天叢雲剣

天叢雲剣を必要としていたのは、ボクじゃなかった。

頼朝

天叢雲剣を
必ず見つけてこい。

と、兄上が手紙で言ってきたからだ。







兄上の命令は、ボクにとって

絶対

である。

源氏が平家を倒す。


そんなことが起こるなんて、当時は誰も思っていなかった……。

まだ、鞍馬山にいた頃だった。
兄上がいらしたことがあった。

頼朝

いつか平家を滅ぼし、
源氏の世を作る。

そんなことを言う人は、まあまあいた。
でも、兄上の言葉は、重さが違っていた。

源氏の統領の息子、しかも嫡男が言うんだから、平家の手の者にでも知られたらえらいことになる。

父上の息子は9人いて、ボクが末っ子で、ボクが生まれた年に平治の乱があった。

平治の乱に参加して命が助かったのは兄上だけで、しかもお母上の身分も高く、兄上は源氏を背負って立つお方だった。

末っ子のボクなんか、お会いできるわけがない、とにっかくすごい方なんだ。

頼朝

平家はダメだ。
今までの貴族と何ら変わりがない。

頼朝

他人を出し抜き、己のために地位や財産を得る者しか利を得ておらぬ。

頼朝

父上は、そういうのは是としない方だった……。武力を磨き、皆のために己を犠牲にする、素晴らしい源氏の統領であった。

牛若

……。

兄上の語る父上は、夢のような方だった。

周りは平家に与する者ばかりで、父上はとんでもない愚か者と言われ続けていた。

でも、兄上の話す父上は違っていた。

牛若

やっぱり父上って、
すごい方だったんだ。

平治の乱で清盛さまに負けた父上の子であったため、ボクは蔑まれていた。

ただ、清盛さまのおかげで、命があったことも確かだった。

頼朝

父上のようなお方は、利己的なヤツに出し抜かれるのだ。

牛若

清盛さまのことだろうか?

牛若

清盛さまは父上のことを
「友だ」とおっしゃっておいででした。

平家の人間は嫌いだったけれど、清盛さまは違っていた。

平家にへつらう人はボクをあざ笑ったけれど、清盛さまは可愛がってくれた。

それに、平家で父上を悪く言わない、唯一の人だったかもしれない。

頼朝

友が聞いて呆れる。

頼朝

他人の言うことなど、
信用するな。

牛若

あ……
ハイ……。

ちょっと嬉しかった。

牛若

ボクのことは、
信用してくれるのかな?
弟だから……。

牛若

こんなところにまで
会いに来てくれたほどだし。

わざわざ会いに来てくれた、年上の血縁者。
生き残った兄弟の中で、一番尊敬できる方だった。

牛若

及ばずながら、ボクも兄上を
お手伝いしとうございます。

牛若

ボクは、皆が笑顔で暮らせるような世にしとうございます。

牛若

今は……、
貴族や平家以外の者は、
皆、苦しんでおります。

牛若

ボクはそれを
おかしいと思います。

ボクに武術を教えてくれた天狗さんたちは、そういう考えの人たちだった。

たぶんだけど、ボクが間違った力の使い方をしないようにと、武力だけでなく、心もきちんと成長するように教えてくれていたのだと、今になって思う。

牛若

兄上ならこの状況を
変えられまする。

兄上には、そういう魅力があった。
何かを変えてくれそうな、武力ではない力が……。

頼朝

…………。

くしゃっと頭を撫でられ、

頼朝

その時が来たら
頼むぞ。

かなりカッコいい人だった。

牛若

はい!

義経はこの言葉を支えに、生きていたんだ……。

壇ノ浦の合戦から、数日後。
ボクは海岸で海を見ていた。

義経

なんかもう、すっげー昔からそう言ってたんだよな。

平家の滅んだ海で、兄上の言葉を思い出していた。

義経

あの頃は、源氏が平家を倒すなんて、誰も思ってなかったのに……。

兄上のお役に立ちたい一心で、天狗さんに逆らってまで戦っていた。

兄上のためなら死んでもいいって思ってて、死にもの狂いで……。

義経

てか、兄上すごすぎ。
裏でごちゃごちゃやってて、気付くと「平家を倒そう!」みたいな感じになってたし。

でも、兄上のせいにして、自分が死にたくないから戦っていただけかもしれない。

義経

それに、兄上、
やっぱかっこいいし……。

義経

あ……。

頼朝

天叢雲剣だけは
なんとしても見つけて来い。

義経

って、手紙に書いてあったんだよな……。

義経

だいたい、そんな大事なことは
手紙じゃなくて直で言えって。

義経

手紙、怒ってばっかで……。

ボクが戦果をあげても、兄上から来る手紙はいつも怒ってばかりだった。
信じられない方向からの揚げ足取りな感じがした。

今思うと、おバカな弟をたしなめていただけだったのかもしれない。

義経

っとにもう。兄上の家臣のボケなす共が。どうせ自分に都合のいい報告しかしてないんだろ?

義経

兄上もそれを鵜呑みにしすぎ。

義経

兄上って、人を見る目が皆無なんだよな。ボクなら真っ先に信用しないのばっかり側に置くし。

義経

人を見る目があれば、
完全無欠なのに……。

他人が信用できないから、ばっさばっさと殺してたのかもしれない……。

義経

はぁ……。

頼朝

天叢雲剣
早く見つけて来い

義経

あ!

と、ひらめいた。

義経

ってことは、天叢雲剣を持っていけば、会ってもらえるってこと?

手紙で怒られ過ぎてて、それくらいしないと会ってもらえない感じだった。

義経

そうだよね。大事な天叢雲剣を持っていれば、会ってもらえる。

義経

「そんな大事な剣を、家臣に渡すことなどできません。だからボクが持ってきました~」って言えばいいんだよね。

義経

まさかそれで怒られるなんてありえないし♪

義経

天叢雲剣を持っていけば、怒られずに兄上に会える!

おバカだって、自分でも思うから言わないでほしい。

ただ、そう思ってたのに怒られたって、けっこうあった……。

兄上の地雷、マジでどこだかわからなかった……。

義経

これか?

と、思って回避しようとしても、それするとさらに怒られるとかってザラだった。

天叢雲剣もそうだったかもしれないけど、でも、どうしても渡さなきゃって思ってた……。

とにかく、近くにいた弁慶に声をかけた。

義経

弁慶! 弁慶!

弁慶

はっ!

義経

天叢雲剣
あった?

弁慶

ありません。
鏡と勾玉はありましたが。

義経

それ、いいから。知ってるし。
天叢雲剣だってば。

弁慶

見つかっていません。

義経

…………。

義経

わかった。
ボクが探してくる。

そう言って、海に入ろうとした。

弁慶

おやめください。
そのようなこと、総大将のすることではありません!

と言って、止められた。
総大将の心得みたいなのを散々言われた後だった。

義経

ええい、離せ!
ここに、天叢雲剣があるのだぞ。
それを探さずに、どうしろと言うんだ!

義経

この海のどこかにあるんだ!
絶対に……。

義経

広いな……。

義経

失くした直後が一番見つけやすいはずなんだけど……。

数歩進んで、やめた。

見つけられる気が
しなかった……。

海って、広いんだ……。

義経

じゃあ、鏡と勾玉
持ってきてよ。

弁慶

どうするおつもりで?

義経

海神に奉げて、
天叢雲剣を出してもらおう。

弁慶

やめてください!
鏡と勾玉までなくなったらどうするんですか!

義経

んじゃ勾玉。
鏡があれば、いいんじゃね?

弁慶

恐ろしいこと言わんでください。
どっちも大事な宝物ですよ!

義経

なんで、よりにもよって天叢雲剣だけ出てこないんだよ。

義経

神様って願っていないことは叶えてくれるけど、本当に叶えて欲しいことはダメなんだよな……。

結局、天叢雲剣は、ボクには見つけられなかった。
てか、なんかどうもその後も見つかった形跡がない。

現在、熱田神宮にある天叢雲剣(草薙剣)は、どうもボクが探していたのと別物のようだ。

壇ノ浦で沈んだ剣は形代(レプリカ)で、本物は熱田神宮にあったという話もある。
でも、形代といえ、天叢雲剣の魂が宿っているから大切という感じらしい……。

経次郎

今更
出て来ても…………。

目の前の天叢雲剣の付喪神を見た……。

天叢雲

なんだ?
わらわの顔に、
何かついておるか?

経次郎

しかも擬人化?

そっちのゲームは、まだ手を出してないからよくわからないんだよな……。

経次郎

魂は、本物の天叢雲剣ってことだよな……。

あの剣が形代だったとしても、そっちだって数千年前に作られた物だ。

経次郎

どうすんの?
これ……。

クソ親父……。

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