をつけなければならないんだ。




なにより、
あたしはそういったことを抜きにして、
アレス様の力になりたい!

それがあたしを温かく受け入れてくれた彼への
素直な気持ち。



――もう、あたしは迷わない!
 
 

ミリー

私、吹っ切れました。
ありがとうございますっ!

ミリー

私の力、あの方のために使います!

ユン

それでいいのです。
間違いも失敗も後悔だってする。
大切なのはそれをどう活かすか。
それを乗り越えてこそ成長がある。

ミリー

私、今すぐ出発して追いかけます。

ユン

くれぐれもお気を付けて。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あたしはセレーネにも別れを告げ、
孤児院を出た。


まずはアレス様たちがどこへ向かったのか、
知る必要がある。
きっとマド村に何か手がかりを残しているはず。

あたしは聞き込みをするため、
マド村へ戻ることにした。



――アレス様、
きっとあなたに追いついてみせます。
そしてお力にならせてください。
 
 

 
 
 
特別編・5

1.孤独の中で……
2.小さな出会い
3.弱さを乗り越えて

終わり
 

特別編・5-3 弱さを乗り越えて

facebook twitter
pagetop