それにしても…なにしよう。
辺りを見回すが、羽鳥さんと田畑さんは遠くで話し込んでいるし、次から次へと話かけてきた人物も、もはやこの場にはいない。
こうやって皆が話しているうちは、どうもここから出る気があるようにも思えなかった。
本当にどうしよう。
普段は、こうして暇があれば物語を考えて、そしてひたすら書いてはいるものの、今はどうしてもその気にはならない。
気になることがありすぎるのだ。
今度、忘れないように…気になることリストでも作ろうかな。
食堂の片隅で、そう考えていると近くの扉から声が聞こえた。
声からして男女1人と言ったとこだろうか?
盗み聞きするのは些か気は引けるが、なぜか無性に気になり目を閉じ集中する。
…………あの…
今度…そのうちでいいの…!
少し余裕が出来たら…
二人の時間をください。
今はそんなこと言ってる場合じゃないだろう!
うん…わかってる…。
けれど…少し不安なの。
………俺は…あいつを許せない。
私も…そう思う。
けれど…どうしようもないじゃない。
どうしようもない?
そんなことないだろ!
確かに…
陽景くんが亡くなって…
許せないのは…私もなの。
ただ仲裁された勢いで…刺す。
…………そんなの納得できない!
この声は…
佐倉さんと日向さん…?
それに、なんで居合わせていない羽鳥さんが…斑くんのことを知ってるのか…だとか。
私だって気になることはいっぱいあるよ!?
あるの…いっぱい。
陽景くんのことだって公になっていないし、今後どうして行くのだとか…!
…………。
確かに…羽鳥については疑問が多い。
むしろ、疑ってくださいってレベルだ。
けれど今は…もう疲れた。
…そっとしておいてくれないか?
どうせ、田畑たちなら…
今後のことを考えてると思うからな。
心配しなくてもいい。
………不安を拭いきれない相手に、全部任せるの?
………………そうだな。
わかった…。
でも………ひとつだけ
少しでも…二人になることは…
悪い。
こういうときは一人になりたい。
恋人の務めだなんだ言うのなら…
もういっそ別れてくれて構わない。
え…………。
それじゃ、そういうことだから…自室の方へ行ってる。
皆には体調を崩しているとでも、言っておいてくれないだろうか。
なんだか聞いてはいけないことを聞いたような気がして、ふと目を開けた。
………申し訳なくも…結局のところ羽鳥さんに対しての疑問が一番気になる。
確かに羽鳥さんから、それをどこで知ったかなどは一度も聞いてない。
………聞いてみようかとも思うが、相変わらずの調子で
「いずれ…わかる」
「さて…どうだったかな?」
こうやって流すのがオチなのだろう。
それにしても…あれだけのことで別れるって…恋愛って複雑なんだなぁ…。
佐藤くん。
あれ…いつの間に。
田畑君たちが、呼んでいたよ。
あ、わかりました。
ありがとうございます。
………………気を付けてね。
え?
なんでもないよ、行っておいで。
はい。
辺りを見回して、妙なモッサリを見つけて近寄った。
背後でガチャッと扉を開くような音がしたが、おそらく只野さんは食堂を後にしたのだろう。
田畑さん、お待たせしました。
よし、来たな。
内容は今日の演目について…だ。
ひとまず…
陽景くんは体調を崩し休んでいる。
看病は、日向に佐倉…小野がやってくれるそうだ。
え?
ここにいる間……話を合わせてくれないか?
あ、あぁ…もしかして…工藤さんが居ないことのフォローなのかな。
はい。
それで、次も決まっている。
え?
脚本は…彼女が書いた。
あ、あの…初めまして…。
涼風美代(すずかぜ みよ)…です。
あ、初めまして…佐藤紘です。
は、はい!
存じています!
佐藤さんも、執筆されるんですよね?
え…あぁ…まぁ、はい。
まだまだ自身はありませんが…。
そんな…
羽鳥さんからお伺いしましたよ!
私…恋愛ものしか書けないので…違ったジャンルが書ける方が羨ましくって…。
恋愛もの…かぁ。
この人も脚本書いてたのかな?
逆に僕の苦手なもの…だなぁ。
割って入ってすまないが…
先ほどの話の続きだ。
次はロミオとジュリエット…
少し内容はオリジナルだがね。
それをやることに決めたよ。
えっと…はい?
話を合わせろと言われたものの…これはいったいどういう…。
…………………。
そ、それでですね…!
佐藤さんと田畑さんに…配役を…。
僕…ですか?
ダメ…でしょうか?
その…申し訳ないんですが…
僕、演技力はからっきしなんで…。
そ、そうですか…。
では…えっと…羽鳥さん!
演技をしたのは…幼稚園で山の役をやったっきりだ。
それ、必要な役!?
正確には山の…やまびこ役?
棒立ちで棒読みおっけーだった。
………………。
…………どうしましょう。
できれば俺も…パスしたいな。
えぇ!?
しかし…足りていないのは、親友のマキューシオ役だろう?オリジナルのものなんだ、マキューシオを省いて作れないだろうか…?
出来ないことでは…ないです。
そうか、よかった。
それで他の登場人物は…。
それでしたら…
ロミオ
ジュリエット
神父ロレンス
父キャピュレット
審判エスカラス
こんな…感じです。
あ、そういえば…
佐藤さんはご存じない方も…!
そう…ですね。
えぇぇぇぇっと…
どなたです!?どなたですか!?
お、落ち着いてください…。
ふむ……
佐藤くんが知らないのは…
あ、ほら…あそこにいる。
………………。
あそこで一人寂しく昼食をとっているのが…
ん?昼食…?
もうそんな時間かぁぁぁぁ!!
失礼する!
え…えぇぇぇ!?
ご、ごはん食べに行きましたね…。
え、えっと…どうします?
私たちもお昼食べますか?
と、とりあえず…
田畑さんの続きをお願いしても…
あ、はい!
あの方は
花弓裕也(はなゆみ ゆうや)さん。
2つ上の先輩で…って…
私、自分の歳言いましたっけ!?
い、いえ…。
わ、私が16の一年生で
あの方が17の三年生です!
は、はぁ……。
そういえば、皆高校生なんだなぁ。
それで、ですね。
二つ上の先輩で…審判役の方です!
あの人が…
審判エスカラス役…。
それで、あの…
絆創膏を撫でているのが…
…………………。
椎名新太(しいな あらた)さん。
三年生で、お父さん役です。
なんであんなに愛おしそうなんだ?
なにか特別な絆創膏なんだろうか?
あの人が…
父キュピュレット役かぁ…。
えっと…神父役とロミオとジュリエットが…ええと…今いないんですが…
佐倉百恵さん
日向瑞樹さん
只野悠馬さん
の、3人になります!
あ、その3人なら会いましたよ。
そっか…あの3人もロミオとジュリエットに。
えっと…大丈夫ですか?
覚えましたか?
たぶん大丈夫です。
そ、そうですか!よかった!
そ、それじゃあ…私…マキューシオ役の分の脚本…書き直したいので…お暇しても…?
あ、どうぞ…
ご丁寧にありがとうございます。
は、はい。
ふぅ…。
そういえば、なんでこんなことに!
……………お疲れさま。
あれ、羽鳥さんいつの間…
…………さっきから居たが。
えーと…
そうでした、すみません。
この件について説明したい。
昼食と、どちらを先にとる…?
……実はお腹空いてなくて…。
そうか、ならば場所を移動しよう。
はい。
11話 つかぬ間の平穏と薬2