やがて勝巳も含めた全ての人間が巫女の間から去り、さっきと打って変わり、静寂ばかりがだだっ広い空間を支配する。

 玉座でただ一人、呆然と俯く水依は、これまで勝巳から説明されていた『プロジェクト・サイコ』の概要を何度も反芻していた。

井草勝巳

要は水依と同類の人間を
彩萌市内に増やす計画だ

 とある夕食時に、勝巳が皿の上のステーキにナイフを入れながら説明していた。

井草勝巳

PSYドラッグにより人類全てが
超能力を手に入れられる時代になれば、
異端者として扱われていた
天然の超能力者は迫害されるどころか
尊敬の対象として扱われる

 その為の窓口が未来学会という組織である。

井草勝巳

お前一人がこの世界で肩身の狭い思いをしなくて済む
かつての母さんのように、
誰にも迫害されずにのびのびと
生きられる

井草水依

……お父さんは、
どうしてお母さんと結婚したの?

井草勝巳

何?

 まるで方向性の違う質問をされ、勝巳が目を丸くしてナイフとフォークを止めた。

井草水依

お母さんは自分がESP能力者
だからって理由で周りの人からイジメを
受けてたんでしょ?

そんなお母さんを、
どうしてお父さんは好きになったの?

井草勝巳

まさか、お前からそんな質問を
される日が来るなんてな

 勝巳は遠い目をして語る。

井草勝巳

私にも精神的に追い詰められていた
時期があった

そんな時、路傍に転がる
石ころのように、寒空の下で
ひたすら客を待つ
みずぼらしい占い師が座っていた

それがお前のお母さんだ

 母の生い立ちは少ししか知らない。占い師だったのは知っているが、だからといってどんな人生を送っていたのかなんて考えたこともなかった。

井草勝巳

私は気を紛らわすつもりで彼女に
占いをしてもらった
彼女は私のオーラとやらを見て、
その様子を絵に描いて、
その図形を元に一週間先の
未来を全て見通したと言うのだ

普通なら信じがたい話だろうが――
全ては彼女が言った通りになった

 自分とほとんど同じ手順で発動する能力を母が持っていたと知ったのはこの時が初めてだったりする。

井草勝巳

でも違うんだ
私は自分の未来なんて
どうでも良かった

たしかに結果には驚いたが、
それより何より、
私はいま置かれている苦境に
耐えてひたむきに生きる彼女の
姿勢に惹かれてしまった

そして悟ったのだ
私には彼女しかいない――と

 勝巳の水穂に対する愛は本物だ。

 だからこそ、彼女の形見とも言える水依にも深い愛情を注いでいるのだ。

井草勝巳

だから私は心に決めた
彼女みたいな境遇の人を、
二度と私の前では生み出させないと

 これが『プロジェクト・サイコ』の根底だった筈だ。なのに、いつからこの計画は形を歪めてしまったのだろうか。

 人死にが出ないと思い込んでいたら、決してそんなことは無かった。

 争い事が起きないと思ったら、いままさに戦争が始まろうとしている。

井草水依

こんなこと……
お母さんが望んでいたの?

 呟くと同時に、意識が韜晦から現実の時間軸に帰ってくる。

井草水依

青葉……私はどうしたら――

東雲あゆ

電話すれば
いいんじゃね?

 気配も音も無く、彼女は水依の目の前で屈んで気軽に言った。

 ボディラインが浮き出たシャツやスカート、タイツに至るまで全身真っ黒の少女――東雲あゆは、片手を挙げて満面の笑みを輝かせる。

東雲あゆ

おっす、水依っち
久しぶり。元気してた?

井草水依

……え?

 予想を大幅に超える相手との対面に、水依の目が一瞬で点になる。

井草水依

あゆっち……? どうしてここに?

東雲あゆ

ふふふ……いい質問だね

 あゆが悪役っぽく不気味なオーラを垂れ流しにする。

東雲あゆ

それでは、この私、東雲あゆが
如何にしてこのような場所に
侵入してきたのか、
VTRも交えて分かりやすく
説明してあげちゃうぞ☆

 VTR云々はともかくとして、あゆの話は次の通りだ。

 彼女はどうやら未来学会に対して何らかの恨みや憎しみがあったらしく、その実態を調査すべく、チョコ作りの後からこの組織に対して潜入捜査を試みていたらしい。

 最初は変装して宍戸亜紀という偽名を使って見学という名目で正面から本部のビルを訪れ、その直後からはいまの格好に着替えて潜入と離脱を繰り返していた。しかも学校を何日も欠席し、ある時はこのビルの何処かで寝泊まりまでしたという。

 そして、ようやく水依とこの場で接触出来るチャンスを掴み、このタイミングで姿を現した、というのがこれまでのあらすじだ。

井草水依

何て壮絶な潜入捜査を……
ていうか、寝泊まりしたの?

嘘でしょ?

東雲あゆ

ここの第三リネン室って鍵が
常に閉まってて、
意外と誰も来ないから快適だったよ

 どうやら寝泊まりに関しては決して冗談ではないらしい。さすが忍者一族の血を引く末裔。やること成すこと、全てにおいて一般人とはスケールが違う。

東雲あゆ

それで……えーっと、あ、そうだ

 あゆはしばらく唸り、スカートのポケットからスマホを取り出した。

東雲あゆ

水依っちのスマホ
これで火野君と青葉に
無事を報せなよ

 ちなみにこのスマホは井草邸の水依の部屋にあったものだ。出かける時に勝巳から置いていくように言われたから持ってこなかっただけで、決して忘れてきた訳ではない。

井草水依

……住居不法侵入で
逮捕されても知らないから

東雲あゆ

誰もチクらなければ問題無し

井草水依

…………

 敵の本拠地に忍び込んで寝泊まりした上に人の家に侵入して物品を盗んだ後とは思えない爽やかな笑顔だった。

 水依はスマホを受け取り、まずは龍也の番号にダイヤルする。

 彼は思ったより早く応答した。

火野龍也

井草さん!?
あんたいま何処にいるんすか!

 開口一番、大慌てのご様子だ。

火野龍也

いま丁度、白猫探偵事務所の
前にいるっす
そこには貴陽さんもいるっす
いま彼女にも声を聞かせますから、
ちょっとだけ待ってください

 スピーカーの奥で足音がノイズと共に反響する。
 青葉の声が聞こえたのは、

火野龍也

これを見るっす!

という龍也の叫びの直後だった。

貴陽青葉

水依、私だ

 最初は慎重な声音だった。

貴陽青葉

お前、いま無事なのか?

井草水依

うん。それより、聞いて

 いまは声だけの再会を喜んでいる場合ではない。

井草水依

いまから未来学会が彩萌警察署と
白猫に対して攻撃を仕掛ける

だから、いますぐ青葉と
白猫の人達はそこから――

この街から逃げて

 おそらくスピーカーをオンにしているだろうから、この警告は白猫の事務所にいる全員に聞こえているだろう。

井草水依

お願い
少しでも早く、少しでも遠く

貴陽青葉

私が組織の奴を
ボコったのがバレたか

 やっぱり、PSYドライバーを会員から強奪したのは青葉か。

貴陽青葉

でも私達はこの街を離れる訳にはいかない。お前のことも必ず迎えに行く。だから、お前が心配するようなことには決してならない

井草水依

無理だよ。さっき組織の人全員にPSYドライバーが一個ずつ行き渡った。普通に戦えば勝ち目は無いよ

貴陽青葉

だからどうした
お前をそこから連れ去れば
未来学会は烏合の衆に過ぎない

私を想うなら協力しろ
それが一番手っ取り早い

井草水依

止めろって
言ってるんだよ!

 人生最大の声量で叫び、水依はひたすらまくし立てる。

井草水依

私の為に青葉の命が
危険に晒されるくらいなら、
いますぐこの場で私が死んでやる!

そうすれば未来学会に刃向かう
理由だって無くなるでしょ?

だからお願い
私の気が変わらないうちに
とっとと逃げてよ!

 まさか、泣きながら大切な人に喚き立てる日が来ようとは夢にも思わなかった。

 水依が息を荒げている間、スピーカーの向こう側は沈黙していた。

井草水依

……一生の……お願いだから……
こんなところで、誰も死なないで

火野龍也

ふざけるな!


 鈍いノイズと共に、龍也の怒声が水依の鼓膜を突き抜けた。彼が青葉から無理矢理スマホをひったくったのだろう。

火野龍也

さっきから聞いていれば止めろだの
逃げろだの何様のつもりだ!

未来予知で俺達の死に様でも見えたか?
だったらそんな未来はクソ喰らえだ!

あんたも死なない、
白猫の人達も死なない、
貴陽さんも俺も、

誰もあんたの前から消えたりしない!

井草水依

人の気も知らないで、
適当なことを言わないで

 スマホを握り締める手の握力が強くなる。

井草水依

弱いくせに……
何も出来ないくせに、
私に指図しないで

火野龍也

弱いのも何も出来ないのもお互い様です

 途端に、龍也の声音が優しくなる。

火野龍也

でも俺達には最強の仲間がいる
だから本音を言ってください
いま井草さんが叶えたい、
本当の願いを

井草水依

……………………

 これから戦争状態に突入することにより、父と自分が夢見た計画はもう二度と成就することは無い。結局は異端児と普通の人類が衝突するという最悪の構図に行き着いてしまうのだから。

 後に残された、水依自身の中に眠るたった一つの願い。それは――

井草水依

……助けて

 たった、それだけだった。

井草水依

罰なら後で、いくらでも受けるから

火野龍也

井草さんは悪くないです


 彼の思い遣りを狡いと思ってしまった。

火野龍也

必ず助けに行く
だから、ちょっとだけ
待ってて欲しいっす

井草水依

……うん

 もう、彼に逆らう理由は無くなった。

 電話を静かに切ると、いままでずっと黙ってこちらを見守っていたあゆが場違いな笑みを浮かべる。

東雲あゆ

さて。そうと決まったら
私は私の仕事でもしますかね

井草水依

これからどうするの?

東雲あゆ

私は一旦外に出るけど、
水依っちはまだここに居た方が
安全そうだよね

 彼女は遠まわしに、水依を足手纏いだと言っているのだ。

 あゆが常識外の潜入捜査を成功させたのも、彼女自身の高い身体能力に依るところが大きいだろう。なので運動神経がそこまで良くない水依を連れて外まで誰にも気取られず脱出するのは至難の業だ。

東雲あゆ

私は青葉達が通る道を空けにいく
だから、ちょっとだけ待ってて

井草水依

分かった。待ってる

東雲あゆ

そんじゃ、またね

 あゆの姿が一瞬でこの部屋から消失する。どういう手品を使ったのだろうか。

 そういえば、まだ彼女に礼を伝えていなかったような。

井草水依

……まだ、出来ることはある

 さっきまでは勝巳が傍に居た。彼から視えた未来の絵柄も覚えている。これを使って未来予知を行えば、きっと何かしらの手掛かりを青葉に残せる筈だ。

 調べ物だけなら探偵よりもずっと上手にやれる――水依は自分が持つ力に、ようやく自信と呼べるような気合が芽生えた。

 玉座の下に常備してあったトレーシングペーパーを引っ張り出した瞬間、またぞろ奇妙な映像が視界に直接映し出される。

 ここは……駐車場か?

井草水依

紙を使わなくても
未来が視える……?

 あんな遠回しな未来予知をしていたのが馬鹿馬鹿しくなる。それくらい、未来のイメージがはっきりと目の前に現れているのだ。

 次はその駐車場に停めてあった一台の黒い車が視える。ピントがナンバープレートに合ったかと思えば、トランクの中に誰かが放り込まれている様子が視えた。

 映像はここで終わりだ。

 おそらく一連の予知は、警察によるガサ入れが入る前――いまにも発生しそうな大騒ぎの真っ最中で、勝巳の身に起こり得る可能性が一番高い出来事だ。

 この予測結果を信じるなら、勝巳もこの事件で発生する被害者の一人だ

井草水依

早くお父さんに報せなきゃ……

 水依がスマホを再び手に取った、その時だった。
 巫女の間の扉が開き、白を基調とするボタンジャケットを着た数人の男がぞろぞろと踏み込んできたのだ。

 迂闊だった。彼らの存在を、いままでずっと忘れていたのだ。

井草水依

うそ……どうして……っ!

あなたをこの部屋に
拘束させていただきます

 連中の一人が無感動に告げ、懐から黒い手錠を取り出した。

『禁忌の探偵』編/#3願い その二

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