正太郎が外の話をして以来、百合はどこか上の空になっていた。
もともとこの仕事に思い入れがあるわけではない
そうなると別のことが頭の中に入ってくる余地は必然的に多くなる
はぁ……
君……元気ないね
こっちはお金払ってるんだよ?
す、すみません……
もういいよ
帰らせてもらう……
すみません……
正太郎が外の話をして以来、百合はどこか上の空になっていた。
もともとこの仕事に思い入れがあるわけではない
そうなると別のことが頭の中に入ってくる余地は必然的に多くなる
はぁ……
百合は以前にもましてため息が出るようになった。
やりたくもない仕事をさせられるストレスに加え、正太郎のこと……
よくもまあ体調を壊さないものだと、自分の身体の丈夫さを見直すと同時に恨めしく思う。
いっそ体調壊せば休めるのかなぁ……
そうすればゆっくりと物事を考える時間もできるのかもしれない。
まぁ、体調崩したりしちゃったら、追い出されるんだろうけど……
追い出される
すなわち、死より辛い現実を味わうことになるということだ。
そんな生活が自分の利にならないことが分からにほど百合は馬鹿ではないし、子どもでもない
はぁ……
後にも先にも引けない状況に百合のため息はさらに増える。
さっきから何回ため息ついてんの?
ため息1回につき幸せが一つ逃げるそうよ?
仕事から戻ったお菊が百合を冷やかす。
私たちにそもそも幸せなんてないんだから、今更一緒でしょう
それもそうね……
お菊もつられてため息をつく。
はい、幸せが一つ逃げたね
私たちにそもそも幸せなんてないんだから、今更一緒でしょう
一字一句同じ返答はずるいでしょ……
百合が呆れた顔をする。
ただこれだけでも互いの慰めにはなるし、こんなありふれた会話だけが彼女たちにとっての慰めになる。
いつまでここにいないといけないのかしら……
お菊の口から弱音が漏れる
いつもならこんな話は百合からすることが多いため百合は不思議な気持ちになった。
何かあったの?
ちょっとお仕事で失敗しちゃって……お客さん怒らせちゃったのよね……
そこまで大げさにならなかったけど、もう来ないかもしれないって思ったらね……
お得意様だったの?
そうじゃ無いけど……お客が逃げていいことはなにもないから……
そうだね……
まぁ……増えてもいいことなんて何も無いけど
百合は今日相手をした男のことを考えていた。
あの客ももう来ないのかもしれない
そう思うと自分の足元に地獄の淵が迫っているような感覚さえ覚えた。
不安に苛まれた百合は助けを求めるようにお菊に声をかける
ねぇ、おき――
その刹那
ガタガタと聞きなれない音とともに数人の足音が鳴り響いた。
その足音は自分たちの部屋の前を通り過ぎ、数分して元の場所に帰るように、もう一度部屋の前を通りすぎた。
どうしたの?百合……
いや、大したことじゃないよ……
それよりさっきの足音なんだろうね……?
さあ……?
あまり大人数でここを通ることなんて無いけどね……
二人は謎を抱えたまま床に就いた
頭の中に何かが引っかかっていようと、仕事はしなければならないのだ……
はぁぁぁぁ……
もう毎日の日課となっているため息とともに百合は仕事用の部屋を後にする。
正太郎が最後に来てからもう2週間以上は経過している
いつもなら最低でも1週間ごとに通っていたはずなのに、あの日を最後にぱったりと来なくなってしまったのだ。
やっぱり、あのせいかな……
百合の心に妙な感情が渦巻く
お菊との共同の部屋に戻った百合を先に仕事を終えていたお菊が待っていた。
その表情は何かを言いたげだった。
百合……まずいかもしれないわよ……
どうしたの……?
この前大勢でこのあたりに人が来たじゃない?
どうもあれって、人さらいみたいよ?
え?
百合は心の中にざわつきの様なものを感じた……