百合の心のざわつきが大きくなってゆく
人さらいって……どういうこと……?
ほら、百合と同じころに入ってきた向日葵っていう子いたでしょ?
いたね、そんな子
その子の先輩に当たる椿って人がいたんだけど、その人がさらわれたみたい
そんな……
百合の心のざわつきが大きくなってゆく
でも……さらわれたとは限らないんじゃ……
もしかしたら出ていっただけかもしれないし……
百合は、そんなわけはないと頭ではわかっていてもなんとかして否定しようとする
お菊は悲しげに首を振った。
向日葵がね、『お前も同じ道をたどらないように気をつけろよ』って言われたんだって。
……
重い現実が百合の上にのしかかる
まぁでも、椿って人はお客の男と駆け落ちするつもりだったみたいだし……
素行もいいほうじゃなかったみたいだし……
店としても金食い虫だったみたいだしね……
でもそれって……
そう
不要な人間は捨てられたっていう前例があるってことなんだよね……
このままだと私も……
気をつけてね……百合……
お菊の言葉を最後に二人は黙り込んでしまった。
眠れない……
特に寝苦しいわけでもないが、考え事をしすぎると眠れなくなるのはいつどんな人でも同じらしい
花摘みにいこ……
寝ぼけ眼をこすりながら百合は廊下を歩く。
すると、一つの部屋から明かりが漏れていた
こんな時間に人が起きてるなんて……
夜が書き入れ時といえど真夜中という時間になるとさすがに寝静まるのだ
しかし、そんななか明かりの漏れた部屋に違和感を覚えた百合はその部屋からの声に耳を澄ます。
椿のやつ思ったより高値で売れましたねぇ……
あぁ……
最近働きの悪い奴らがいるからなぁ……
ですねぇ……
せっかく働かせてやってるのに……
邪魔な積み荷は処分しないとなぁ
柊と菫(スミレ)と……
百合ですねぇ……
そんな!
思わず百合の口から声が漏れ、後ずさってしまった。
ギシと廊下の軋む音がした
誰だ!!
百合は慌ててその場を離れ布団の中に潜った
私が……どこかに……さらわれる……
そんなの……嫌……
百合?
なんか元気ないけど……大丈夫?
ここだけの話なんだけど……
私……もしかしたら……もしかしたら……
百合は昨夜の出来事を思いだしながら目に涙を浮かべお菊に泣きついた。
百合、落ち着いて……
売られちゃうかもしれないって……
昨日の夜聞いちゃって……
私……私……
百合……大丈夫……
不本意かもしれないけど……
頑張れば……まだ……
二人が抱き合っていると部屋の障子が突然開いた。
そこには店主が立っていた
やぁ……朝から抱き合って楽しそうだね
互いに抱き合う暇があれば男の一人でも虜にしてほしいもんだがね……
なんの用でしょう?
仕事の時間はまだですよね?
いやいや、大したことじゃないよ
最近仕事の内容が芳しくないようだからねぇ……
特に……
そう言って店主は百合を見る
百合は何も言わずに見つめ返す
……
まぁ、頑張ってくれたまえよ……
そう告げると店主は部屋を去っていった。
百合はその姿を目で追っていた
お菊の眼には店主の姿と右手がかすかにふるえる百合の姿が映っていた。