水依が龍也にチョコを渡し終えた場面を遠巻きに眺め、青葉は身を翻して例のラーメン屋に向けて歩き出した。場所が駅前なので、ここからだと店までの距離は目と鼻の先だ。

 灰色の雲間から粉雪がちらつく。積もらないし、すぐに止むだろう。

 店の前に着き、何の気無しに扉を開く。すると、入ってすぐのカウンター席には、既に注文の品を待っている紫月の姿があった。

葉群紫月

お? 青葉、久しぶりじゃん

 といっても、たかが四日会っていないだけだ。

 青葉は券売機で券を発行して、特に考えもせずに紫月の隣に腰を下ろした。

貴陽青葉

何かいいことでもあったのか?
いきなり皆を呼び出して

葉群紫月

そういや井草さんをここに
呼んだことが無かったなー
って思っただけ

他の奴らは単なるオマケだ

貴陽青葉

そんなことばっかり言ってるから
友達が少ないんだ

葉群紫月

お互い似たようなモンだろ

貴陽青葉

ああ言えばこう言う奴だ、忌々しい

 ここまではいつもの憎まれ口によるやり取りだ。さて、お次はどんな話題を振ればいいものか。

 まあ、最初から決まってはいるのだが。

貴陽青葉

紫月君

葉群紫月

あん?

貴陽青葉

私はこう見えてまだ
十六歳の女子高生だ

思春期相応に悩みもするし苦しみもする

葉群紫月

何だ、いきなり

貴陽青葉

まあ、聞け

 青葉は店主から差しだされたお冷やのグラスを意味も無く揺らす。

貴陽青葉

自分一人の力じゃどうにもならないって分かっていても背伸びをして一人で無理を重ねる時だって頻繁にある

本当にどうすればいいか分からなくて
立ち止まってしまう時も、自分を大切に想ってくれている人をないがしろにすることだってある

それが最近良く分かってきた

 その結果、一時であれ水依を苦しめてしまったし、龍也からも怒られてしまった。まだまだハーフボイルドもいいところである。

貴陽青葉

でも、私が頼って許される人が
いるっていうのを教えてくれた奴がいる

そいつは何処からともなく現れて、
どうしようも無い状況を一気に
ひっくり返して私の目の前から
消えていった

葉群紫月

まるでヒーローだな

貴陽青葉

そうだ。そいつは私のヒーローだ

 青葉は右拳を紫月の横に持ち上げた。

貴陽青葉

だから、もし私が立ちいかなくなった時はまた助けて欲しい

私のこの願い、
君は受け入れてくれるか?

葉群紫月

青葉が言うヒーローみたいになれるかは知らんけど、いいぜ

 紫月も自らの左拳を持ち上げる。

葉群紫月

そんくらいはお安い御用だ
お前だってそうだろ、相棒

貴陽青葉

ああ

 拳と拳がこつんと触れ合う。

 これが後の探偵史で語り継がれる、伝説の名コンビ誕生の瞬間だった。

東雲あゆ

あ、やっぱり先に来てた!

 新たに入ってきた客が騒々しいと思ったら、やっぱりあゆだった。しかも彼女の後ろには龍也と水依もいる。

東雲あゆ

ここに向かう道すがら二人を
見つけて一緒に来たんだ

葉群紫月

そうかい
とりあえず早く座ったら?

東雲あゆ

私、ここー!

 券売機を弄った後、あゆが率先して紫月の右隣を選ぶ。これで紫月は両手に華だ。ちなみに水依は青葉の左隣、龍也は水依のさらに隣だ。

 他の客もそこそこ人数が居るのに学生連中だけが騒がしいのはどうかと思ったが、今日だけはどうか許して欲しい。

 だって、今日はバレンタインデーの百倍以上も特別な日なのだから。

井草水依

青葉

 水依が青葉の肩に手を置いて微笑みかけてくる。

井草水依

ただいま。遅くなってごめんなさい

貴陽青葉

別にいいさ
それより、おかえりなさい

そして――

 彼女と再会したら必ず言おう――そう心に決めていた言葉は思いの外、舌の上から自然と滑り落ちた。

貴陽青葉

ようこそ、
私達の世界へ

 魔界同然の現実世界にまた一人、規格外の少女が仲間入りしたのであった。

駒木定義

ここが例のラーメン屋か

新渡戸文雄

ええ。美味いですよ

駒木定義

ほう? ――って、おいおい、
ガキばっかじゃねーか

 前に青葉の紹介で行ったラーメン屋の前まで来て、新渡戸は駒木と共に扉のガラス越しに、カウンター席でやかましくしている五人の男女を眺めていた。

 駒木が心底苦そうな顔をして唸る。

駒木定義

飯の時くらいは静かに
やりたいもんだぜ

飲み会じゃあるめぇし

新渡戸文雄

じゃあ別の場所にしましょう
ここに来るのはまた今度
っつーことで

 新渡戸はあっさり諦めて身を翻し、誰にも聞こえないように呟いた。

新渡戸文雄

ようやく、あんな風に笑えるように
なったんだ

邪魔しちゃいけねぇよな

駒木定義

あん? 何か言ったか?

新渡戸文雄

いえ、別に

 ラーメンを食い逃した代わりに、今日は珍しいものが見れた。

 いつもは仏頂面で表情の起伏が乏しいというのに、いまのあいつは年相応に無邪気な笑顔を咲かせて仲間達とわいわい談笑していやがる。

 その絵面を写真に収めて幹人の野郎に送りたかったが、それこそ無粋だろう。

新渡戸文雄

ヒゾウの探偵……か

 彩萌市を護る最高の盾と最強の剣は、若干十六歳の高校生二人組。

 これから先は彼らの時代になるだろうと、新渡戸の長年培った刑事の勘が囁いた。

『禁忌の探偵』編

及び

ヒゾウの探偵
~ストリEdition~

終わり

貴陽青葉

まだこれで終わり
じゃないぞよ?

葉群紫月

次回の更新は
俺達から大事な
お知らせだ!

という訳で、

『群青コンビからの
大切なお知らせ』

に続く!

『禁忌の探偵』編/エピローグ(ヒゾウの探偵 ~ストリEdition~ 最終回)

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