・・・その後、俺たちは駆け付けた消防隊によって救助された。奇しくも、それは圭が瓦礫に埋まった直後のことだった。

軽いけがで済んだ俺とは違い、圭は意識不明の重体ーー全身の50%以上の火傷、全身打撲、脊髄の損傷ーー幸い脳に被害は及ばなかったそうだ。
しかし、たとえ目が覚めても、もう以前のように歩くことはできないだろうとのことだ。

・・・それ以前の問題で、再び目を覚ます確率は、0%に近いとのことだったーー。


ーー中央病院・病室

アルト

圭、おはよ。

・・・・・・・・・・・・

アルト

あれから二週間たったぞ・・・でも、まだ火災の原因が特定できないみたいでさ・・・

・・・・・・・・・・・・・

アルト

警察は放火の確率が高いって言ってるんだ。じゃなきゃ、あの日使われていなかった家庭科室から火が出るなんておかしいって・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

アルト

犯人、捕まるといいな・・・

アルト

あ、でも、学校はまだあのままでいいや。
仮校舎ができるまで学校は休みなんだってさ!毎朝ゆーーーーっくり寝てられるし、何より勉強しなくていいし!!
・・・課題はたんまり出てるけど・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

アルト

・・・圭・・・

アルト

・・・・・・

アルト

ごめん、圭・・・ごめん・・・ごめんな・・・

許してくれなんて言わない・・・言う権利なんてない。そう、わかっているのに、俺は、毎日ここで圭に謝ることをやめられないでいた。
・・・許してくれるわけないのに・・・今回ばかりは、何を言っても、許してくれるハズがないのに・・・。これも、幼いころからの刷り込みというものなのだろうか?謝れば許してもらえるなんて、限らないのに。

アルト

ごめん、ごめん圭・・・ごめん・・・!!

俺は、ずっと謝り続けた。ずっと、ずっとーー。


ケイの母

あら・・・在斗くん?

アルト

・・・おばさん・・・

病室から出てすぐ、圭の母親と会った。
火災から救助された後、自分が一番辛かっただろうに、俺を励ましてくれた。小さなころから見てきたが、この人が泣いているところを見たことがない。今回も、俺が見ている前ではまだ一度も涙を流していなかった。

ケイの母

あらちょっと、目真っ赤じゃない・・・
どうしたの?

アルト

あ、えっと・・・ちょ、ちょっといろいろあって・・・

ケイの母

いろいろ・・・ねぇ・・・

多分、俺が今まで泣いていたことくらい容易に予想がついたのだろう。おばさんは俺の頭をポンとなでると、笑顔で言った。

ケイの母

ちょっと、時間もらっていいかしら?

         

俺とおばさんは、病院の外にあるベンチに腰掛けた。先日よりも幾分か柔らかくなった風が、とても気持ちがよかった。

ケイの母

あったかくなってきたわね・・・これから花粉症が大変だわ・・・。

アルト

そう、ですね・・・

そういえば、毎年このあたりの時期になると、圭はマスクと目薬が手放せないって言ってたっけ・・・俺は花粉症じゃないから、からかって遊んだりしたな・・・。

ケイの母

・・・・・・圭ね、中学校に入ってから、友達ができないって言ってたの。

アルト

えっ・・・?

確かに、圭には少し人見知りなところがあった。あまりほかの人と行動してるところも、見たことがなかった気がする・・・。

ケイの母

でもね、在斗がいつもそばにいてくれるから、毎日楽しいんだー・・・って。よく言ってたわ。

ケイの母

最初はちょっと心配だったの。人間関係は広いほうがいいじゃない?在斗くんだって、ほかにも友達いるんだから、圭にばかり構っていられないでしょう?

アルト

そんなことないです!
確かに、ほかにも友達はいるけど・・・でも、圭にかまってられないなんて思ったこと、一度もないです!!

ケイの母

・・・そう。そう言ってくれるとうれしいわ。

ケイの母

・・・あの子、自分は在斗くんにもらってばかりで、何もしてあげられないから、いつか恩返しがしたいって言ってた。

アルト

恩返し・・・?

嘘だ・・・俺は、そんな大層なこと、圭にしてあげられなかった・・・恩返しをしなくちゃいけないのは、むしろ俺のほうだ。

ケイの母

今回のことは、あの子なりの恩返しなのよ・・・だから、ね?

おばさんが立ち上がり、俺の頬を引っ張る。

アルト

うみゅ!?

ケイの母

そんな顔しないで、在斗くん。
大丈夫、圭は・・・人間は、そんなに弱い生き物じゃないわ。きっと、もうすぐ目を覚ます。きっとそうよ!

アルト

おわひゃん(おばさん)・・・

そのまま俺を優しく抱きしめてくれた。
おばさんは全部知ってる。火災の直前、俺が圭を屋上に連れ出したことも、もちろん、圭が俺をかばって瓦礫に埋もれたことも・・・。

ああ、やっぱり、この人は強い人だ。きっと、今だって不安でいっぱいなんだろう。でも、それを決して表に出すことはしない・・・圭も、きっと・・・。

ケイの母

大丈夫、大丈夫よ、在斗くん。

アルト

・・・・・・うん。

もう、圭の前で謝るのはやめよう。
目が覚めて、こんな陰気な顔見せられたら、きっと圭だって気分を悪くしてしまう・・・。

笑顔でいよう。できるだけ、圭に見せても恥ずかしくない顔をしていよう。そのほうがきっと、圭も、喜んでくれるよな・・・?

おばさんと別れ、俺は海底鉄道のターミナルに向かっていた。幾分かすっきりした感じがして、とても気分が良かった。

信号待ちをしていたとき、ふと前を見ると・・・俺はあり得ないものを見た。

・・・・・・・・・・・・・・

アルト

え・・・?
圭・・・なんで・・・?

病院で眠っているはずの圭が、反対側の歩道に立っていた。

信号が青になり、俺は圭に駆け寄ろうとした。しかし、その瞬間圭ははじかれたように走り出した。

アルト

圭、圭!!待って!!

いつもなら、足の遅い圭に追いつくのは簡単なはずだった。なのに、距離は縮むどころか一向に近づかない・・・。

アルト

圭!!待て圭!!

俺は、圭に追いつきたい一心で、夢中でその背中を追いかけたーー。

気が付くと、俺はさびれたゴースト街に迷い込んでいた・・・どこだここ・・・?

アルト

うわ・・・すごいとこ来ちゃったな・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

アルト

あっ、おい!!

圭は、すぐそばにあったむき出しの階段を下りて行ってしまった。

底が見えない、真っ暗な階段だった・・・なんだか、ものすごく不気味だ・・・。

アルト

うわ・・・あいつこんなとこ入りやがって・・・

アルト

でも、行かなきゃ圭を見失う・・・

アルト

ああもう!!

俺は怖いという気持ちを押し殺し、階段をゆっくり下って行った・・・。

階段を下りた先は、ターミナルだった。線路には、もう何年も動いていないような、赤さびが目立つ電車が止まっていた。
でも・・・やっぱり人は誰もいない・・・俺と、圭だけだ。

圭は、俺が下りてくるのを待っていたのだろうか、止まっている電車のドアの前に立っていた。

アルト

圭・・・お前、いい加減に・・・!

・・・・・・・・・・・・・・・

アルト

あっ!!待て!!

俺が下りてきたのを確認すると、圭は電車に飛び乗った。俺は一瞬ためらったが、動くはずがないと思って圭の後を追って電車に乗り込んだーー。

そう。本当に動くはずがないと思っていたのだ。

アルト

うわ!?・・・え、え・・・!?

ドアがひどい音を立てて閉まるーーそれだけならまだしも・・・。

そのまま走り出してしまった・・・。

アルト

ち、ちょ!!待って!!なんで動くんだよ!!

ドアに張り付くようにして外を見るが、もうターミナルは見えない。ドアをこじ開けるわけにもいかず、俺は途方に暮れて座り込んだ。

アルト

・・・・・・嘘だろ・・・・

そこに圭がいないことにも、しばらく気づけなかったーー。


アルト

い゛ぃっ・・・!!

どうやら眠ってしまったようだ。けたましい音を鳴らしながら電車が止まったらしく、俺は手すりに頭を打ってしまった・・・いってぇ・・・。

アルト

うう・・・圭はいなくなるし、頭は打つし・・・しかも、どこだここ・・・

ふらつく足取りで、頭を押さえながら外に出る。
そ、そこはほとんど手が加えられていない森のようだった。

そもそも、海底鉄道に乗っていたのに地上に出るなんておかしな話だ・・・一体ここは・・・?

アルト

・・・・・・どうしよう・・・乗ってれば戻ってくれるかな・・・?

そう思い、たった今出てきたばかりの電車を振り返る・・・が。

アルト

な・・・んだよ、これ・・・!?

そこにあったのは、ところどころにカズラが巻き付き、屋根も風化してもろくなったのだろう・・・内側にぐにゃりと曲がっている・・・そんな、朽ち果てた電車だったものだった。

アルト

・・・・・・っ!!

途端に恐怖がぶり返し、俺は森の中を駆け抜けた。
どこに?知らない。どこでもいい。とにかく、あの不気味な電車から離れたかった。

走って、走って、走って・・・どれだけ走っただろう。

開けた場所に出た。荒れた息を整え、冷静にそれを見た・・・。

ククククッ、見ものだったぜ、スコアホルダー候補さんよぉ?

思ったより遅かったわね。二週間も待つなんて、思わなかったわ。

プレリュード 在斗、願う 2

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