横殴りの雨が降り、
窓には滴が垂れていた。
国語の授業中であり、
今は教科書を黙読して設問の答えを書き記す時間。だから、教室で聞こえる音は、
外から窓を叩く雨音だけ。
でも、僕の頭の中だけには、
別の音もする。
横殴りの雨が降り、
窓には滴が垂れていた。
国語の授業中であり、
今は教科書を黙読して設問の答えを書き記す時間。だから、教室で聞こえる音は、
外から窓を叩く雨音だけ。
でも、僕の頭の中だけには、
別の音もする。
芯条くん
僕の名前を呼ぶ声。
僕の斜め前の席の女子、沙鳥の声だ。
黙々と教科書の文章を読む、
普通の生徒に見える沙鳥だが、
実は「テレパス」と呼ばれる超能力者だ。
声を出さなくても、
言葉のやり取りができるのをいいことに、
同じくテレパスである、
僕に向けて念を送ってきているのだ。
芯条くん。お元気ですか？
なんだ、その手紙みたいな問いかけは。
芯条くん。ご飯は毎日ちゃんと食べていますか？
なんだ、
その一人暮らしの息子へみたいな心配は。
僕は思考を大きくしすぎて、
沙鳥に伝わらないように気をつけた。
反応すると、
厄介なおしゃべりに付き合わされることになる。
芯条くん。私の声はあなたに届いていますか？
何かいつもと違って、
沙鳥の声……じゃなくて念が暗い。
何か落ち込むことでもあったのだろうか？
僕は予定を変更して、
沙鳥に返事をすることにした。
なんだよ、沙鳥
沙鳥は念じてきた。
芯条くん、外を見てください
……
沙鳥に言われて窓の方に目をやる。
外は変わらず、
大粒の雨がしとしとと降り続いている。
お腹すきましたね
外関係ないな
少しでも心配して損した。
沙鳥は、いつだって沙鳥だ。
そんな話は、さておっきーですよ
「そんな話」をしたのは沙鳥だよ
もう一度、外をチラ見してください
普通に見るよ
まるで、世界の終わりのようなお天気です
ただの大雨だよ
こんな雨くらいで世界が終わるなら、
年に何度か世界は滅んでいる。
そうですよね……
世界って、そろそろ終わるかなと思ったら
意外と七月くらいまで続いたりしますもんね
梅雨みたいな言い方だな
夏休み前に世界が滅んでたまるか。
でも、やまない雨がないように、終わらない世界もないんです
形のあるもの……。いいえ、形のないものだって
いつかは失われます
なんかあったのか、沙鳥？
芯条くん。もしも。もしもですよ
もしも、あした世界が終わっちゃうとしたら、そのときは……
その、最後の夜には……
沙鳥は深刻な様子で念じてきた。
何ケーキ食べます？
結局、食べ物の話だった。
ケーキ限定なの？
どうせ最後なら、もうちょっと選びたいんだけど
え。だって、ケーキは絶対じゃないですか？
そんなの決まってないだろ
え……。だって、芯条くん。最後ですよ？
ケーキですよ？
かたくなだな
どうしてもケーキは譲れないらしい。
じゃあ……ケーキでいっか
まあ、最後だからって、
無理して食べたことないものに挑戦するより、
いいかもしれない。
何ケーキがいいですか？
うーん……
あ。お母さんが作ったケーキとかひねった答えじゃなくて。ちゃんと種類で言ってくださいね
チーズケーキとか
ああ
好きな人と一緒に食べるケーキとかもだめですからね
普通にチーズケーキとかですよ？
わかったって
種類は、なんでもいいですよ。まあ、チーズケーキでもいいですし
……
じゃあ、チーズケーキでいいよ
すっごい推してたし、チーズ。
ですよね
実はわたしもです
知ってたよ
よかったですね、芯条くん
これでいつ世界が終わっても、食べるものに悩まなくてよくなりましたよ
明日からぐっすりです
そんなことで眠れなくなってないよ
……なんで、急にこんな話？
まあ、いつだって沙鳥の話は急だけど。
私、ふと思ったんです
もしも世界があした終わるってなったら
その前にしておきたいことって、あるじゃないですか
そりゃ、あるだろうな
でも、そのときになって悩みだしたら、残り少ない時間を有効に使えません
だから今のうちに決めておいたほうがいいと思うんです
……はあ
そのときになって、時間を無駄にしないために
今、
すごく時間を無駄にしてるような気がするけど。
芯条くん。あしたまでにやっておきたいことはあります？
……うーん
最後ねえ……。
あ。エッチなのはだめですよ？
言わないよ
そっちは家で秘密のノートにでも書いてください
書かないし、そんなノートないよ
僕は、
もしあした世界が終わるとして、
最後に何がしたいか考えた。
うーん……。
急には思いつかないよ……
実際、
たぶんまだ終わらないだろうし。
もう、想像力がないですね
エッチなのしか浮かばないんですか。うわあです
ちがわい
そんな甘い考えでは、いざそうなったら考えてるあいだに世界終わっちゃいますよ？
終わってから「あーあ」って思っても、遅いですからね
「あーあ」って思えるなら、まだ世界あるんじゃないかな
では、こうしましょう
沙鳥は譲歩してきた。
いや、譲歩ってなんだ。
きっと、あしただから緊迫感がないんです
では、もう今日中に世界が滅ぶとしましょう
今日中？
人類滅亡まで
あと五分です
今日中どころじゃないけど
さあ、何をしたってあと五分です。この際思い切ったことしましょう
って言われても……。
五分じゃできること少ないよ
芯条くん。急いでください。隕石は待ってはくれませんよ？
隕石で滅ぶ予定なの？
はい。今、隣の駅を通過しました
だったら、もう滅んでるよ
武道館では人類滅亡までのカウントダウンが始まりましたよ
楽しそうだな
じゅう、きゅう、はち、なな、ろく……
あと五秒で何もかも全部なくなりますって言われても、どうにも……。
ごー、よん――
五秒経つ前に終わった。
世界じゃなくて授業が終わった。
――ええ。では次の時間は今日やったところを答えてもらう。終わらなかった部分は、各自、自宅でやってくるように
僕は、
終わらなかった部分しかないノートを前に、
呆然とした。
芯条くん
結局何もできないまま世界なくなっちゃいましたね
ああ、なくなったよ
僕の自宅の自由時間のいくらかが。
……沙鳥は
あと五分で世界が終わるなら何をするの？
さぞかし具体的なプランがあるんだろう？
私はもちろん
祈ります
世界が奇跡的に助かりますようにって
なんだよ、その優等生な答え
芯条くんも祈りましょうよ
一応、超能力者ですし。普通の人が祈るより、いくらか効果あるかもしれないですよ？
そうかなぁ
まあ、助からなくても、せめて三十分くらい延ばしてもらいたいですね
三十分延びたって、何も変わらないだろ
三十分稼いだら
最後に、一緒にチーズケーキ食べにいきましょう
……
僕は、
しばらくやみそうにない雨空を見ながら、
念を返した。
そんな日にケーキ屋が
のんきに営業してたらな
……
してますよ、きっと
