個性のない似たような風景が繰返し背後へ流れる住宅街。

街灯に孤独を照らされ、足取りは重たい。

この先は日常。

憂鬱だった。

それでも俺は帰らなくてはならない。

誰も居ないのを良いことにため息を隠しもせずに帰路を進む。

緩い上り坂に差し掛かった時、真横に歪みを感じた。

…………?

数歩先で立ち止まり振り返る。おかしい。

そこに人影があったような気がした。

見られていた。俺を見ていた。

しかしいない。

とある一軒家の庭から伸びる枯れ枝の下に、何かがいたと思ったのだ。

その直前まで誰もいない道を歩いているつもりだったのに。

いや、確かに誰もいなかったのだ。

しかし誰も見当たらず、俺の周辺に他者は存在しない。

気のせいだろうか?

そう思い、再び前を向く。


すぐ目の前に奇妙な人物が立っていた。

人?人型の何かと形容したほうが正しい。

顔の右半分が焦げ爛れている。

左眼球は抜け落ち、頭蓋は天に向かって開かれていた。

艶めく脳表皮。蛍光色の角。ぶよぶよと揺らめく身体。

それはここにいるはずのない何かだ。

意図せず俺の脳裏にその言葉は浮かんだ。

いない。

存在しない何かと俺は対峙している。

こんにちは

……

おはよう

……


こいつは何を言っているんだ。

羊おじさんだよ

羊、え?


そいつは指らしきサイケデリックなオブジェで自らを示して。

羊おじさん


くるりと反対側の俺を示して。

羊おじさん

違う

その通り、君は羊おじさんじゃない。救世主だ


驚愕。

どうして知っている?

いや、もうこいつに対して深く考えることは無駄な気さえする。

だって

幻覚


そうこれは、きっと副作用。麻薬の作る偽りの夢。

ごめんね。驚かせちゃった?思考を読んで先に言うなんていい趣味じゃないよね?

まぁまぁまぁまぁいいんでしょ?人の趣味なんてね。どうでも。例え薬キメてオナニーしててもね。
いいんだよ。どうせ世界はいつか終わるんだ。
審判の日。それは昨日だった

……


幻覚と確信すれば、とうに相手する気が失せてしまってどうしようもない。

俺は再び歩き始める。

ありり?飽きちゃった?
まぁ今回羊おじさんが出てきたのはイレギュラーだ。原因は僕だ。当然だね?
そう超越的存在。神ではないけど。君等とはちょっとだけ立つ地面が違う。それが羊おじさん。
本当のトコを言ってしまえば、薬の副作用。幻視。幻聴。幻覚。
しかしそんなこともどうでもいい。重大なことは何一つない。瑣末なお茶漬け。

ムンドゥスで鏡水夜が君の元を離れた時はあったかい?

なんだって?


思わず足を止めて振り返る。

しかしいない。

君が殺したモルタリス以外の影を見たかいと尋ねたんだ


背後で声がした。

やつは俺の正面に立っていた。

嘘つけ、そんなこと言ってない

嘘つけと命令されても嘘はつけない。羊おじさんは信用第一に生きているからね嘘

……

返り血は綺麗に拭き取られて、制服も換えられてる。
でもまぁ忘れるがいいさ。思考しないがいいさ。それが一番だ。
二番は死ぬことだろうな。間違いない。
では次の終末にでも会おう


そう言い残して。それは消えた。

文字通り、影も形もなく。やはり幻覚だったのかと思えるほどに。

混乱を通り越して呆れる。苦笑すら漏れる。

何だったのだろう。どうすればいいのかわからない。

結局、言われた通り忘れてしまうことにした。

だって、ねぇ。これは反則だろ。

ボーイミーツ irregular 9/7 tue

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