いつまでも空を眺めていても仕方がない。

それにここにいると、
どうしてもネネやジフテルのことを思い出して
気が滅入ってしまう。

だから私はマド村を出発することにした。


行くあてはないけど、
あのまま宿に引きこもっているよりはいい。
 
 

ミリー

とりあえず故郷の町にでも
帰ろうかな……。

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

ミリー

痛っ!

 
 
私は体の横に衝撃を感じた。

ふと視線をそちらへ向けてみると、
幼い女の子が尻餅をついている。
どうやらこの子に体当たりされたらしい。


いつもなら常に周囲に気を配っているから
こんなことは起こりえないのに。

まだ調子が戻ってきてないなぁ、あたし……。
 
 

セレーネ

た、助け……。

ゴロツキ

やっと追いついたぜ!
手間かけさせやがって、クソガキ!

セレーネ

ひっ!

 
 
野太い声がした方を見ると、
そこにはいかにもなゴロツキが立っていた。

目は血走り、黄色い歯を噛みしめながら
女の子を睨み付けている。
迫力だけはあるみたい。


でも体についている筋肉は
戦いにあまり意味がないものばかり。

動きも鈍そうで、実力は大したことないはず。
 
 

ゴロツキ

おぅ、剣士の姉ちゃん。
そのガキを捕まえてくれ。
そいつは俺たちの『商品』なんだ。

ミリー

人身売買……ですか……?

ゴロツキ

マウルの城下町で売るんだよ。
そいつの親には
きちんと代金を支払ってある。

セレーネ

卑怯者っ!
騙してお父さんに
大きな借金を背負わせたのは
あんたたちじゃないっ!

ゴロツキ

騙される方が悪いんだ。
ひゃひゃひゃ!

ゴロツキ

そういうことだ。
さっさとガキをこっちに――

ミリー

でしたら、
この子は私が買いますっ♪

ゴロツキ

何?

セレーネ

お、お姉ちゃん?

 
 
私の返答にゴロツキは面食らっていた。
女の子も戸惑った眼差しで私を見つめている。


いつもならさっさとこの子を渡して、
この場からおさらば。
余計なことに関わり合いたくないから。



――でも、今のあたしは虫の居所が悪いんだ!
 
 

ゴロツキ

へへ、買ってくれるんなら
相手は誰でもかまわねぇさ。
ただ、ちっと値が張るぜ?

ミリー

……それは幸いです。
代金はあなたの命でいかがです?

ゴロツキ

なんだとっ!?

ミリー

今すぐ私の前から立ち去りなさい。
あなたのようなクズでも
命が惜しいでしょう?

ゴロツキ

このアマぁーっ!

ミリー

ふんっ!

 
 
ゴロツキは私に向かって突進してくる。
あれじゃ、避けろって言っているようなもの。
猪じゃないんだから。


――そんなことを言ったら、猪に失礼か。

猪の方が力もスピードも断然上なんだから。



私は鞘に入ったままの剣を構えて待ち受けた。

そしてゴロツキが間合いに入ったところで
身をかわし、
即座に鞘のままみぞおちへ突きを入れる。
 
 

 
 

ゴロツキ

が……あ……。

ミリー

まだやりますか?

 
 
私はゴロツキを冷たく見下ろしながら
ポツリと言い放った。


ゴロツキは両膝を突き、
手で鳩尾を押さえながら悶えている。

――ヨダレまで垂らして汚らしい。
 
 

ゴロツキ

う……うぅ……。

ミリー

もしこの子に手を出したら、
私が許しません。
分かりましたね?

ゴロツキ

ひっ! ひぃいいいぃーっ!

 
 
ゴロツキは足をふらつかせつつ
一目散に逃げていった。

村人たちはそれを遠巻きに見ている。
 
 

セレーネ

あ、ありがとうっ! お姉ちゃん。

ミリー

……勘違いしないでください。
私はあなたを助けたつもりなんて
ありませんから。

セレーネ

えっ?

ミリー

私はあいつからあなたを
買ったに過ぎません。
つまり今のあなたは
私の所有物なのです。

セレーネ

っ……。

ミリー

でも残念です。
今、私は忙しいのです。
誰かに預けなければなりません。

ミリー

そうですね、
あなたの保護者に
預けておくことにしましょう。
案内してください。

セレーネ

お姉ちゃんっ!

 
 
今まで悲しげだった女の子の顔が
明るく華やいだ。
この子は笑顔の方がよく似合う。


あたしも思わず頬が緩んでしまった。
 
 

ミリー

私はミリー。あなたの名前は?

セレーネ

セレーネ。

ミリー

では、案内してください。
これは主人としての命令です。

セレーネ

はいっ、ご主人様っ!

 
 

 
 

ミリー

っ!?

セレーネ

えへへっ♪

 
 
セレーネはあたしの手を強く握った。


小さくて柔らかくて温かな手。
日頃の剣の鍛錬で硬くなったあたしの手とは
大違いだ。


こればっかりは
数日サボったぐらいでは変わらないみたい。
なんかちょっと不公平かも……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あたしはセレーネと一緒に
リオの町へ移動した。

リオの町はマド村の隣町で、
徒歩で街道を1日ほど進んだ位置にある。
この地域の中では比較的大きい町だろう。



その町の外れにある建物にあたしは案内された。
壁のあちこちにヒビが入り、
汚れも全面にわたってこびりついている。

また、入口には『フラウ孤児院』と書かれた
表札が掲げられていた。
 
 

ミリー

孤児院?
セレーネは孤児なの?

ユン

セレーネっ!

セレーネ

お父さんっ!

 
 
ドアを開けて出てきたのは
物腰の柔らかそうな男性だった。

彼はセレーネを見るなり強く抱きしめ、
涙を流しながら再会を喜んでいる。



――ただ、外見で判断するのは危険だ。

隙のない動きをしているのがなによりの証拠。
あたしの目は誤魔化されない。

いきなり襲ってくるということは
ないと思うけど、
いつでも対応できるよう意識だけはしておく。


するとあたしの視線を察したのか、
男性はセレーネを離してから
深々と頭を下げてくる。
 
 

ユン

私は孤児院の院長をしている
ユンと申します。

ミリー

私は傭――旅の剣士の
ミリーです。

セレーネ

ミリーお姉ちゃんが、
私を助けてくれたんだよ。
それでここまで
連れてきてくれたの!

ユン

ミリーさん、どうぞ中へ。
大したおもてなしはできませんが。

ミリー

では、失礼します。

 
 
あたしは促されるまま、建物の中へ入った。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

特別編・5-2 小さな出会い

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