最寄り駅から3つ程駅を進んだところに、大型ショッピングモールがある。
西原駅西口に12時半集合。
私は少し早くつきすぎた。現在12時。
お店の窓に映る自分の姿を何度も確認する。
変じゃないかな。おかしくないかな。
そう思いながら、自然と口角が上がっている自分もいる。楽しみなんだ。
昨日、結局高島くんに家まで送ってもらったあと、花にLINEを送って服を一緒に決めてもらった。
レースがついたブラウスにカーディガンを羽織って長めのスカート。長い間クローゼットにしまったままだった白いフリルがついた靴下に、ちょっとヒールが入った靴。
普段あまりオシャレをしない私にとって、こういう格好は新鮮だった。緊張もあってずっとそわそわしている。

高島くん

一ノ瀬!


聞き慣れた爽やかな声がする。
私服の高島くんは見慣れないせいか、いつもよりかっこよく見える。
今からこの人と並んで買い物をするんだって考えると、顔が熱くなってきちんと前を向けない。

高島くん

ごめん、遅くなった。

ううん、私も今来たとこ。遅くなったって言ってもまだ集合時間の15分前だよ。

高島くん

それもそうだな。一ノ瀬、そういう服着るんだ。似合ってていいと思う。

えへへ、ありがと。そういう高島くんも、私服かっこいいよ。


えへへ、と二人で笑い合う。きゅーんと胸の奥が甘くなる。

高島くん

じゃあ、ちょっと早いけど行こっか。

うんっ。


駅からショッピングモールまで少し歩く。でも、高島くんとなら会話が弾む。ちょっと緊張するけど、なんだかそれもそれで楽しい。
今日はいい休日になりそうだ。

うーーーん。お肉ってどれくらい持ってけばいいんだろう。


地下階にあるデパートの精肉売り場で私は唸っていた。

高島くん

あはは。どれだけあっても育ち盛りの男が沢山いるから多すぎるって事はないでしょ。一ノ瀬が持って行きたい分だけ買えばいいんじゃない?

それもそうだねえ。じゃあ、豚トロを...。


20人でバーベキューをするということが想像できない。
火が怖いから、そういったキャンプとかのイベントはなるべく避けてきた。だからバーベキューはやったことがない。何を買えばいいのかわからなくて、私はデパート内をあたふたしていた。
そんな私を、高島くんは笑いながら手伝ってくれた。おかげで、買い物も済んだ。
荷物も持ってくれるし、あんまりショッピングモールに来ない私をエスコートしてくれた。私の心臓は、ずっととくとくと音をたてている。けれどそれは不快じゃない。
むしろこの感覚にずっと浸っていたい。
一階に降りるエスカレーターで、私は高島くんにお礼を言う。

高島くん、ありがとね。私、バーベキューとかしたことないからよくわからなくて。高島くんと来て良かった。

高島くん

それはよかった。俺も、慌てる一ノ瀬見てるの面白かったし。楽しかったよ。

面白いって、失礼な。

高島くん

ごめんって。でも俺、一ノ瀬のそういうところ、いいと思うけど。

何がよー。


唇を尖らせながら、私の頬は熱い。

高島くん

バーベキュー、楽しみだなあ。


高島くんがしみじみという。

あー。合宿はバーベキューだけじゃないからね?ちゃんと練習するんですよー?期待のエースさん♪

高島くん

わかってますよ、敏腕マネージャーさん。


お互いを小突き合いながら笑ってショッピングモールを出る。まだバーベキューの火に不安は消えない。けれど、彼と一緒なら...なんて思っていた。
ああ、なんだか帰るのが嫌だ。もう少しこのまま、高島くんと話していたい。
すると、真剣な顔で高島くんが話しかけてきた。

高島くん

一ノ瀬、まだ時間ある?

あるけど、どうしたの?

高島くん

この近くに結構いけてるカフェがあるんだ。少し話さない?


嬉しい。顔がにやける。

いいよ、行ってみたい!


高島くんが少し安心した顔をしている。私はその表情に何かを期待してしまう。
午後三時。まだ日は高い。
やたら響く鼓動の音と、すれ違う子供の声が耳に残った。ああ、楽しいな。
高島くんの案内で、カフェに着く。
おとぎ話に出てきそうな可愛らしい建物に、不思議の国のアリスがモチーフなのか、猫やトランプの柄がそこかしこに見える。

うーわーー!かーわいい!すごいね、高島くんよくこんなところ知ってるね!

高島くん

あはは、気に入ってくれたみたいで良かった。実は、一ノ瀬と出掛けるって決まってから、ちょっと張り切って一ノ瀬が好きそうな店探したんだ。


えへへ、と高島くんが笑う。胸の奥がまたきゅーんとする。

大好きだよ、こういうお店!ありがとう!


私達二人は、ポップな色のエプロンやベストを着たウェイトレスさんに案内されて、可愛らしい二人席に座った。

えへへ、誘ってくれてありがとう。私も、もう少し高島くんと話したいなあって思っていたところだったの。

高島くん

嬉しいこと言ってくれるじゃん。良かった、勇気出して誘って。


高島くんの笑顔が眩しい。他愛のない会話をしていても、いちいち笑顔がキラキラしている。日が当たる席だけれど、なんだか彼の周りだけ光っているみたいだ。
そのうちウェイトレスさんが来て、私はアイスティーを、高島くんはエスプレッソを頼んだ。
ウェイトレスさんが机を離れると、急に高島くんが真面目な顔になった。

高島くん

あの、さ。俺、ずっと一ノ瀬にききたい事があって...さ。


心臓がぎゅうっとなる。

高島くん

一ノ瀬、合宿...あんまり気乗りしてないだろ。


しかし次の言葉は、私の胸の期待の遥か彼方を飛んでいった。

え...?

高島くん

赤坂が話した時から、合宿とかバーベキューとかの話が出るたびに不安そうな顔してるだろ?...今日だって。

え?してた?

高島くん

うん。


まるで拗ねたような顔をしてうなずく高島くん。
もしかして、いちいち話題が上がる度火の事を心配していたのが顔に出てしまっていたのだろうか。

高島くん

なんか、心配事でもあるの?俺、一ノ瀬と楽しく合宿過ごしたいから、なるべくそういうの無くしたい。


そう、真剣な目で言われると、誤魔化す事も出来ない。

実は、ね。笑わないで欲しいんだけど...火が怖いの。ガスとかの、青い火ならまだ平気なんだけどね。赤い炎は、ダメ、なんだ。


この歳になって火が怖いなんて、そうそういない。中学に入って、マッチが怖くてアルコールランプがつけることが出来なかった時があった。
みんなは私に哀れみの視線を向け、どうしようもなくパニックに陥った私を冷めた目で見た。
そんな中代わりにランプを点け、私を落ち着かせたのは無表情な明だった。
あの時から、火自体より人に火が怖いことを知られるのが怖くて、信頼出来る人にしか伝えてこなかった。

だから、バーベキューで火を見ることになったら、嫌だなあって...思ってて。へへ、情けないよね。


笑いかけた私に、高島くんは優しい顔で首を横に振る。

高島くん

ううん、一ノ瀬が情けないことなんて何もない。けど...どうして火が怖いのか、理由を教えてくれないか?


もしかしたらどうにかできるかもしれないと、優しく微笑む高島くんに私は少し動揺した。

なんで、高島くんは、そこまでしてくれようとするの...?

高島くん

さっきから言ってる。俺は、一ノ瀬と楽しく合宿を過ごしたいの。


きらきらと光る笑顔を向けられて、私は少しずつ、あの日のことを話し始めた。ついでに、明のことも。
だんだん、高島くんが悲しそうな顔をするのが見て取れた。彼の眉が下がるたび、心の奥が傷んだ。

それで明は笑わなくなったし、私は火が怖くなったの。


私が話し終えると、高島くんはうつむいて深くため息をついた。なんだか嫌な予感がする。

高島くん

...ごめん。俺、全然、何も知らなかった。知らずに、バーベキュー楽しみとか、脳天気なこと言ってた。...ごめん。


ああ。どうしてこうも嫌な予感は当たるんだろう。

高島くんが謝ることじゃないよ。今まで言ってこなかったのは私だし。


首を横に振る高島くん。

高島くん

いや、ごめん...。俺、何も気遣いとか、出来てなくて、嫌な思いさせたと思う...ごめん。


いやだ。嫌だ。私が何よりも嫌なのは気を遣われることなのに。あの日から、私は沢山の人に気遣われた。最初の方こそありがたかったけれど、段々とそれは、ただの壁になった。
高島くんなら、きっと大丈夫だと、花みたいに受け入れて、でも今まで通り過ごしてくれると思ったのに...!
けれど、その言葉は口から出ずに、私は目の前でため息をつく彼に、心を痛めるだけだった。

高島くん、今日はもう帰ろう?私、高島くんに対して嫌なことなんて思ってないし、今日だってすっごく楽しかったから。

高島くん

一ノ瀬...。


立ち上がった私を見上げる高島くんには、もうさっきまでのきらきらはどこにもなかった。

バーベキューはできるだけ耐えて、楽しめるように頑張るよ。だから安心して?


私はいつもの作り笑顔で笑う。

高島くん

ごめん。なんか俺、逆に一ノ瀬に気を遣われてる気がする...ほんとごめん。


ああ。本当に楽しかったのに。心の底から笑って過ごせてたのに。
私と高島くんは、ぎこちないまま帰ることになった。

最寄り駅から家までの帰り道。
私はぼーっと今日のことや合宿のことを考えていた。
高島くんには頑張るなんて言ったけれど、正直怖いものは怖い。
日没がどんどん早まり、藍色に染まった世界が私の不安をふくらませる。深くため息を吐き、また遠くの空を見る。

あかり?


聞き覚えのあるような、でも聞き慣れていないような声に振り向く。
パーカーを羽織った明が、コンビニの袋を下げて立っていた。

...明。

…なんかあったの?


相変わらず無機質な声。でも言葉は私を心配してくれている。
嬉しく思いながらも、今日は口角が持ち上がらず、私は静かにうなずくだけだった。

…俺で良ければ、きくけど。

っ!?


予想外の言葉に、私は驚いた。
最近の明はよく話す。それにも驚いたけれど、こんなことを言ってくれるだなんて。

…お言葉に、甘えて…。


そうして私達二人は、明の家へ移動した。なんだか涙が出そうだ。胸を掴まれたような、そんな感じがする。
この感覚がなんだか懐かしかった。
火事の前、私が女友達を殴ってしまったことがあった。明の悪口を言われたからだ。
周りの大人はみんな私を叱った。子供だった私は、誰も明に謝らないのが不思議で仕方がなかった。拗ねてふさぎ込んでいた。
そんな私に、明は明るく話しかけてきた。今と同じように

どうしたの?

おれでよければはなしきくよ!

って。泣きながら話す私の頭を撫でながら

おれのこと守ってくれてありがとな、あかり!

と笑ってくれた。
あの時の感覚と、同じだ。
やっぱり少しずつ戻ってきてくれてるのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、明の家についた。

灯、今日暗い。どうしたの?


生活感のない明の部屋の真ん中で、私達は向い合って座った。懐かしい。

実はね…


今日のこと、高島くんのこと、ついでに花のことを私は話した。
明の表情はぴくりとも変わらなかったけれど、話す私をまじまじと見ていた。

私さ、高島くんと今まで通りでいたい。気を遣われたくない。でも、言っても伝わらない気がして…。このまま、さっきみたいなぎこちない雰囲気でずっと過ごすのかなって思うと、怖くて。


話をきいた明は、すっと私に近づいて、うなだれていた私の頭を持ち上げた。

明…?


ドアップの明の顔に動揺する。

灯の名前は、みんなを照らす灯りの字。誰かを笑顔に出来る灯りの字。灯が悲しくしていたら、みんなも暗くなる。


淡々と、だけど重々しく聞こえたその言葉は、私をまた古い記憶に飛ばした。
明が、すごいご機嫌で話しかけてきた時があった。

なあ、おれ、母さんにおれの名前の由来きいたんだ。そしたらさ、どんな由来だったと思う?

えー、あきらだから、あきらめないー!とか?

ちげーよ。あきらって明るいって書くだろ?みんなを笑顔にできるような明るい子に育って欲しいっていう意味なんだって!

え、あかりと一緒じゃん!みんなを笑顔に出来るような灯りみたいな子になって欲しいからつけたってお母さん言ってた!

だろ!おれとあかり、名前お揃いなんだよ!


明は名前通り、明るくてみんなを笑顔にする子だった。私はそんな明から明るさを少しもらって灯りをつけようとしていた。
ああ、あの時のこと、明は覚えてるんだ。

灯が笑っていつも通り過ごしてればあの高島って人もいつも通り接してくれると思うけど。


明が私の頭からゆっくり手を離す。

灯は、笑っていた方がいい。


そう言って頭を撫でられた。
ああ。懐かしさが、胸をいっぱいにする。高島くんと気まずくなってしまった心苦しさを温かくほぐしてくれる。
やっぱり。
やっぱり私は明が好きだ。
前髪の奥の、何も映らないその瞳を見ながら私は改めてそう感じた。

灯と炎.4 アマミとニガミ

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