この世でいじめが無くすには
どうすればいい?

この命題に答えられる人間は中々いないと私は思う。
少なくても私はこの問いに答えられるほど傲慢でもなければ、高尚な存在でもない。
むしろ私は矮小で、卑屈で、どうしようもない生き物。
生きていていいのかすら、自分で自分に判断をくだせない、情けない生物。

いじめというのは実に多種多様な原因で発生するものだ。
それは年齢も、人種も、性別も関係ない。
もしかしたら、人間という種族すら関係なく、ほかの生き物だってやっているかもしれない。

私はイジメの、加害者に対して憎悪や嫌悪を持っていなかった。
最初から、受け入れていた。
誰にでもこれは平等に起こることなのだ。
だから、私だけが特別、こういう扱いをされている訳はない。
そういう奴らは大抵、こういう扱いだ。

私もたまたま、加害者たちと違った。
だから、異物と判断されて攻撃された。
結果、居場所を失った。
それだけのコト。依然としてそれは続いている。

私は他のメンツのように抵抗しないし、特に告げ口もしない。されるなら、されるがままでいい。
されてもされなくても、結果は私には大きな違いがないことも気付いた。
私は一人でも、自滅するような人間だと。
それが日常になってしまえば、意外と頑張れるものだ。要は慣れ。

それに、彼らの言うことは案外、正しかったりするのだ。
お前はおかしい。
お前は異常だ。
お前は普通じゃない。
そのとおりだ。
私はおかしくて、異常で、普通じゃない。

それを被害者たちは違うと声を出して抵抗する。
それが彼らは気に入らないから更に悪化する。
……聞いてみたところ、認めたくないのだそうだ。
あくまで普通で、通常で、普通だと。
そう思っているそうだ。

だが。
自分が普通かどうかを決めるのは、自分じゃない。

他の人間だ。
主観ではなく客観だ。

それをわからないようだった。
認めてしまえばある程度は楽になれるのに、嫌がってもがいている。
それは時間の無駄にしか見えない私は彼らよりも更に異常なのだろうか?

……と、いけない。
これでは上から目線で彼らを見下しているではないか。
私はついつい、同じ境遇の人間を見下してしまうことがある。
自分は彼らよりも優れているとでも思っているのか。
本当に情けない。
自分の方が下のくせに、何を偉そうに。
本当に、嫌になる。

今日もこの教室は騒がしい。
また誰かが癇癪でも起こしているのか。
私は暗い水面を見る夢から、ゆっくりと目を覚ます……。

美樹

…………ねえ、涼
あれ止めてよ
五月蝿くて堪んないんだけど

突っ伏して休み時間、寝ていた私を起こしたのは、隣の席の美樹だった。
美樹は心底ウンザリした顔で、指をさす。

どうやら、喧嘩をしているみたいだった。
確かに室内は騒がしい。
他の無関係の子達は避難している。
女の子二人が、取っ組み合いをしているのはまるで幼い子供を見ているような。
高校生のすることじゃない。

美樹

あんまうっさいとあたしも迷惑だし
いっそ殴って黙らせる?
ほら、そこにあるじゃん
自動鉛筆削り、アレで殴れば黙るよね?

美樹が言うのは共用の電気で動く鉛筆削り。
重さもあるし何より硬い。
あんなもので殴られれば、タダじゃ済まないのは目に見えているのに。
美樹は言ったら本当に躊躇いなく実行する。
挙句悪いと思っていない。思わない。
価値観がズレているから、彼女もここにいる。

あんたが動くとろくなことにならない
次やったら警察沙汰でしょ
やめときなよ

美樹

だったらどうしろってのよ?
殴って黙らせたほうが絶対いいよ
楽だし確実だし手っ取り早いし
いいことづくめじゃん

センセくるまで待てば?
っていうか、美樹が出ていけばいいだけじゃないの?

美樹

なんであたしがあんな馬鹿共の為に出ていかないといけないわけ?

いいから、出ていくなら早くしなよ
こっちにまで飛び火するよ

美樹

……
あー、面倒くさいなぁ!!

美樹はわざと大きな声を出して立ち上がり、教室を出ていった。
喧嘩をしていた二人にもそれは聞こえており、多分後でお返しをしに彼女に喧嘩を仕掛けるのだろう。
美樹を怒らせると必ず保健室送りにされるって事を、学習していない。
今も私が抑えていなかったら多分、割ってはいり双方殴り飛ばして平然と授業に向かっていたのだろう。
自分の行動の結果を、彼女は全く考えないから。
全部、自分の都合で動く故に、利己的な言動が多い。

静流

…………

静流、荷物?

静流

……

困ったようにこちらにくる静流。
あの子達の喧嘩をしているところが、彼女の机があるのだが、荷物を取りにいけないので手を貸して欲しいようだ。

わかった、私がなんとかするよ

関わりたくないのは山々なんだけど……仕方ないか。
私は立ち上がり、まだ周りを巻き込んで暴れている二人をスルーして、倒されている机から荷物を回収。
そのまま戻り、静流に手渡す。

静流

…………

いいよ、いつものことだしね

頭を下げる静流に対応しながら、一向に収まる気配のない喧嘩をどうするか考える。
室内はちょっとした混乱に陥っていた。
数回経験していなければ、私もパニックを起こして対応ができなかった。
今となれば当たり前となったそれをどうするべきか、なんとなくわかる。
一番は教師を呼ぶことだが、生憎と職員室までの道のりが遠いから遅れるだろう。
あと、説明能力の低い生徒が多いこのクラスにおいて、この手のことを上手く伝えることができるかどうかと言われると、微妙。
結果として二次被害が出て最悪けが人というシナリオになるだろう。

後ろから、派手な音がした。
嫌な音と言った方がいいかもしれない。
続く、誰かの悲鳴。

静流

!!

……静流、ちょっと逃げてて
危ないから

振り返ると、一人がとうとう筆箱からカッターを取り出して振り回し始めた。
もう一人はハサミで応戦している。
先程の音は、カッターの刃をハサミで捕らえた音だった。
何かを叫びながら、互いにギリギリと押し比べをしている。
刃物まで持ち出したということは、双方頭に相当血が上っている。
これでは何時殺し合いに発展するかわかったものじゃない。

ちょっと痛い目みないといけないか……

この状態に陥ると最早言葉は無意味。
聞く耳を持たないどころか、その意思すら飛んでいる可能性が高い。
やめさせたければ力づくだ。
私は避難している知り合いのひとりから、ある道具を借りた。

鋭い切っ先を持つ、バラのヘアクリップだ。
彼女がお気に入りだというそれを、半ば奪うようにひったくる。

いいから貸して
怪我したくないでしょ?

脅すように迫ると、頷いて貸してくれた。
それを持って、刃物を振り回す二人に近づく。
……あまり、この方法は好きじゃない。
でも誰かがやらないと、収まらない。
だったら、私でもいい。私じゃなくてもいいなら。

いい加減にしなよ、二人とも
何振り回してるかわかってんの?

睨み合う二人に言うと、二人して私を睨んできた。
うるさいとか、邪魔するなとか、まぁ予想通りの反論が飛んでくる。
私も鋭いヘアクリップを武器にしていると分かると、相手を私に切り替えてきた。
それでいい。
私はあの子の大切なものを血で汚すつもりはない。

そういうそっちも邪魔するのやめてくれる?
授業の準備の邪魔なんだけど
暴れるなら外でやってよ

わざと逆撫でするようなことを言う。
こっちはもう身構えているのにもかかわらず。
二人して、手にしている凶器を私に向けて振り上げる。私はそれを黙って見ている。
背後で、静流の息を呑む気配。
更に悲鳴も聞こえた。
宥める? 平和的解決?
激昂している状態の、しかも凶器持っている相手にそれを言う?
出来るもんなら是非実践してもらいたい。
怪我人も出さずに、丸く収める方法は世の中あるだろう。
だが私にはそんな芸当、逆立ちしても無理だ。
だから、出来る方法でこの二人を止める。
喧嘩しているこの二人も、私も悪い。
それでいい。

私は身を引いて、二つの凶刃を難なく回避。
大振りで振り下ろしたもんだから、つんのめって前のめりになる。
そこが狙い目。私はすかさず距離を詰めた。

転びそうになった一人の鳩尾目掛けてつま先をぶち込む。
めり込んだ一撃が効いたようだ。
彼女はお腹を抱えてそのまま床に転がる。

いい加減にしろッ!!

私はもう一人の胸倉を倒れる前に掴み、引き寄せて構わず頭突きをかました。
こちらも痛い。
頭の当たった部分が鼻っ面だったみたいで、彼女は汚い声をだして顔を押さえて屈んでしまう。

刃物振り回すなッ!
危ないでしょッ!!

周りの状況も見ないで暴れんなっ!!
馬鹿かお前らはッ!!

二人を見下ろして怒鳴る私。
凶器は二つとも、素早く他の生徒が回収して持って行ってしまう。
二人はそれぞれ、何かを私に訴えようとする。
恐らくは自己正当化。
相手が悪いという言い分だろう。
私はそんなもの聞くつもりはない。

両方悪いッ!!
早く謝れッ!!

バッサリ切り捨てて、それでも渋る二人にもう一度怒鳴り上げると、二人は怯えて、互いに謝って私を恐れて隅っこに逃げた。

センセいないから調子乗ってさ!
次にンな舐めたことしてみなよ
問答無用に職員室連れていくからね!

苛立っている私の声にビビって泣き出す始末だ。
……だからこういう仲裁とかが嫌いなんだ。
私が一人で泣かせたみたいになっている。
方法は悪いと思うけれど……。

収まった頃、教室のドアが勢いよく開く。
飛び込んできたのは、慌てた先生だった。

先生

け、喧嘩したって!?
ちょっと、やめなさい喧嘩はぁ!!

先生

……って、あれ?

そしてほうけて私達を見る。
周りの子達がすかさずよっていって、あれこれ先生に状況を説明していく。
次第に先生は納得したように私を見た。

先生

そっか……涼さんが止めてくれたんだね

ええ、一応
方法はかなり荒っぽいやり方でしたが
二人を保健室に連れていってください
割と強めにやっちゃったんで

二人は私を完全に畏怖の存在として認識している。
怖がって、まるで逃げるように付き添いをされながら教室を出ていった。

先生

でも……あまり褒められる方法じゃないね
頭突きしたっていうし、蹴ったんだって?

……案の定か。
私も悪いという扱いになるだろう。
方法を考えろ、と先生は言いたいようだ。
それに関しては、私にも反論がある。

ええ、止む無くですが
だから荒っぽい方法ではありますが、と言ったはずです

先生は刃物持っている相手が、何も持たないこちらの言うことを聞くと思いますか?
頭に血がのぼって、冷静な判断ができていない人間相手に

私の最初の言い方も悪かったと思います
キツイ言い方をしてしまったのは私が悪いですが、いきなり切ろうとしたのは向こうです

蹴りや頭突きといった方法に関しては、私もやりすぎたという自覚はあります
ですが方法自体は、間違っているとは思いません
言ってダメならどうしろって言うんですか?
私が怪我してバカを見ろとでも?
それじゃ仲裁の意味がないんですよ?

ハッキリと私が要点を纏めて言うと、先生は困惑したように狼狽える。

先生

や、やりすぎたっていう自覚があるならいいの……
あとで、謝っておいてね?

謝るのは当然です

ただ、彼女たちにも二度と教室で刃物を持ち出して暴れないように先生からも言っておいてください
次同じようなことをしたら、私も同じような方法で止めます

私だって悪いことをしているし、それを分かった上で実行した。
謝罪をするのは納得できないが、仕方ない。
私が謝るだけで良くなるなら我慢する。

先生

涼さん、あんまり反省してないよね……?

……どうでしょうね?

先生には私の顔が不貞腐れているように見えるのか。
先生は、私の本心を見抜くのが上手。
これでもポーカーフェイスには自信があるんだけど。

じゃあ、私も授業に行きますので

先生

う、うん……頑張ってね

私は一言告げて、さっさと教室を出ていった。
全く、勘弁して欲しい。
何でこんなことしないといけないんだろう。
なんか疲れた。
次の授業は寝よう。
そうしよう。

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