氷室空にとって、花園羽美の存在は別格だった。
彼女は、羽美は、空にとって神様。
氷室空にとって、花園羽美の存在は別格だった。
彼女は、羽美は、空にとって神様。
空は羽美を盲目的に慕っている。
それは最早妄信と言えるレベルであり、通常の友情とは異なる理屈で羽美と繋がっている。
羽美に死ねと言われれば、空は躊躇わずに死ぬ。
羽美に殺せと言われれば、言われたとおり殺す。
そこには理屈もなければ感情もない。
羽美が何かを命じたから実行しただけ。
恰もプログラムの実行のように動く彼女は、果たして人間なのか。
感情、ココロというものを失いつつあるこの生き物は、本当にニンゲンなのか?
それなりに付き合いの長い睦でも、実は仲が良いのは表面上だけの関係であると、悟っていた。
あの二人の間には決して入っていけない。
二人の中にある深淵に触れたら最後、自分が自分でいられる自信がない。
羽美、空はどうすればいい?
わたしの敵をクーが全て殺すの
空が死んじゃうか、全部殺し終わるまで
それまでクーの生命はわたしが預かる
わかったよ
空が全部殺せばいいんだね?
そう
クーはわたしの言うことさえ聞いていればいいの
なら、空はそうするだけだよ
羽美の役に立てて嬉しいな
タバコをふかしながら夜の廊下を歩く羽美。
傍には従者のように付き添う協力者、空。
羽美の意思通りに動き絶対に反抗しない便利な道具。
それが空だった。
彼女は親友であり、武器であり、道具である。
空も昔は羽美と同じような境遇だった。
小学生の頃に起きていた、家庭内暴力に加えて学校でのいじめ。
その影響で自己の存在を完全に見失い、名の通り空っぽになってしまった時期があった。
そんな時、同じクラスでいじめにあっていたのが羽美だった。
羽美は傷ついてなどいなかった。
最初から諦めていた。
自分には運がないから、いじめとかそういうのが起こっても当然で、それは仕方ないと受け入れて生きていた。
その諦観が、当時の空には強さに見えた。
本当はただ、諦めていただけなのに。
空は、羽美に傷の舐め合いをするために擦り寄っていった。
同じ痛みを知る者同士、きっと仲良くできると思って。
でもその浅はかな考えは簡単に裏切られた。
羽美は誰とも仲良くしなかったのだ。
空がいくら話しかけても無反応。
返事もしないし、存在自体が見えていないように振舞われた。
その反応に深く傷ついた空は、彼女とは仲良くできないと考えて、寄っていくのをやめた。
それから一年くらいしか経過した頃。
未だに続く現状に耐えかねて、死ぬことも視野にいれていた空に、羽美は何かの気紛れのように一言だけ、突然こう告げてきた。
わたしの言うことを聞けば楽にしてあげるよ?
彼女は無表情で、空に何かのプランを持ちかけた。
それは苦しめてくる両親からの合法での逃亡の方法。
イジメをしていた加害者たちへの正当な反撃手段。
やり方を丁寧に書かれたメモ用紙を、彼女に見せびらかせて羽美は言った。
わたしのいうことをずっと聞くなら、生きる意味もあげる
友達になってあげるよ?
その頃には自分には意味などないと感じていた空に、意味をくれると言ったのだ。
友達、友情。
特に同性、同年代とのコミュニケーションというものに飢えていた空はその言葉にすぐに食いついた。
救済をくれるというのだ。
価値を与えてくれるというのだ。
ならばすぐに言うとおりにしようと決めて、契約をした。
空は友達になるという約束で、羽美という自分にとっての神様を手に入れた。
羽美はたまの気紛れで、空という自分にとっての忠実な下僕を手に入れた。
二人の間にあるのは友情でもなければ、絆なんて温情ではない。
空は羽美に崇拝し、執着することで空っぽの自分を満たそうとしている。
羽美は空を利用し、使うことで意のままに動く彼女を道具にしている。
それが二人の言う「親友」のカタチの中身だ。
所詮はギブアンドテイク。
役に立たなくなれば羽美は捨てるし、空は役に立てないなら捨てられても本望だと思っている。
あのいけ好かない外人女よりも前に、その協力者ってのを殺してみようか?
空が調べた限りだと、そのソーン・うんたらかんたらには彼氏が居るんだって!
空達とおなじクラスだったよ!
誰だった?
えとねー、柳瀬龍二(やなせりゅうじ)って男の子
……あー、柳瀬だったんだ
空、あいつぶち殺してもいいよ
うんっ!
ぶち殺し確定だねっ!!
既に羽美は、空が殺人犯であると知っている。
空は、羽美が村長であると思っている。
この時点で、情報に大きな格差が出ている。
空に、本当のことを羽美は告げていない。
必要ないと判断しているのだ。
彼女の告げた名前に身に覚えがあった羽美はあっさりと殺していいと命じる。
あの男は……嫌いだ。そりが合わない。
クーが情報通でよかったよ
いざって時にすぐに動ける
でしょでしょ?
羽美に何か言われてもすぐに対応できるように空はあらゆることを習得してるよ
羽美に褒められ嬉しそうに言う空。
事実、彼女は本当に合法無法問わずに多くの技術を知っている秀才だった。
全ては、羽美に使われたいがために。
端末の解析技術まで知ってるとは思わなかったけどね
結構プロテクトとか固かったけど
どんなものでも機械には弱点ってあるから
特に、ちゃんとした規格を通していない奴なんて製作者の癖がすぐにでるから
それさえつかめば、解析なんて簡単だよ
空は、羽美に言われて早々二人分の配られた端末を解体して、中身を解析してしまっている。
バラしたことを悟られないために色々即興で改造しているおかげで、空の端末は肥大化し、現在初期型の携帯電話ほどに膨れ上がっている。
他の参加者の端末はスマホほどの薄さと軽さなのだが。
その分、改造され追加されているため無駄に高性能になっており、他の参加者の端末にハッキングする機能までこの短時間で追加されていた。
それに端末の電波を逆タンしてるから何処に誰がいるかもわかるよ?
柳瀬君とこ行くんでしょ?
空の画面にはソナーのような画面に、いくつか点が表示されて、端っこにはローマ字で名前のリストも浮かび上がっている。
一番近くの点は、こちらに向かってきている龍二を表示していた。
まぁね……
どうせあのソーンって奴は嘘をついているのは間違いない
あの野郎は身内に甘いんだ
わたしを甘く見て、素直にあのロリ優先で殺しに行くと思ってるだろうし
こっちを見縊ってもらった分の代価は死んで払ってもらおっと
そだねー
空はニコニコ笑って、羽美の言うとおりにする。
龍二がどんな役職であろうが、殺すつもりだ。
殺人犯のリスクも知っての上で、だ。
『第二陣営』
殺人犯
勝利条件 探偵、又は村人の全滅
能力
夜に一人、他プレイヤーを襲撃して殺害することができる。
この時、相手の役職を知ることはできない。
襲撃していた相手が警備兵に守られていた場合、失敗する。
襲撃した相手の役職が人狼、狐、野犬、蛇、小悪魔の場合、襲撃は失敗し自身が死亡する。
襲撃した相手がトラップマスターの場合、相手に罠が仕掛けられていれば自身が死亡する。
詳細は羽美も知っていた。
殺人犯は名の通り、人を殺すことに特化している。
役職の獣系は一切手を出すことができない。
仮に龍二がこれのどれかだった場合、彼女は自滅し死ぬことになるのだ。
空は、それでも構わないと思っている。
それで羽美の役に立てるなら。
何にも知らずに近づいてくるよ
出会い頭にクビ狙ってみるね?
お願いね?
既に手筈は整った。
廊下の陰に隠れて息を潜める二人。
羽美の今宵の役職は小悪魔。
中々に使える役職だったので、選択してある。
ただ、この役職は殺しを行えないので、空に殺してもらうことになっている。
だんだんと近づいてくる足音。
ナイフを逆手に持った空が、羽美を見て頷く。
音だけを頼りに、角を曲がりに来た彼目掛けて、薄闇の中を飛び掛った。
せいやぁっ!!
裂帛の気合で、ナイフを首を狙って鋭く振るう!
おっと
だが。
うぇっ!?
困るなぁ……
いきなり出会い頭に人の首を狙ってくるなんて……
狙いが直線的すぎるね
そんなんだから、こんな簡単に阻止される
――龍二は、振るわれたナイフを持つ手首を直接握っていた。
刃は寸前の所で停止して、彼に届くことはなかった。
案の定僕を狙ってくるとは思っていたけど……
僕が死ぬと、花園も死ぬよ?
このっ!
離してよッ!!
手首を掴まれて抵抗する空。
普段のおっとりした言動とは思えない、荒々しい動作で暴れる。
龍二の言葉を空は一切聞かない。
殺せと言われた。だから殺す。
そのために手段は問わない。
やめときなよ
僕が押さえているここは、力を手に伝えるのを阻害するポイントなんだ
そのうち、握力がなくなっていく
だったらぁ!!
余裕綽々の態度に、空は足まで使う。
恥じらいなく、豪快にスカートを靡かせて鋭い蹴りを放つ。
それも想定内さ
が、それも見事に防がれる。
彼女の狙った鳩尾に、先回りしていた腕がその衝撃を逃がす。
な、なんで……
だから、君は殺意が一直線なんだよ
必ず現状で一番効果のある場所を最短で狙う
そこを先読みするのは誰だってできるさ
動揺する空に、冷静に解説する龍二。
空が動揺しているのは、羽美の役に立てない=完遂できないという焦燥感。
目の前の男に対するものじゃない。
はぁ……クー、もういいよ
その様子を黙って眺めていた羽美は、失望の溜息をついて、空にやめるように命令する。
羽美に失望されること。
それが一番、空は怖かった。
ご、ごめん羽美……
失敗しちゃった……
龍二が離すと、慌てて羽美のところに戻る空。
土下座でも切腹でもして詫びを入れたい気分だったが、羽美は手で制した。
別にいいよ
収穫はあったから
羽美の足元には、一人の少女が転がっていた。
彼女はその背中に腰を下ろしている。
先ほど、龍二と空がやりあっている間に捕獲したらしい。
う……うぅ……重い……
ごめん、リュージ……
失敗しちゃった……
あちゃぁ……折角僕も出てたのに……
見事に失敗しちゃったねえ……
あのいけ好かない外人の幼女が倒れていた。
彼をデコイに、羽美を狙って攻撃を仕掛けたはいいが、肝心なところですっ転んで羽美の前に俯せで滑ってきてしまったようだった。
要するに、自滅。
じゃあ、月並みな言葉だけど使ってみるかな
やれやれと肩を竦める羽美は、座り込んでいるソーンを顎で示して龍二を脅す。
柳瀬
おとなしくしないとこのロリ殺すよ
何の用事か知らないけど、幼女誑かせてわたしに接触するなんて、相変わらずだねこのロリコン
何度も言うけど僕はロリコンじゃないよ
ただ何故かこの手の女の子にモテるだけなんだ
……だからこいつは嫌いなのだ。
異常にモテるくせに、だいたい外見がアウトな少女ばかりが彼によっていく。
どうやらこのロリもそのクチらしい。
下から怨嗟が聞こえる。
わたしは、みんなと同い年だァ……ッ!!
お前は黙ってて幼児体型
小学生のくせに高校生のに混じってるんじゃないの
警察に連れていくよこの迷子
……そこまで言わなくても……
大丈夫だよソーン
将来的には僕は貰ってあげるから
そ、それもそうだね!
悲観的になるのやめよう!
勝手にマイワールド形成しているバカップル。
蚊帳の外にされている空は苛立ったように言う。
羽美、この変態バカップル殺していい?
やめとこ
変態の仲間入りはしたくないから
すっかり毒気の抜かれてやる気の失せた羽美は、龍二に問う。
で?
何か話あるのよね、犯罪者
そうだけど
花園、ひとついいかな
前の一件はとりあえず置いておこう
僕は見てのとおり将来の伴侶候補見つけてるから無害だよ
……だといいけどね……
まぁ、いいよ
話聞いてあげる
羽美は空と共に、変態バカップルの話を聞くことにした。
それは、羽美にとってはあまり良い話ではなかったのだが。