攻防戦
攻防戦
家に着くと、与兵は約束通り、鶴太郎の身体を拭くことにしました。
寒くないように囲炉裏に火をくべ、その前に鶴太郎を座らせました。
それからお湯を沸かし、桶と手ぬぐいを用意します。
ほら、拭いてやるから
脱げ
え?
みるみる頬が赤くなります。
…………。
こんな真昼間なのに?
恥ずかしいよ。
与兵のエッチ。
…………。
イラっとしました。
こっちは拭く用意をして待ってんだよ
お湯で暖められた手ぬぐいは与兵の右手に乗っていて、いつでも拭ける準備はできていました。
与兵が脱がせてよ。
昨日は脱がせてくれたし
もじもじと下を向いています。
あ~!
もうっ!!
与兵は鶴太郎の服を脱がせます。
多少は変わった服でしたが、何度か着替えさせていたので慣れてきていました。
裸になった鶴太郎が、与兵を見上げています。
白い肌に黄金色の髪は、陽の光に当たると夜に見るよりも眩しいです。
…………。
……うっ
あまりの神々しさに、与兵は怯んでしまいました。
どうしたの?
首を傾げ、澄んだ緑の瞳が、与兵を見つめています。
……なんでもない。
小さく与兵は言って、鶴太郎の体を拭きます。
肩に手ぬぐいが乗せられました。
……はぁ。
手ぬぐいが温められていて、その温かさに顔がほころびます。
………………。
腕を拭き終わり、お腹を拭きます。
んっ
肩がぴくんと震えます。
………………。
背後に回って、背中を拭きました。
ん~
………………。
また前に戻ってきて、足を拭きます。
怪我をしているところは避けます。
……あっ
腰がビクっと動きます。
変な声を出すな!
おかしなことはしてないだろ!
おかしなこと?
鶴太郎は首を傾げて目をパチパチさせています。
ポカポカした手ぬぐいが気持ちいいな~って思っただけだよ
………………。
ダメ?
少し元気なさそうにそういう様が、とても愛らしいです。
いや……
その……。
与兵が固まっていると、鶴太郎は身体をブルっとさせました。
与兵……、寒い。
あったかい手ぬぐい……。
ああ……
そうか。
いくら昼間とはいえ、まだまだ春は遠く、空気は冷たいです。
与兵は手ぬぐいを鶴太郎の肩に乗せました。
冷たい……。
鶴太郎は泣きそうな顔をします。
ん?
手ぬぐいは冷たくなっていました。
悪い……。
そう言って、手ぬぐいを桶の中に入れます。
もう少し怪我の具合が良くなったら、風呂に入れてやるからな。
小さいお風呂ですが、与兵は直して使えるようにしていました。
与兵と一緒がいいな。
ダメだ。
え~
そんなに広い風呂じゃないんだ。
寒いよ、
与兵……。
鶴太郎は、与兵の上着を引っ張って抱きつきました。
うわっ!
重さに耐えられず、鶴太郎の上に倒れます。
あったかい~
鶴太郎は嬉しそうに与兵に抱きつきます。
ダメだ!
与兵はわたわたと起き上がり、鶴太郎も起こしました。
ぷぅ~
つまらなそうな顔をしました。
ほんとに……。
そう言いながらも、服を着せました。
してもよかったのに。
しないぞ……。
弱々しく言いました。
その日の夜です。
絶対しない。
何がなんでもしない。
しないったら、しない。
コイツが何を言ってきても……
しない!
与兵は鶴太郎と一緒の布団に寝ながら、自分に言い聞かせていました。
与兵……。
頼りない鶴太郎の声がします。
来たか!
与兵の意思は固いです。
何が何でも断るつもりです。
ボク、眠いから、
寝るね。
眠そうな声で言いました。
え?
お休み……。
…………。
鶴太郎の寝息が聞こえてきます。
なんでだ?
おい……。
与兵は鶴太郎に声をかけました。
起きなければ、それでやめようと思っていました。
う~ん。
鶴太郎は起きません。
…………。
おい、起きろ。
眠いんだけど……。
お前、もう寝るのか?
うん。
だって疲れたもん。
足の怪我を悪化させた上に、与兵に背負われていたとはいえ、町まで往復しています。
体力のある与兵とは違い、ひ弱な鶴太郎は、背負われているだけでも一苦労です。
その……、
しようとかって、言わないのか?
だって与兵、ダメって言ったし。
もちろんダメだ。
なら、寝るね。
おやすみ~。
いや、ちょっと待て。
え~。
お前、あんなにしたがってたじゃないか。
そうなんだけどさ。
やっぱり足、痛いなって。
痛いのか?
痛み止めあるぞ。
慌てて薬と水を取りに行こうとしました。
それを鶴太郎が止めました。
無理に動かなかったら、
大丈夫だよ。
う”……。
↑ 無理に動かそうとしていました。
いや、違う。
俺はやろうとしていない。
こいつがいつもと違うから、心配になっただけだ。
それならいいんだ。
そう言って、与兵も目を閉じました。
ねえ、与兵。
なんだ!
食い気味に返事しました。
やっぱりしたくなったの?
なってない!
なったわけじゃないが、
お前がおとなしいと、
心配っていうか……。
心配しなくても大丈夫。
眠いだけだから……。
起きたら……、
ちゃんと…………
言いながら寝てしまいました。
…………。
拍子抜けしてしまいました……。
元気だけが取り柄かと思っていたのに……。
やっぱり鶴太郎は、子供です。
スゥー。スゥー。
与兵は鶴太郎の寝顔を眺めました。
起きていればとんでもないクソガキなのに、寝ていると天使みたいだ。
自他ともに認める面食いです。
俺が護ってやらないといけないんだ……。
そっと鶴太郎の髪に触れ、頭を撫でました。
ん……。
鶴太郎は、寝ながら与兵の体にすり寄ってきました。
フ……。
与兵は優しく抱きしめました。
好き嫌いはともかく、
俺はこいつの保護者になる。
……だそうです。
朝になりました。
与兵~!
あ”?
明け方にようやく眠った与兵は、鶴太郎の元気な声で起こされました。
元気になったから
してあげるよっ
しなくていい。
寝起きはとっても不機嫌です。
昨日はやりたそうだったのに。
そんなことはない!
お前がしようだのなんだの言っても絶対にしないつもりでいたのに、お前がすぐに寝てしまうから拍子抜けしたんだ!
ボクとの会話を
楽しみたかったってこと?
そうだったのか?
俺……。
いいよ。
おしゃべりしようよ。
あ……
いや……。
寝る。
そう言って、与兵はもう一度布団をかぶりました。
与兵~。
だから、俺は寝る!
お前のせいで寝てないんだ。
おなかすいた。
ごはん。
…………。
起きて鶴太郎を背負うと、囲炉裏端に行きました。