花が陽気に言う。空は透き通り、周りは山と草と川。絶好の合宿日和だ。
結局、高島くんとは気まずいまま合宿を迎えてしまった。私は明に言われた通り、明るく振舞っているつもりだ。

赤坂くんがテキパキと指示を飛ばす。
私達マネージャーと、怪我で練習が出来ない何人かはテントやグリルの設営をする。部員全員のテントを作るのは、結構骨が折れる作業だ。

マネージャーのリーダーは花だ。
一年生のマネージャー、心ちゃんとテントになるだろう塊に手を伸ばす。
部員のみんなが、荷物から着替えを持って更衣室へ向かっていくのを眺めながら。
すると、高島くんと目があった。練習頑張ってねと言えない私は、わざとらしく目をそらした。
その様子を見ていた心ちゃんが不思議そうな顔をしてきいてきた。

なにそれ初耳。

テントのシートを引きずりながら花が言う。え、デートってどういうことですか先輩！と心ちゃんがきらきらする。

花は呆れた声を出しながらシートを広げる。その言葉に、骨組みを組み立ててた心ちゃんのきらきらが引っ込んだ。

苦笑いしながら言った言葉に、心ちゃんと花が綺麗なハモリで聞き返してくる。

デート（？）の時の事を話すと、二人は同時にはあーっとため息をついた。心ちゃんは小学生の時からの後輩なので火事のことは知っている。

二人はぶつぶつ何かいいながら物凄い勢いでテントを組み立てていく。

突然二人が立ち上がって叫んだ。びっくりした。心臓に悪いからやめてほしい。

心ちゃんの可愛い顔がぐいっと目の前に来た時だった。ポケットに入れたケータイが震えた。
LINEの通知だ。…高島くんからの。
内容は、お昼の休憩時間に更衣室横の部屋に一人で来てほしい、とのこと。
ケータイを見ながらフリーズした私の顔を、心ちゃんが覗き込んでくる。

小さく呟いた私の声に、心ちゃんと花の顔は輝いた。

二人の笑顔に、何故か頭がくらくらした。

お昼休憩になった。
高島くんから呼び出された場所へ向かう。設営は、心ちゃんと花の手際が良すぎて午前中で終わった。
二人にはついてくるなと釘を刺しておいた。
更衣室横の部屋。グラウンドの横に小さな二階建ての建物が建っている。その中に更衣室があると赤坂くんが説明しているのをきいた。
幸い、そんなに探すのに苦労はしなかった。小さな会議室のようだ。
ちょっと緊張する胸をおさえて、ドアを開けた。
中には既にユニフォーム姿の高島くんがいた。

そこには、前みたいなきらきらした笑顔の高島くんがいた。

戸惑いながらその笑顔を見上げる。

ほんと情けねーと高島くんは笑う。

ああもう、本当にいい人だ。
数日前のふわふわした感覚が戻ってきて、甘酸っぱいような気分にさせられる。

高島くんが笑顔で答えてくれた。
その笑顔はなぜか悲しそうに見えたけれど、きっと私の気のせいだ。

高島くんがポケットから一枚の紙を取り出す。

得意そうに笑う高島くん。

ああ、本当に嬉しい。
得意げに作戦を説明する高島くんが可愛い。その作戦は至ってシンプルだけれど、高島くんが一生懸命考えてくれたのがよくわかった。

ああ、幸せだ。
また彼と楽しく話せる日が来た。嬉しい。
私はご機嫌でドアノブを回した。

そこにはニヤニヤしながらドアに耳をつける花と心ちゃんの姿があった。

二人を怒り、高島くんのことを説明して、作業に戻りバーベキューの仕込みをする。
食材を切ったり、ソースを作るのは普段料理をする私が仕切る。
料理慣れしていない花は見ていて危なっかしい。心ちゃんは、お菓子作りが好きだからとかなんとかで随分と手際が良かった。
男子二人が火をつけてご飯を炊いてくれている間に、私達は料理器具を洗いに行く。

ねーっと顔を見合わせる二人。

心ちゃんがニコニコしている。

あはは、と笑い声が洗い場に響く。
カラスの鳴き声が響いている。
横の川の音が心地いい。
ああ、燃えるような夕焼けがこんなに美しく見えるなんて。
少し前までは思いもしなかった。

花が元気よく拳を上に突き上げる。

私と心ちゃんも笑って手を上げた。
ちょうど、部員のみんなが戻ってくるのが見えた。
駆け足でサイトへ戻る。

花がみんなにお皿を配っていく。私は後を追って箸を配る。心ちゃんがお肉や野菜を持ってきて、中央のテーブルにおく。その量の多さにおお、と歓声が起こる。
幸い私の視界に炎は映らない。
お昼の高島くんの作戦を、花と心ちゃんにも伝えたのだ。
作戦は、私達マネがお肉を焼かない、という単純なこと。部員のみんなで好きに焼いていいよーといってマネ三人は中央テーブルの方で食べる。
お肉は赤坂くんと高島くんが焼いたのを持ってきてくれるそう。ありがたや。

高島くんが心配しに来てくれた。

お肉を焼いて持ってきてくれるという高島くんにお礼をいって正面に向き直る。
…ニヤニヤしている女子二人がいる。

自分で言ってて顔が熱くなるから説得力が無い気がする。

心ちゃんが残念そうな顔をする。

焼いたかぼちゃをもそもそ食べながら不満気に言う。

焼き上がったお肉が乗ったお皿を持って赤坂くんがにこにこ笑いながら話しかけてきた。

花がしっしっとジェスチャーする。

赤坂くんはお皿をテーブルに置いて空いていた私の隣の席に座る。

冷たい事を言いながら花の顔は嬉しそうだ。

今まで散々いじられた代わりに花をいじってやろうとしたり顔で言った時。

グリルの前で誰かの叫ぶ声がした。
みんなは一斉にそっちの方へ向く。
グリルの上の豚トロについた火が勢い良く燃えている。グリルの網にこびりついていた灰に燃え移る。
その揺らめく赤い炎を見て、私の呼吸は詰まる。
とっさに目をつむると、あの日の明の泣き喚く声と共にお母さんや火燐お姉ちゃんの顔が暗闇に映し出される。
明の声の奥の方で、花や心ちゃんが慌てて火を消しに行く音が聴こえる。
しかしそれは何かを燃やす音と、泣き喚く声にかき消されていく。
待って、一人にしないで。置いて行かないで。

怖い、怖いよ…！

その時、誰かの手が私の腕を掴んだ。

しっかり聞こえる。高島くんの声だ。
強いけれど、決して痛くない力で私の右腕を掴んでくれている。
恐る恐る、目をあける。
心配そうに、私を覗きこむようにかがんでいる、高島くんがいる。
その向こうで、丸焦げになった豚トロを押し付けあうみんなの姿が見える。
グリルの中で、さっきより小さい火がゆらりゆらりと揺れている。
いつの間にか、頭の中に響く泣き声も、お母さんたちの顔も、消えていた。

私は無理することなく微笑む。
さっきまでの怖い気持ちが、びっくりするほど無くなっている。
さっきのは何だったのだろうと思うほど。

えへへっと笑う。
高島くんがびっくりしたように目を開いて、そして嬉しそうに笑った。

そう言ってくれる高島くんが、本当に頼もしい。本当に素敵な友人を持った。

正面から高島くんに向き直って言う。そして、高島くんの体で見えなくなっていたグリルを見ようと、一歩前へ進む。
まだ少し自信がないから、高島くんの袖を掴んで。

小さく揺れる炎を視界に捉える。それに向かって、ずんずん進む。
グリルの周りでは、テンションがハイになった男子共が肉も食べずにふざけているけれど、関係ない。

驚く高島くんを引っ張って、私はグリルの前で座り込んだ。
炭の中で、小さな炎がゆらゆらと燃えている。風が吹いたら消えてしまいそうなのに、ふとした瞬間にぶわっと大きくなる。
その暖かな光は、私の心の中でまだ燻っていた恐怖をくるっと包んで無くしてしまった。

炎をみつめたまま、隣でしゃがむ高島くんに向けて小さく呼びかける。
高島くんがこちらを見るのがわかる。

しばらく私を見つめたあと、高島くんはもう一度炎に向き直った。

そう、小さく優しく呟いて、私の頭をぽんぽんっと撫でてくれた。