三階の奥にあるこの部屋は、屋上にありながら庭園がついていた。
メルトさんが自慢げなのもわかる。
さぁこっちへどうぞと促されて、脱衣所へと連れていかれた。
わぁ……これは
ふふっ、いい部屋でしょう?
日本風のお風呂で、露天風呂になっているの
三階の奥にあるこの部屋は、屋上にありながら庭園がついていた。
メルトさんが自慢げなのもわかる。
さぁこっちへどうぞと促されて、脱衣所へと連れていかれた。
着替えはこの籠の中に入れてね。
お風呂を楽しんでいる間に、服は洗って乾かしておいてくれるシステムになってるの。
代わりの服は後で店員が持ってくるわ。服が乾くまでの間、部屋でのんびりと過ごす。
それが風呂屋の醍醐味なのよ
お風呂あがりのマッサージや、フードサービス、色々と充実しているのだとメルトさんが教えてくれる。
個室の風呂屋は大抵二・三人で部屋をとって楽しむのが普通なの。
お一人様のコースだと、店員さんが体を洗うまでがコース内容に含まれるから、アオイちゃんは注意したほうがいいわ
なるほど……ありがとうございます!
メルトさんが教えてくれなかったら、危うく普通のコースを頼み、店員さんに男だとバレてちょん切られていたかもしれない。
本当、メルトさんに会えてよかった。
魔女は基本的にお風呂を一人で入ることがあまりないの。
魔女にとって風呂は娯楽であり、交流の場だからね。
一緒のお風呂に誘われて断ることも、本来ならマナー違反にあたるわ
そうなんですか!?
えぇ。上級生から誘われた場合は特にね。
下級生から上級生を誘うっていうのも、またはしたないことだとされてはいるのだけど……
それはおいおい覚えていけばいいわ。
これも何かの縁だし、あたしがいろいろ教えてあげる♪
何から何まで……ありがとうございます!
メルトさんは本当に親切だ。
しかし、魔女の国は面倒なルールが色々あるようだ。
気を付けなきゃなと思いながら、メルトさんが出て行った後の洗面所で服を脱ぐ。
汗を洗い流して、湯に肩までつかれば生きかえった心地がした。
ふぅ……今日は本当、疲れたなぁ
いきなり魔女の国に連れてこられて、これからどうしよう。
まぁ、なるようにしかならないとは思うけど。
朝起きたら全部夢だったとか、そんな展開を心から望むけど、この染み渡るお湯の温かさが現実だと伝えてくるようだ。
お邪魔するわねー!
風呂を堪能していたら、がらりとドアを開けてメルトさんが入ってきた。
しかも……当然のように裸だ。
メメメメ、メルトさんっ!?
そんなに驚かなくてもいいじゃないの。裸を見るつもりはないわよ? そのために白いお湯を選んだんだから
いやそういう問題じゃない。
カツラもばっちり外して……今、俺は男の姿なんですけど!?
まずいと、岩の後ろへと姿を隠す。
メルトさん言いましたよね!
俺の一族は人に肌を見せてはいけなくて!
うんうん、聞いたわよ。
他人に肌を見せてはいけないのよね!
そんなことを言いながら、メルトさんは体を軽く洗い始める。
背中がこちらからみえるけれど、なかなかの曲線美だ。
お腹のあたりがくびれ、背中のラインがとても色っぽい。形のよいお尻が椅子の上にあって、その弾力を主張しているようだ。
……って、見てるばあいじゃない!
これはピンチだ。
メルトさんときたら風呂へ入ってきて、俺のほうへと近づいてくる。
だ、ダメですってメルトさん!
平気よ。他人に見せちゃいけないなら……他人以上の仲になればいいことでしょう?
ふふっと艶っぽくメルトさんは笑う。
念のためと腰に巻いていたタオルを頭に巻き付ける。これなら髪型の違いには気づかれないはずだ。
お湯は白いし、下半身はどうにか隠れている。
肩まで湯につかって背を向ければ、そこへむにゅりと柔らかい質量が押しつけられた。
ふふっ、意外と……しっかりした背中してるのね。もっと華奢かと思ってたわ
メルトさん、悪戯が過ぎますよ!
あらあら、つれない子。今までの子達とはタイプが違うから、俄然お姉さん燃えてきちゃうわ♪
耳元でするメルトさんの声は楽しそうだ。
魔女の世界ではね、個室風呂に一緒に入るってことは……こういうことをしてもオッケーって意味なのよ、アオイちゃん。
怖がらなくても大丈夫。全部あたしが教えてあげるから……
好みのお姉さんに言い寄られて、男としては「はいお願いします!」と言いたいところだけれどそうはいかない。
手でガードした胸のあたりに、するりとメルトさんの手がすべりこんでくる。
ひゃっ!?
意外と胸、小さいのね。
もしかして、本当はこれが恥ずかしくて他の人と風呂に入りたくなかったのかしら?
ほんと初々しくて可愛い蕾ちゃん。
こんな可愛い蕾ちゃんを見つけられるなんて、今日のあたしはついてるわ
くすくすとメルトさんが笑う。
その手が下へと流れていき、俺のお腹をさする。
マズイ。これは相当にマズイ。
身をよじってその手から逃れれば、メルトさんが俺を見て舌なめずりする。
照れ屋な蕾ちゃんね。そうやってされると……なおさら私の手で可愛がりたくなるわ。
あたしの『愛』で、その頑なな蕾を優しく開いてあげる♪
振り返ればメルトさんの目は、ハンターのそれだった。
風呂から出ようにも、下半身がフリーダムのまま出ることは死を意味する。
どうにかして、一瞬でもメルトさんの気を逸らすことができたら……。
メルトさん、俺達出会ったばかりですし! 落ち着いて。ねっ?
そんなのムリよ。私の『愛』が貴方を欲しているもの。
一目見た瞬間に、ずきゅんって胸を射貫かれたの
体が火照ってるのは……全部貴方のせいなのよ? イケナイ子
すぐに追い詰められて、メルトさんの指先が俺の唇をなぞる。
メルトさんはとても魅力的だ。
ぷかりとお湯に浮かんだ白い二つの果実は、とてもたわわだった。
なんていう誘惑。
このままじゃ俺、マズイかもしれない。
物凄い勢いで戸が開いた音がして、そちらを見る。
そこには仁王立ちした少女が立っていた。
お姉様! ワタクシというものがありながらっ!
げっ、ゼシカ!!
急に大きな声がしてそっちを見れば、竹垣をよじ登っている少女の姿があった。
どうやらメルトさんの知り合いらしい。
酷いですわお姉様!
今日はワタクシとお風呂に入る約束だったでしょう!?
待ち合わせ場所にこないと思ったら、どうしてこんな馬の骨と風呂を楽しんでいるんですか!
それはね……この子がお風呂屋の使い方を知らないようだったから……
言い訳しないでくださいお姉様!
VIPルームに連れ込んで……この子も手込めにし
お風呂は明日の朝に変更で!
レジューム・パルフェ・インフェリア!
ゼシカと呼ばれた子が言い終わる前に、メルトさんが呪文のようなものを叫ぶ。
メルトさんの手から放たれた炎を身に受け、お姉様ぁ!と叫んで彼女の姿は消えた。
ごめんなさいね、邪魔が入っちゃって
立ち上がっているメルトさんのボディが目に入って、鼻血が出そうになり、くるりと背を向ける。
さっきの子は?
さぁ? 知らない子ね
いや絶対嘘だ。
メルトさんはすっとぼけていたけれど、本来俺達と風呂屋へ行く前に彼女と約束していたんだろう。
さ、邪魔者はいなくなったわ……
メルト! あなたって人はまた性懲りもなく!
今日はアティラと過ごす約束だったはずです!
メルトさんが気を取り直すように俺の頬へ手を伸ばせば、その手を払うように手裏剣が飛んできた。
幼い少女は忍者服のようなものを着ていて、脱衣所のほうからつかつかと歩いてくる。
アティラ!
まだ約束の時間は先のはずじゃ!
貴方がVIPルームを使用した際には、私に連絡するよう宿屋の主に金をにぎらせてあるのですよ!
お気に入りの子に手を出すとき、メルトは必ずこの部屋を利用しますから!
嫉妬も露わに、アティラと呼ばれた子が睨んでくる。
召還! グランドアムール!!
っ!!
こんなことに召喚獣を使うなんて、何を考えて……!!
メルトさんが腕を天高く突き上げれば、宙に魔法陣が描かれる。
アティラさんが驚くなか、魔法陣からドラゴンが現れた。
ちょ、何するですか!!
咥えないでください-!!
アティラ、ごめんね! えっと……明日のお昼に!
ドラゴンに首根っこをつかまれ、アティラさんが空へと消えていった。
えっと……メルトさん?
本当、愛って難しいわ。
あたしはただ、そこにある花を愛でたいだけなのに
さっきまでのことがなかったかのように、メルトさんが俺の顎に手をかけてくる。
ちょっと待ってくださいませ!
メルト様!
ようやく静かになったかと思えば、今度は頭上からエルフが降ってきた。
恋人はいないし、わたしだけだと言ってくださったではありませんか!!
どうしてこんな子とお風呂に入っているのです!
いないから探してみれば……今日の夕方はワタクシとお約束していたでしょう!!
まだ夕方じゃないわよ、フェリス。
そういうわけだから、時間変更で明日の夕方にね!
どういうわけですか!
その子とえっちなことをするつもりなんでしょう!
許しませんよ、そんなこと!
アルカナ・フルール!
フェリスというエルフの子が声を荒げれば、メルトさんが呪文を叫ぶ。
するとメルトさんの体が光に包まれた。
しゅるしゅるりとリボンのようなものが体に巻き付き、メルトさんの体を包む。
光が消えた後、そこには魔法少女の衣装を着たメルトさんがそこにいた。
愛を司りし魔法少女メルト。全ての花を愛でるため、今ここに推参!
決めセリフとともにバシッとポーズを取り、メルトさんがフェリスへと手をかざす。
デゼル・シエント・エルフルーレ!!
大きな闇色をした炎の塊が、フェリスさんを襲う。
くっ!
顔をしかめたフェリスさんは、その手に魔法で盾のようなものを出現させた。
おりゃぁぁ! 最・大・出・力!!
気合いと共に、メルトさんが足を踏ん張れば炎の勢いが増し、盾ごとフェリスさんを押し出していく。
っ、きゃぁぁ!!
ここは何だかんだで三階だ。
フェリスさんは力つきたのか、盾を維持することが出来なかったらしく、その体が落ちていくのが見えた。
ふぅ……これでもう、邪魔は……
お姉様っ……! この子だけじゃなく、アティラ先輩ともできてたんですね。
しかもフェリス先輩ともだなんて……ワタクシというものがありながら!
メルト! これはどういうことなのか、説明してくれるですよね!
一息ついたメルトさんが変身を解いたところで、脱衣所から現れたのは最初に来たゼシカさんだ。
その後ろにはアティラさんの姿もある。
メルト様……二股どころか、三股もかけていましたのね……?
ザブンという音がして振り返れば、ボロボロになった羽でどうにかここまで上がってきたらしいフェリスさんの姿。
目が据わっていて、手にはいかにも闇の魔法っぽい黒い光の球体が出現している。バチバチと電流が流れるような音を鳴らしていた。
え、えっと皆落ち着いて?
全員愛しているのよ?
メルトさんの額に、汗がだらだらと流れている。
これは修羅場の予感だ。
今のうちに逃げよう……
皆の注意がメルトさんに向いている間に、そっと風呂を抜け出す。
脱衣所で着替えながら磨りガラスで出来た戸を見る。
激しい光がその向こう側で瞬き、破壊音がここまで響いてくる。
揺れも感じられるのだけれど……風呂屋でこんなに暴れて大丈夫なんだろうか。
覚悟してくださいまし、お姉様!
メルトにはお仕置きが必要ね?
わたしの愛をもてあそんだ罪は……償ってもらいます……
ちょ、やっ……ごめんなさぁい!!
……
風呂場にあった服を着て、着替えを完了した俺の耳に届くのは……風呂場から聞こえるメルトさんの断末魔。
どうやらメルトさんは、プレイボーイならぬ、プレイガールだったようだ。
甘い罠には注意しよう。
そう心に誓った。