………騒がしいな。
食堂へ向かう途中のことだ。
既に食堂からは、多くの人の声が響く。
もう…みんな集まってるんですかね?
…………入ろう。
扉の前に立つと、
目の前に居た羽鳥さんが一瞬にして消えた。
どんな早技だよ!
はぁ………。
なんの話だ。
酷いなー…
そんなに隠したい?
とぼけるなんてなぁ…
まぁ、当然だよね…?
お前は犯人だった。
だから昨夜のことを隠すんだ。
……俺が…犯人だって…?
食堂へ入ると、皆が二人を囲むように話を聞いている様子だった。
日向さんは田畑さんを睨む目を、部屋へ入ってきた僕たちへ向けて…
微笑んだ。
あ、羽鳥…君も来た。
…………。
人目も考えず…
随分冷静さを欠いたものだな。
否、僕を見ているわけではなく
日向さんは羽鳥さんを見たのだろう。
こちらへ向けた視線は、とても微笑んでいるとは思えない程に仄暗い。
日向さんは………
田畑さんを疑って…?
田畑さんが疑われる理由はないはずだ。
アリバイを聞いていないから、
確かなことは言えないけれど……。
それでも、アリバイがない人間はここに…
僕自身がいるのだから
疑うのなら僕も含まれているはずなんだ。
それに…
なんだかんだ…
取り乱したりはしなかった。
自分でも驚くほど冷静なんだ。
変に落ち着いてるのは…
疑う理由として、十分なのでは…。
羽鳥…
残念ながら、田畑は言わなかった。
君が誰に会っていたかなんてさ?
田畑とは仲がいいそうじゃないか。
庇ったのかな?
仲がいいって実に…いいことだ。
待て…
庇うなら、俺と会っていた…
そう言うのが一番妥当だと思わないか?
周囲を構わずに話す二人に、周囲の人間たちはざわつきヒソヒソと話を始める。
「犯人…?」
「なんの話なのかしら…」
「なんかのお芝居の練習?」
「あの人達、なかなかの演技力ね」
「でも、羽鳥さんって役者じゃないんでしょ?」
そんな言葉が口々に聞こえた。
そうだろうな。
けど、それこそフェイク…
疑いを晴らそうとしてないか?
そんなつもりは…ない。
いい加減にしろ。
なんで殺した…言え。
陽景をなんで殺したんだ!
ピタリ。
皆の動きや会話が止まる。
ただし、その静寂は状況を理解するものではなく、どうやらお芝居という見世物に集中するかのようだった。
待て、落ち着いてくれ。
そもそも何故…俺が疑われている。
君は…共犯として疑ってるんだよ。
………弘継を疑っているのか。
そうだ。
なんたって…先日俺は…
………解散した後に
陽景と羽鳥の二人を見ている。
え…。
なっ……。
………………。
俺は…
陽景とはとりわけ仲がいいんだよ。
世間様が親友と呼ぶくらいに…!
こんな意味もわかんな場所に来て…
挙句の果て、能天気なやつらばかり…。
そんなとき
親友の元に行かないはずがないだろう?
解散の後…陽景の考えについてもいろいろ聞いておきたかった。
なのに…
生憎親友は…お取込み中だったよ。
羽鳥、お前と話していたから。
…………………。
………浅いな。
それで君は…立ち去ったのか?
数分は待ったさ。
立ち去っている間に殺した…と?
そして何故か田畑が庇ってる…
まるで殺人動機が見えないな。
ぼーっとしてるようで…
何考えてるかわからないモッサリ野郎は
存外物騒な性格だっただけじゃないか?
他の人はさ
しっかりアリバイがあったんだよ。
第一発見者って言うのかな。
宮代さんは…
羽鳥くんに呼ばれたって言ってたよ。
まるで、彼女を第一発見者にしたかったかのようで…
笑えるな。
え…。
宮代さんが羽鳥さんに…?
でも宮代さんは、昨日工藤さんに…。
「…………ちょっとアイツに呼ばれて…行ってみたら死んでた…それだけ。」
「そしたら…アイツが勝手に死んでて…。」
すっかり工藤さんのことと思ってたけど…まさか…一度目と二度目のアイツは別人…?
……………。
もう何も言えないくらい追い詰められた?
ざまぁないな。
………ひとついいだろうか。
なにかな?
………俺は刃物を…
どこから持ってきたのだろう?
もうボケが始まってるようだね。
田畑が聞きまわってるのを聞いたよ。
あの包丁は…調理場にあったものだろう?
今朝、わざわざ見て来た。
案の定1本足りてない様子だ。
そうか、知ってるなら話は早い。
なら…先日調理場に長くいた人物は?
調理場に長くいた人物…?
え……?
なんの…話だろう…?
残念ながら…俺は一度も調理場の中にまで入っていない。
女子が食事の支度
後片付けもしただろう?
風呂の後は、どうやら…小野が宮代に調理を教えていたみたいだが?
つ、次から次に知らない話が…。
でも女性陣は後片付けの後はお風呂に…。
その間、男子は皆で集まって…。
まさか…その後に料理の練習を?
学校の違う彼女らが…?
突然そんなこと言われてもなぁ。
零したシチューの後片付けは…小野と宮代、工藤の3人でやったようだ。
…………。
俺は確かに宮代を呼んだ。
工藤と話終えた後の話だ。
そのときに調理場に赴いた。
けれど中には入っていない…。
まぁ…断られたけどな。
今、いいとこだから邪魔するな…と。
俺に包丁を取るタイミング…そんなチャンスは与えられてない。
小野に確認してはどうだろう?
………………。
あ、あの…
羽鳥さんの話は本当…です。
も、もう…何が何だか…。
でも…それだと…
何故宮代さんはあの場所へ?
なら、何故…
何故、宮代さんは…
陽景の第一発見者に…
あの場に居たんだ…!!!
…………それは彼女に聞くといい。
……………何も知らないわよ?
目的がないのに…
あの場所へ行くのは…。
なら、違う人物に聞こう。
斑洋二(まだら ようじ)
彼もまた…理由を知っているだろう。
え?
な………っ。
ふざけんなよ…てめぇ。
どういう…ことだ。
………………。
……宮代…
まだ言う気にならないか?
そうよ…
コイツは…犯罪なんてしてない。
したのは…この洋二ってやつ…だから。
奈々子おまえ……!
………もう立ち話長くて疲れた。
言うわ、面倒だから。
小野さんに料理を教えて貰たのも本当のこと。私は料理が苦手だから、教えてもらおうと思った。
夕食が…すごく美味しかったから。
それで…お風呂上がった後に調理場に行ったの。さすがに…皆に知られるのは恥ずかしいから。
それで…小野さんに教えてもらってたんだけど…。
そこのモッサリが来たのよ。
少し話があるんだけど、って。
でも断ったの。
明日にしてくれない?って。
邪魔するな、なんて言ってないから…。
でもね、味見してもらおうと思って…
少ししてから追ってみたの。
そのとき手に持ってた包丁を…
そのまま持ってきちゃった。
そしたらコイツ…
洋二に会ったの。
その後は…
またシチューのときみたいな感じよ。
おい、奈々子…
お前いい加減に…。
私、怒鳴ったからさ
近くにいた工藤さんに聞こえたみたい。
仲裁してくれたの。
廊下じゃ迷惑だから
部屋の中に入ってね。
洋二は気に食わなかったんでしょうね。
脅しのつもり?だったと思うのよ
私の包丁をさ…取り上げて…
勢いで突進…。
あ………あぁぁ……あ…。
怖くなって叫んじゃったらさ…
コイツ…さっさと逃げてさ。
後はアンタらが来たって感じ。
お前………そんなでまかせ…
………………。
……………斑…
君が……?
しかしアリバイが…。
そんなの…私が別の場所で喧嘩してたって言っただけでしょ?
………………。
………………。
…………斑、君がやったことは…殺人だ。
すまないが…拘束させてもらおう。
ふざけんな……
あれは事故で…殺人じゃ…。
………殺人だ。
陽景……………。
結局のところ、犯人は僕の知らないところで犯行に及び、僕の知らぬうちに解決してしまったようだ。
解散後
羽鳥さんは、工藤さんと話していた。
それを日向さんは見ていたようだ。
あまりに話が長くなりそうな状態に、日向さんは一度去った。
そして羽鳥さんと工藤さんが話を終え、羽鳥さんは宮代さんと話そうと調理場へ。
だが、こっそりと料理を練習していた宮代さんに、明日にしてほしいと断られて引き返した。
そんな羽鳥さんに、味見をしてほしかった宮代さんは後を追う。
たまたま焦って追った勢いで、握ったままの包丁を持って…。
そのとき、廊下で斑さんと遭遇。
夕食のときの喧嘩が再熱した…とのこと。
たまたま、廊下から怒鳴り声を聞いた工藤さんは、二人を部屋へ引き入れて仲裁したが、頭に血が上った斑さんが宮代さんから包丁を奪った。
脅しのつもりで手に取ったのだろう。
脅しのつもりで刃物を持って突進したのだろう。
その行動は一人の命を奪うこととなった。
…………………。
………。
大丈夫か?
……………………。
………斑なら
ゆきりんが拘束している。
空き部屋の個室に…連れてった。
…………そう…ですか。
あの…羽鳥さん……。
…どうした?
何故…
工藤さんと宮代さんに話を…。
……………。
いずれ…わかる。
それよりも…
万が一
こんな事が起きたら…
次は君に解決してほしい。
え?
これは…君がやるべきことだ。
……少しであれば
俺もゆきりんも力になるだろう…。
それはどういう…。
…………………。
パチパチパチパチ。
大きな拍手が食堂に響いた。
これをお芝居と思った人たちは
盛大な拍手を贈ったのだ。
これは……お芝居なんかじゃない。
つぶやく声は、拍手に飲まれた。
9話 願うは鬼の… 完