もう食べ物が
ありません

それからまた一週間ほど経ちました。

与兵はものすごく我慢して、鶴太郎に手を出していませんでした。

鶴太郎

昨日もしなかった……。

与兵

当たり前だ。

鶴太郎

もうずいぶん良くなったよ。

たしかに腫れは引いています。

与兵

まだ痛むだろ。

鶴太郎

でも、与兵、大丈夫?

与兵

あ?

鶴太郎

たまってるんじゃない?

与兵

そういう下品なことを言うな。

鶴太郎

与兵としたい……。

与兵

ダメだ。

鶴太郎

やっぱり、与兵はボクのことが、嫌いなんだ。

与兵

……。

鶴太郎

ボク、女じゃないから、
与兵、好きになってくれないんだ。

鶴太郎

ボクはこんなに与兵のことが好きなのに……。

与兵

いや、別に、お前が男だから嫌いってわけじゃなくて……。

鶴太郎

じゃあ、ボクのことが嫌なんだ。
こんな格好してるから?

与兵

か……、かわいいぞ。
お前はとってもかわいい。

与兵

その恰好も、
とっても似合ってる。

鶴太郎

ホント?

与兵

ああ。

鶴太郎

じゃ、どうして
してくれないの?

与兵

いや……。

鶴太郎

嫌?

与兵

お前が怪我してるからだろ。
こないだはそれで悪化したし……。

与兵

痛い思い、させたくないっていうか……。

鶴太郎

気持ちよかったから
大丈夫だよ。

与兵

……………………。

与兵

こんなガキが
こんなこと言うなんて、
世も末だ……。

与兵のせいです。

鶴太郎

よひょー?

与兵

とにかくお前は怪我を治すんだ。

鶴太郎

わかった。

鶴太郎は与兵に抱きつきました。

鶴太郎

与兵、大好き。

与兵

危ない。
鍋がこぼれるだろ。

おたまでかき混ぜていました。

鶴太郎

今日もトン汁?

与兵

違う……。

鍋のことを鶴太郎が聞くと、与兵はいつにも増して厳しい顔をしました。

与兵

今日はすいとんだ。

鶴太郎

すいとん?
いつもと同じ感じだよ?

囲炉裏の火には、いつものように野菜がたくさん入った鍋がかけてあります。

与兵

具が微妙に違う。

与兵

炭水化物が入っている。

鶴太郎

ふーん。

鶴太郎

炭水化物?

よくわかっていないようでしたが、それでも鶴太郎はお椀によそってもらってそれを食べました。

鶴太郎

おいしいよ。トン汁もおいしいけど、すいとんもいい感じ。

もちもちしたすいとんは、鶴太郎の好みに合ったようです。

与兵

そうか?

与兵は嬉しそうな顔をしました。

鶴太郎

うん。
しばらくすいとんでもいいよ。

与兵

…………。

と、鶴太郎が言うと、与兵は厳しい顔に戻ってしまいました。

与兵

すいとん粉は今ので使い切った。

鶴太郎

町に行けば、
売ってるんじゃないの?

与兵

売ってるけど金がない。

鶴太郎

あ、ボクの治療費?

すいとんの中をよくみると、お野菜は入っていますが、お肉は入っていません。

前に売りに行った薪代は、吾助に全部渡してしまいました。

それから収入がありません。

与兵

だから、薪を売ってこようと思っているんだが……、

与兵

留守番、できるか?

鶴太郎

やだ。
与兵と一緒にいる。

即答です。

与兵

お前を背負っていると
薪を運べない。

鶴太郎

薪を背負ってボクをだっこすればいいよ。

与兵

無理だ

それで雪の山道を降りるのです。
たまったもんじゃありません。

鶴太郎

じゃあ、はた織の材料を買ってこようよ。それならボクも運んで行けるよ。

自分を背負わせる気まんまんです。

与兵

材料を買うにしても、薪を先に売ってこないといけない。

鶴太郎

あそっか、買うお金がないんだね。

鶴太郎

ボクが織った布なら、
100万くらいになるんだけど。

与兵

何、寝ぼけたこと言ってんだ?

鶴太郎

起きてるよ。
お金持ちの殿様とかいたら、それくらいで買ってくれるはずだよ。

与兵

金持ちの殿様?

与兵はお金に縁がありません。

与兵

そんなのこの辺にいない。

殿様なんて見たこともありません。
もし万が一、いたとしても、与兵には関係のない世界です。

鶴太郎

じゃ、吾助に渡せばそれなりの値段で売ってきてくれるんじゃない?

与兵

吾助……。

吾助

下半身で思考してるんじゃない。

と、言われたことを、与兵は根に持っていました。

与兵

してないぞ。
俺は今はしていない。

与兵は鶴太郎をじっと見つめました。

鶴太郎

……?

与兵

やっぱこいつ、
かわいい……。

与兵

下半身で判断していないぞ。

与兵

性別はともかく、
顔はすごく好みだ。

与兵

性格は酷いが
顔はいいし……

与兵

視覚から入っているから、
決して下半身で考えてはいない。

与兵

ちゃんと頭から入っている。

与兵はそう思いたいようでした。

与兵

俺は、保護者としてこいつを守らなければいけないんだ。

与兵

保護者として。

与兵

お前は働こうなんて
思わなくていいから。

鶴太郎

ボク、与兵の役に立ちたい……。

与兵

役に立たなくても、
いるだけでいいから。

鶴太郎

てかおいしいもの食べたいんだけど。
与兵が薪を売ってくるより、ボクが織った方がお金になりそうなんだよね。

与兵

家で留守番してろ。

与兵はひとりで薪を売りに行くことにしました。

もう食べ物がありません

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