霊深度

- 4→5の、

PULL OFF It

CridAgeT

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……気が滅入るな

旅は嫌いではない。
だが、電車は嫌いだ。

―――ご乗車ありがとうございます。次は―――

私は二人掛けの席の端に、窓を眺めるように座る。

だが、窓の外を見ることはできなかった。

『WARNING!!』

べったりと大きな広告、いや、警告文書が貼り付けられていたからだ。

当然、こんなものが普通窓に貼られているわけがない。
広告は貼ったり吊ったりするスペースがちゃんと決められている。こんなものを勝手に貼ったら、すぐに剥がされるだろう。





ただし、それは、人間の話、人間に視えればの話だ。

幽体か

そういえば、昔は、不思議に思ったこともあった。

幽霊といえば生きていたものではないのか?

そもそも幽霊が持っているもの、身に着けているものにまで触れられないのは何故か?

幽霊が、人間であったころや死に際して持ちえないようなものを持っているのは何故? どこで手に入れたというのか?

今でもそのあたりについて十分知っているとは言えない。






だが、慣れた。




何もかも知っていなければ我慢がならないほど、子供ではない。


私は改めて紙にさらっと目を通した。

『WE DO NOT GIVE IN TO TERRORISM
DON'T SOW YOUR POLLEN
IF YOU SOW THE SEEDS OF DISASTER, WE NIP THE EVIL IN THE BUD
GOD KNOWS It』

電柱や路地裏には、ときどきこういうものが貼り付けられていることがある。




誰がこんなものを作成したのか、貼ったのか、そんなことは知らない。警察あたりも関与しているのだろうが、興味はない。

剥がそうとすると、覚えのある痛みが指に走ることは確認したことがある。

……こんなものが貼られていたら、外が見れない

だから電車は嫌いなのだ。

乗り換えのために下車すると、意外に風は冷たかった。
もう春だというのに、このあたりには全然それを感じさせるものがない。

さびれた無人駅では、無理もないか

黎明(れいめい)駅へ行く乗り換え……
海日向(うみひゅうが)線を通る行き方と、彼誰(かだ)線を通る行き方があるのか

彼誰線を使う方が、到着が早い。私は足を踏み出した。




と、そのとき。

海日向ってあの珍しい海ミカンが採れるところなんですよね! 本に載ってました。いつか行ってみたいです……

数日前カゲツが言っていたのを、思い出した。

……海日向線で行くか

ちょっと途中下車して、ちょっと寄り道するだけだ。特に、カゲツのためというわけではない。

彼誰 線。  

その末端にある小さな駅のことを、まだ私は知らない。

久しぶりだな、この駅も、町も

黎明は妙に開放感のある町だ。



ここに来たことに後悔はないが、この感覚にはいつも慣れない。いや、慣れたくない。





こんな感覚を教えられたくはない。

別に私は、息苦しさを感じるほど狭苦しいところで生きているつもりはないのだから。

先生、今日はちょっと見た目が違う気がします……

一応、相手に素顔を見せるわけにはいかないからな。……たしかに、これは酷いな

いえ、酷くはないですけど……

先生、浮かない顔ですね

そんなことはない

……うそだ

……嘘、かもな

目的地に向かう途中だった。

……居るな

強い悪寒が、足を止めさせる。

目を凝らす必要すらない。はるか遠くなのに、黒い塊がはっきりと視えた。


ひどく凶悪なものの本性を、視た。

あの黒い塊か……

私はそれを追いかけなかった。

この距離では、どうせ追いつく前に気づかれて逃げられる。

それよりも、彼だ

黒い塊よりも、手前にいた一匹の白猫に私は目を奪われた。

ノースポールの花畑に埋もれて見えなくなってしまいそうな、白い毛並み。深く青い瞳。


人の形をしているが、猫の形が本来の姿であることは視てとれた。

そして、その後ろに。

一輪の花が、浮いていた。

幽体の、正常な茎を持たない異質な花。 花粉。 根や葉や花粉管をいびつな花から伸ばし、 生物に憑りつこうとする姿。

それが持つ意味は、霊に関係する者なら皆が知っているだろう。
なにしろ、電車の窓にまで警告が貼りだされているのだから。

カガミ、頼みがある。

最近、幽体の花を使う悪霊がここらにも出没してるのは知ってるよな?

そいつの情報が手に入るかもしれない。俺の代わりに、黎明に行ってくれないか

 『寄生』 

『マーキング』

 『媒体』 

……様々な目的があるのだろう。
その花には十分な茎がなく、あってもねじれて飛び出しているのが特徴だ。

霊体の花を、生きている生物に植え付ける。

そんなこと、普通の幽霊はできない。ごくごく限られたものたちだけの特殊能力のはずだ。


だが、一匹二匹の犯行にしては被害が多すぎる。よほど凶悪な悪霊が関わっている




―――のだろう、としかまだ言えない。
まだカリヤスやノシメたちも全く捕捉出来ていないというのだから。

テロ。

つまりはそういうことらしい。

……はは、よりによって、こんな大物に初対面か

私は大事に持っていたナイフを懐から取り出した。

この巡り合わせも、「必然」か?

だとしてもそんな縁に付き合う気はない。消えろ

投げたナイフは、……花の中心を突き抜けて大きな穴を開けた。


一拍遅れて、花びらが、葉が、弾けて消えた。

『露断ちの黒百合』

確かに霊の欠片を消し去った、手応えがあった。







私は歩いて近づくと、地面に刺さったナイフを抜いた。石刃の、装飾のないナイフだ。

クリム……

そして白猫と向き合った。






姿こそ変えていないものの、この猫の前では、私の本当の姿など見破られているのだろう。

……

……

初めまして、か

ああ、初めまして、のようだな

初めまして、親友

おかえりなさい。

ただいま。出迎えありがとう、クリム。

何か、あったの。

いや? せいぜい、ノースポールの花を見てきたくらいかな

あ、先生! お帰りなさい!

ん。

カゲツが玄関までやってきたので、私はちょうど手に持っていたそれを使った。

良い香り……こ、これ……香水?

奥の部屋に置くことにした。使うときは勝手にしろ

先生、もしかしてこれ海ミカンの香りじゃ……

疲れた。寝る

せ、先生!

増加回避分 プラス50

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小計 ゼロ

プラス10

打消し 3

マイナス4

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小計 プラス3

合計 ゼロ

積算 推定プラス6


霊深度 現在???

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