気味悪い

 赤。橙。黄。緑。青。藍。紫。
 空を見上げて見る虹ならともかく、雑多で濃厚な色達が日常風景の中にぶちまけられている姿は吐き出してしまいそうになる程気味が悪かった。


 青い空に差す赤い霧。

 緑の木々に巣食う橙の塊。

 壁を這うように走る黄ばんだ汚れはまるで生きているように蠢いて。

 走る風には運ばれてくる濃い緑の色。

 青の斑点が地面にばらまかれ、
 藍の粉末が明るい色合いの花を染め、
 紫の液状が空から落ちてくる。
 
 地下通路内の魔導罠とは違う、使用術者の精度が低い散り散りとなった自由な残留魔力。互いに譲歩して溶け合う事など決してなく、互いに領土を争って侵食する様はまるで薄汚い人外の乱雑な食事風景でも見せられているよう。
 
 消化を終えたはずの昼食の残りが食道を伝わり喉元まで迫り上がってくる感覚を感じ、それを無理矢理飲み込むことで更なる気持ち悪さを感じる。
 自分の心臓が何かを怖がるように早くなる。

ぐっ、気にするな……なにもない、なんでもない

 目をつむり、ない無いナイと自分に言い聞かせ首を振る。

 見えるものは見えるというだけ、感じるものはただ感じるだけ。
 それも自分だけの事だ、隣に居るジョッシュなんて何もない……本当に何もないかのように平然としてる。

 それが普通。

ッ、はっ

 息を吸い、吐く。
 呼吸の繰り返しに合わせておかしなものを視界の外へと追い出すよう意識する。
 見えなくなる訳じゃない。気にならなくなるように。

 何もない日常風景を強く願い、思い出し、それ以外は何も存在しないと。

 何も――ないんだと。



……ふぅ


 しばらくするとどうにか心臓の鼓動が戻ってきた。目に見えるおかしなものも少しだけ色が薄くなったように感じる。
 落ち着きを取り戻した事を喜ぶ反面、変な行動に出ていた事をジョッシュに不信がられていないかと心配したが……当の友人は驚きに目を見開くばかり、むしろ何かに感動でもしているように震えている。

 嫌な予感がした。

こ、ここはまさか!?

あ……あー、ジョッシュ?

まさか……まさかここは、魔術科校区内ッ!?

いや、ジョッシ――

ううおおおおお!やったー!やったぜー!

あ、ジョッ――

しゃあキタ!しゃあキタ!しゃあキターーー!夢にまで見た魔術科だぜ、おい!?ひゅーおー!

ジョ――

普通科に入学し早数ヶ月、いつも遠くから眺めるだけだった苦渋の時代は終わり!ついにオレは!オレはー!

ジ――

シャァッ行くぞガラ!目指すは憧れ、見目麗しき魔術科生達の集う魅惑のこうい――

ジョッシュ!

 喜び勇み、今にも走り出しそうになったジョッシュに僕は声を荒らげた。

あ、ん?どうしたガラ?何か怖い顔しちゃって

……あ

 ……荒らげて、しまった。
 僕の態度がいつにも増しておかしかったのか浮かれていたジョッシュも何かを心配するように覗き込んで来るが、詳しく説明をする訳にもいかない。
 ジョッシュは魔術師というものをよく知らないんだ。

帰ろうジョッシュ、絶対にめんどくさいことになると思う

 

 魔術師は『秘密主義』の集まりだ。
 先程ジョッシュが数ヶ月などと軽く言っていたがその程度当たり前。下手をすれば一生、その存在に触れる事なく人生を終える人間も多い。
 それだけ秘密主義で排他的なんだ。

 大事にすべきは秘匿、秘術、沈黙。何も知られなくても他人より優れているという強い優越感を持って、生まれながらに違うと自分以外を見下ろす……僕の知る魔術師達はそういう存在。

ふぅ

 細く息を吐き背後を見る。
 高くそびえ立つ恩恵の壁、無駄に広い土地、外とは完全に切り離された空間。
 全てが結局は他の一般人に魔術を知られたくないという子供じみた気持ちの現れだ。

 それならこんな近くに造らなければいいのにと思うが、あるものは仕方ない。そして、そんな所に近付けばいらない騒ぎに巻き込まれる事も目に見えていた。
 ……むしろそれ以前、今考えれば罠だらけとはいえ、両者を繋ぐ地下道が存在している事さえ不自然だ。

 妙な予感に胸がざわめく。

ジョッシュ……お願いだから聞いてくれ、帰ろう

……

 他人を、うまく言いくるめるような話術は僕にはない。
 だからあくまで静かに、先程荒らげてしまった声とは反対に息を沈めた。

ここは、僕達とは住む世界が違う。居る事自体場違いだと思う

……ガラ

だから、帰ろう?

な?

う、ううんん

 ジョッシュは身勝手そうだけどちゃんと聞くべきところは聞いてくれる。
 正面から合わせた視線をこちらからは離さずに、目から気持ちさえ伝えるつもりで薄く半笑いの笑みを浮かべて僕は待つ。

 自分でも気持ち悪いだろうと思える表情だったけど、次第にジョッシュの目は泳ぎ出し……やがて観念したように小さく頷いた。

……分かった。ここまで来れたのもガラのおかげだ、言う通りにする。

ッ!?ああ、ありがと!

 ホッと息を吐き掛ける息。
 でも、その吐息がちゃんとした形となる前にジョッシュは更に言葉を続ける。

でも、その前に一ヶ所だけ。一ヶ所だけでいいんだ、どうしても寄りたい所がある

寄りたいとこ?

ああ、オレの憧れの場所だ!そこだけは、ダメだと思われてもどうしても行きたい、見たいんだ

……憧れ

頼む!

 ジョッシュは深く、頭さえ下げた。

 まるで判決を待つ囚人のように震える友人の姿。


 正直に言えば僕にはジョッシュの言いたいことも分からなくはなかった。

 魔力、魔術、魔法。
 常人では決して近付けない場所。

 そういう所に対する憧れは僕にもある。僕の場合はむしろ憧れと結果が逆転しているようなものだけど、それでも中の気持ちは似ているはずだ。

 ……本当なら今すぐ引き返し、あの地下道を二度と通れない程に頑丈な鎖でも掛ける、そうする事が最善だと思うけれど――

分かった、付き合うよ

本当か!?

ああ

おおお、ありがとう友よ!友よー!

おおげさ

 全身で喜びを現すように飛び跳ねる友人に、今度は先程とは違い『しょうがないな』という意味を込めて僕は息を吐く。

     

ッ!?

 一瞬……何か変な物を感じた。

……

 感覚だけで振り返った先、自身の背後には辺りと変わりない景色が広がる……特には、何もない。

どうした?ガラ?

あ、いやなんでも

そうか?じゃあ行こうぜ!オレ達の冒険、いよいよクライマックスの時だぜ!

……頼むから静かに行けよ?面倒事は勘弁だよ

分かった、分かった、ワカタッター

……不安だ

 非常に心を暗くさせるセリフを残し友人は走り出す。
 僕もその背を追って後に付いて走り出した。

人生を狂わすノゾキ・3

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