放課後に、夕食の買い物をする主婦や買い食いをする部活帰りの学生たちで賑わう夕方の繁華街を、クレープの甘い匂いや惣菜の香ばしい匂いに誘われながら女子と一緒に歩く。
放課後に、夕食の買い物をする主婦や買い食いをする部活帰りの学生たちで賑わう夕方の繁華街を、クレープの甘い匂いや惣菜の香ばしい匂いに誘われながら女子と一緒に歩く。
そんな青春とかリア充とか呼ばれる時間を過ごす人間とは程遠い場所にいるはずの僕は、実際にそのシチュエーションを体験してみて、けれどやっぱり素直にこの時間を楽しめずにいた。
理由は、あまり女の子と二人きりで歩くという状況に慣れていないだとか、不本意とは言え部長に就任した部活をサボったことへの後ろめたさとかいろいろあるけど、一番の理由は僕の隣を歩く相手だった。
あそこの肉屋を知っているかい?
あそこのコロッケは絶品なんだ
一度うちのシェフに再現を頼んだけれど無理でね
だから今は時々買い食いをするようにしてるんだ
どこか自慢げに笑いながら肉屋のことを話したかと思えば、
おっと、そっちのクレープ屋さんはボクのクラスでも評判でね
一度クラスの女子たちに誘われて食べたことがあるんだけど、
ボリュームの割に値段が安く、かつおいしいと来たもんだから、あまりにびっくりして一度に三種類も食べてしまったよ
くすくすと思いだし笑いをしながらクレープ屋の前を通り過ぎ、
それからそこのケーキ屋さんは月に一度、ケーキバイキングをするんだよ
そのうち挑戦したいもんだね
羨望のまなざしでケーキ屋を眺める。
まるでどこにでもいる普通の女子高生のようだけど、忘れてはいけない。
僕の隣で屈託のない笑顔を浮かべているのは、世間を騒がせている大怪盗ソルシエールなのだ。
そんなことを考えながら、しかめっ面をしていたからだろうか。
それまで楽しそうにしていた大久保さんが顔を曇らせながら立ち止った。
そんなにボクとのデートはつまらないかい?
うぇっ!?
思わず驚いてしまった僕へ、大久保さんはさらに続ける。
いくら探偵と怪盗といっても、今のボクは普通の女子高生だ……
つまり、ボクとしてはキミとの二人きりの時間をもっと楽しみたいのだ……
けれどキミはさっきから難しい顔ばかりする……
女として……ましてやファーストキスの相手としてはいささかプライドが傷つくというものだ……
あ……いや……その……
そういうわけじゃ……
悲しそうな顔で言われ、どもりながら慌てて言い訳を並べたてようとした僕は、ふと大久保さんの顔が愉快痛快な顔に変じていることに気づいた。
ぷっ……
くっくっくくく……
まったくキミは……
ボクの正体を看破できるほどの名探偵のくせに、からかい甲斐のある奴だよ
ほら、早く行こうではないか!
事件がキミを待っているよ!
そのままくすくすと笑いながら歩き始めた大久保さんを、僕はただただぽかんと眺めるしかなかった。
しばらくして、宝石店にやってきた僕らは、何はともあれ、と言うことで監視カメラの映像を見せてもらうことにした。
どうだい?
何か分かりそうかい?
僕に体を寄せるように、監視カメラの映像を覗き込みながら、大久保さんが小声で訊ねてくる。
う~ん……
まだなんともいえない……
僕が小さく首を振ると、大久保さんは「そうかい」と小さく息をついてからまた映像に視線を戻し、再び沈黙が訪れる。
ちなみに、何故僕らが変装しているかといえば、宝石店に入る前に大久保さんが僕を路地裏に引っ張りこんで、こういったからだ。
ボクもキミも宝石店にそのまま入るには若すぎる……
それに、いくらキミが名探偵といっても……いや、だからこそ変に警戒を与えてしまうかもしれない
大丈夫だとは思うけれど、店の従業員たちに妙な警戒心を抱かれて工作されないように、変装して入ろう……
そうして気がつけば、いつの間にか僕は冴えない刑事風の男へ、大久保さんはその相棒っぽい刑事の男へと変装していた。
さすが、天下の大怪盗……。
自分どころか、他人を変装させるのもあっという間だなんて、驚きを通り越して呆れるしかなかった。
そして変装した僕らは、上司にもう一度現場へ行けと命令された刑事とその相棒を装って店内に入ったのだ。
本当は宝石が所狭しと並べられていたのだろう、空っぽのガラスケースが並ぶ場所を抜け、お店の人の案内で事務所まで入ってこれたけど、特に怪しまれる様子はなくて、安心するやら呆れるやら……。
そんなことをぼんやりと考えながら、監視カメラの映像を眺めていく。
映像の中では、あまりに雑すぎる怪盗ソルシエールの変装をした誰かが、殺害された人と揉み合いをした後、手にしていたナイフで思いっきりお腹を突き刺していた。
そのままどさり、と店の中に倒れる被害者をよそに、ソルシエールに変装した犯人は、目の前の宝石をいったん無視して、僕らが今いる事務所の扉を開けた。
それから少しして戻ってきた犯人は、鍵を使ってショーケースを空けると、宝石を根こそぎ奪い始めた。
……あれ?
どうかしたのかい?
いや……
なんで犯人はわざわざガラスケースの鍵を開けたのかなって?
普通、こういう時ってケースを壊さない?
そういわれてみればそうかも知れないけれど……
でも、ガラスの破片で宝石を傷つけたくなかっただけじゃないのかい?
あんなに乱暴に宝石を袋にいれてるのに?
そう。
映像の中で犯人は、ガラスケースを開けた端から、宝石を袋に投げ込むように入れていた。
素人の僕でも分かる。
あれでは、中で宝石が傷ついてしまう。
確かにおかしいね……
鍵を開けたのに、宝石の扱いはまるで素人……
いや、それ以下だ……
まるで、本物じゃないみたいに扱ってる……
僕たちが映像を見ながらつぶやいていると、突然後ろからこの店の店主が声をかけてきた。
やぁやぁ……
調査のほうはどうですか?
にっくきソルシエールを捕まえられそうですか?
警察には期待してますよ?
からからと笑う店主へ、大久保さんが疑念を投げかけた。
店主さん……
この店の宝石は全部偽者だった……
なんてことはありませんよね?
……っ!?
何を言ってるんですか、刑事さん!
我が店のモットーは「本物を安くお届けします!」ですよ?
偽者を扱うわけないじゃないですか!!
心外だ、とばかりに怒る店主へ、大久保さんは臆せず問いを続ける。
それではもう一つ……
あなたは盗まれた宝石に盗難保険をかけていましたか?
もちろんですとも……
宝石商を営むものとして、いつ不測の事態に見舞われてもいいように、しっかりと保険をかけてありますよ
それでは今回の事件で出た被害に対してもすでに?
ええ……
先日、保険がおりまして……
この事件が解決したら宝石を新しく仕入れる予定です……
あ……
それじゃ僕からも……
殺された人はどういう人でしたか?
性格とか……
彼はとても真面目で……
仕事熱心でした……
本当に……惜しい人を亡くしたものです……
我が店の最大の損失といっていいでしょう……
目の端に浮かんだ涙を拭うように手を当てた店主は、そのまま僕らの前から立ち去っていった。
何か分かったのかい?
……というよりも、なんだかあの店主さんの様子が気になってさ……
あんまり宝石を盗まれたことも、従業員が死んだことも気にしてないように見えたから……
奇遇だね……
ボクも同じことが気になっていた……
これは匂うね……
何事かを考えながらつぶやく大久保さんに、僕も頷いて同意した。