模擬戦の後、俺は寄り道をすることなく家に帰った。
模擬戦の後、俺は寄り道をすることなく家に帰った。
ただいまー。
玄関を開けると、足元には姉の靴以外に、もう一組の見知らぬ革靴がきれいに並べて置いてあった。
この革靴は学園指定のじゃないな。姉ちゃんの友達か?
俺の姉は、現在、俺が通っている国立魔導学園の特別教師をしている。
だから、友達となると、教師関係ということになる。
いったい誰が来ているのか?
俺は、自分の靴を下駄箱にしまい、リビングのドアを開けた。
姉ちゃん、誰か来てるの?
そう言って、リビングのドアを開けると、そこにはダイニングテーブルに、こちら側を向く位置に座る俺の姉の神裂優と、姉に向き合う位置に座っている“誰か”がいた。
あ、優君。お帰りー。
姉はいつものようにこちらに手をふり、俺に挨拶をした。
そして、“誰か”もこちらを振り向く。
あ、さっきはありがとうございました。
その声には聞き覚えがあった。
そう。今日、模擬戦の前に道案内をした編入生であった。
あ、どうも……。
俺は今の状況がなかなか理解できなかった。
まず、どうして編入生が家にいるのか。
そして、編入生と姉がどういう訳で知り合いになったのか。
聞きたいことが色々とありすぎて、言葉が出てこない。
優君、色々と話すことがあるから、取り敢えず荷物置いてきて。
姉が左手で二階にある俺の部屋の方を指しながら言った。
わ、わかった。
俺はリビングのドアを閉め、二階の俺の部屋に荷物を置きに行った。
自分の部屋に荷物を置き、リビングに戻ると、何故か編入生が姉の隣の位置に移動していた。
そこに座って。
姉が満面の笑顔で、さっきまで編入生が座っていた椅子へ俺を誘導する。
何かあると思いながら、俺は言われた通りその椅子に座る。
さっきまで編入生が座っていたおかげで、椅子の温度が体温と同じぐらいになっている。
この温かさはすごく気持ちが悪い。
で、話ってのは?
俺は、一応、姉に聞いた。
というのは、姉はこれまでに犬や猫の類を見つけては家に連れ込み、勝手に飼いはじめることがよくあったからだ。
この前は、動物園から逃げ出した、“大型の猫”をどこからか見つけてきて、ここで飼うとか言い出した。
そのときは、さすがに警察へ連絡して引き取ってもらったが……。
今度は人を連れてくるとは、さすがに思ってもいなかった。
今回も警察に連絡、いや、通報しなければ。
優君。
今、盛大に勘違いしているわよ?
え?
俺は、少し驚いて、姉を見る。
だって、私が誘拐してきたと思っているでしょう?
それ以外に何があるのか?
俺には、さっぱり検討がつかなかった。
それしか考えられないけど。
違うの?
俺は即答した。
えー、酷いよー。
それだと、お姉ちゃんがただの危ない人と思われてるみたいじゃん。
姉が、テンションを上げて大げさに言ってきた。
え……。ちがったの?
俺がそう言うと、姉は、椅子から床へと崩れ落ちた。
しかし、本当にそう思っていたのだから仕方がない。
そんな……。
お姉ちゃん大ダメージ……。
そう言って、部屋の隅で暗くなる姉。
で、でも、お姉さんにも、良い所はあるわけですし。
ねえ、優斗君。
編入生が慌てて俺に振ってくる。
ん? まあ、そうだねー。
俺は棒読みで答える。
え? お姉ちゃんのいい所は?
テンションが一気に上がった姉は、勢いよく俺に近寄ってきた。
だが、今、ここで言うことなのか。
しかし姉の顔を見ると、「期待してるよ!」と、顔に書いてある。
俺は、しょうがなく姉に言う。
えっと、優しい……所……とか?
実際言ってみるとメッチャ恥ずかしい。
しかも、何で編入生の前で公開処刑に会わなければならないんだ!
俺は、あまりの恥ずかしさに死にそうになった。
…………。
…………。
…………。
この場にいる全員がその場で黙ってしまった。
そこには、恥ずかしさと、気まずさと、嬉しさの三者三様の気持ちが流れていた。
あ、あの……。
しばらくの沈黙の後、編入生が沈黙を破った。
あ、改めて、じ、自己紹介しますね。
申し訳なさそうに編入生が右手を小さく挙げている。
あ、そ、そうよ!
思い出したかのように、姉が両手を叩き、編入生の紹介をはじめた。
こちらは、明日から学園に来ることになった希ちゃん。
ここで暮らすことになったから、仲良くしてあげてね?
よろしくお願いします。
姉は、テンション高めに希の肩を何度も叩いている。
一方で希は、何度も叩かれている肩が痛くなってきたのか、少し迷惑がっている。
ほら、優君も自己紹介しなさいよ。
姉が、希の肩を叩くのを止めて、俺に自己紹介をしろと言ってきた。
あ、ああ。俺は、神裂優斗。
二年のSクラスにいる。困ったことがあれば、Sクラスにきてくれ。
よろしく。
俺は、自己紹介を済ませ、席を立とうとした。
その時、姉が俺に聞いてきた。
え、優君、それだけ? 他に何か無いの?
明日、依頼が入ってて、その準備とかしないといけないからさ。
そう、明日の依頼は下準備をしなければこっちが殺されかねない。
だから、今日、家に帰ってきたら、念には念をという考えで、情報の再確認をしようと思っていた。
だが、家に帰ってみればこんな状況だ。
明日の準備の前に思わぬ時間を食ってしまった。
ああ、明日の依頼は明後日に延期しといたから。
姉が笑顔で唐突に言った。
え、明日の依頼は国家機関からの正式な以来だったはず。
予定変更なんてできるわけが……。
俺は、一瞬考えるが、姉の持っている権力を考えれば、依頼の日付変更なんて、大して問題ではなかった。しかし、この話はまた今度。
で?
依頼の延期までさせて、俺に何をさせるわけ?
すると、姉は笑顔で言った。
希ちゃんと、今から模擬戦をしてもらいます!
俺は姉の言葉に耳を疑った。