カフェからの帰り道。私は突然、呼び止められた。
おい、あんた。
カフェからの帰り道。私は突然、呼び止められた。
振り返ると、そこには"吸血鬼"がいた。
街灯に照らされたその"吸血鬼"は光を反射する能力でもあるのかのように見えた。
それは彼の髪の毛が神々しさすら感じさせる金色で、透き通るような白い肌だったからだろう。
美しい、と感じた。
"吸血鬼"には見た者を虜にするチャームの能力があるという。
まさに私は魅せられていた。その禍々しいまでに深い紅の瞳にも。刺すように冷たい声音にも。
だから、呼び止められて振り向いた私は、文字どおり言葉を失った。その美しさに何か発言することに畏れを抱いた。
……!…………!
私は口をパクパクさせながら、情けなくその少年を見ていた。
と、その時。私は彼の服装がボロボロであることに気づいた。ボロボロなだけでない。紅色の服のところどころに渇いて黒くなった血痕を見つけた。
怪我……?
それ……大丈夫?
さっきまで言葉を失っていたのは裏腹にぽろりと溢れた。
すると"吸血鬼"は血の付いた部分を手で覆うように隠すと、キッと睨んできた。
別に問題はない。あんたには関係ないことだ。
ピシャリと放たれた言葉に私は、
あ、そうですよね! すいません、どうでもいいこと聞いちゃって!
と謎に高いテンションで謝ってしまう。
再び訪れる沈黙。
そして、よく考えてみればそもそも相手から呼び止められたことに気づく。
あの、それで何か用ですか?
私おずおずと尋ねると、"吸血鬼"は私から視線を外し、空を仰ぐようにして言った。
あんた、この前男に絡まれてたやつだろ。またこんな夜更けに出歩いて大丈夫なのかよ。
あ、はい、この前はありがとうございました……。確かにおっしゃる通りで、よく能天気だって言われます。
ああ、確かに能天気だ。……こんな血塗れで見るからにヤバい奴と普通に話してるんだからな。
本心を言えばとても平静ではなかったのだけれど、傍から見ればそう見えるらしい。
でも、彼の言う"血塗れで見るからにヤバい奴"は、私には、"自分を救ってくれた吸血鬼が傷ついている"ようにしか見えなくなっていた。
その判断が、私が有する楽観癖から来るものなのか、はたまた彼が纏う神々しく禍々しいオーラから生ずるものなのかは分からない。
しかし、彼に畏れを抱くことはあっても、恐れを抱くことはなかった。
そして、その後の行動は我ながら、おかしなことを言ったものだと言わざるを得なかった。
あの……手当てしましょうか?
* * * * * *
あんた、絶対おかしいよ
"吸血鬼"は上半身裸になって私に包帯を巻かれながら言った。
おかしいとか言わないでよ! 私だって自分がなんでこんなことしてるのか分かんなくなってるんだから!
なんだ、あんた。自分の行動理由も分かってないのかよ。
行動理由。
そう言われてしまうと本当にわからなかった。というか、行動理由をちゃんと把握している人なんて一握りだと思う。
大抵の人は、自分がなんのために行動しているのか、なんのために生きているのか説明できないまま生きている。
それでもあえて、今私がこうして見知らぬ"吸血鬼"の手当てをしている行動理由を述べるとするなら、それは"魅了"、だと思う。
恋愛感情とか友情とかではなくて、神々しく禍々しい、畏れを抱くほどの彼を傷つけてはいけないと感じるのだった。
それは美しくも脆い美術品を見るような気持ちに近いかもしれない。本能がそれの崩壊を、損壊を忌避する。
されどその感情を彼に面と向かって表現する勇気はないし、的確に伝える自信もない。
だから私は黙したまま包帯を巻く。
それにしても。と私は思う。
彼の服についていた血の量からすればもっと相当な重症だと思ったのだが、実際には一番上の皮膚に若干傷跡が残っているだけで、出血も止まっていた。
異常な回復力、などというなおさら彼が"吸血鬼"なのではと思わざるを得なくなるような単語が頭に浮かぶ。
そして私はついに決心して、本人に聞いてみようと顔を上げた。
ねぇ君ってもしかして――
そこまで言って私は言葉を止めた。
今度は畏れで言葉を失ったわけではない。いつの間にか寝ていた彼を起こすわけにはいかなかったからである。
寝てるときはかわいいんだ
ポロリと言葉が溢れる。そして彼が上半身裸で寝ていることを思い出してそっとタオルケットをかけた。
そして軽くシャワーを浴びて髪を乾かすと、彼を起こさないようになんとか敷布団に寝かせた。本当はベッドに寝かせてあげたいところだが、さすがにそれなりの年齢の少年を持ち上げられるほどパワフルでなかったので諦めることにした。
客人が雑魚寝なのに自分がベッドで、というのはどうも気が引けたので、私はソファに横になった。
すると、さっきまで露ほども感じていなかった眠気が強烈に襲ってくるのと同時に私の頭はシャットダウンしたのだった。