ぎゃああああああああばdfアアあああああlkrんfrアアアアアアwんlさkんふぁkアdfなうぇふぉlwん

目の前の影から大量の血しぶきと、かろうじて聞き取れる悲鳴のようなものが同時に飛び出る。

そう。目の前だ。俺の。

返り血を全身に浴び、目が覚める。

ここは?

ぎゃあああああsdまふぇふぁめw:fかなあああああわkふぁlkんflwけんf


その絶叫はまるで泣き叫んでいるようにも聞こえる。その醜悪な悲鳴が耳朶を打つ。

発生源たる影は大量の血を放出しながらのたうち回る。

その影の中に『教皇』を食らいながら。

食らいながら?食われている。

これは………一体どういうことだ!?

教皇が、モルタリスに食われている………?

モルタリスからは、黄金色の液体が分泌され、それが教皇を溶かしている………?

よく見れば吐き出す血はモルタリスのものでなく、咀嚼される教皇のもの。

俺はさっきまで神のもとにいたはずなのに。

ここは、ムンドゥスか。なぜだ。何があった。

混乱が錯誤を呼び判断の遅れが把握を鈍らせる。

なんだ、どういうことだよ!?

俺は救われるはずだったのに!

あれ、でも神ってなんだ?

馬鹿みたいな存在じゃないか。なんで俺はそんなの簡単に信じたんだ。

いや違う。考えるのは後でもできる。

仲間を、教皇を助けなければ。

俺は手に持っていたナイフを振りかぶる。

しかしそんな俺の動きを察知したモルタリスは教皇の身体を捨て置き、距離を取る。

俺はナイフを構え。牽制しつつ叫んだ。

教皇!


返事がない。モルタリスの次の動きを見逃さないよう神経のすべてを駆り立て、目の前の存在に集めているせいで視線を下ろせず、焦りばかりが募る。

彼は私がなんとかする

水夜か


背後、見えない方向から彼女の声が聞こえた。懐かしささえ覚える安堵を感じた。なんとか、できるのだろう。死んだわけではない。きっと。

夏月はモルタリスを

あぁ


俺は向かい合う。

今だけはすべてを忘れる。教皇も。水夜も。

目の前のモルタリスだけを、俺の世界に配置する。

空間を支配する。すべての動きに意識を向ける。

水夜の言ったことを信頼するなら。出来るはずだ。

ただ思い描くだけ。自分の身体が動くことを。それだけで。その行動は事実になる。

俺は二回深く呼吸をして、吐く途上で止めた。

二度目の殺戮だ。今、必要なのは殺意ではない。

冷静な殺人技術だ。想像力だ。作り上げろ。予想しろ。

殺されずに殺す道筋を。シナリオを。

酸素の供給が止められ、血管が悲鳴をあげ筋力が跳ね上がる瞬間。

殺気を押し潰して。この空間全体ごとナイフを動かす。

下げつつ順手から逆手に持ち変える。

その動作で。空間。

すなわち動いているナイフに相手の意識が向いて。

動くのだ。敵の空間全体が。

手に取るように見える敵の。その隙に。前へ。

後ろ足で蹴りあげて詰めた距離にモルタリスが気付くのはコンマ数秒後。しかし遅い。

振るってきた右手を掌底で跳ね上げそのまま固定する、ナイフのグリップの底でその肘の内側を突き無理なく折る。

わずかに持ち上がった敵の拳を、俺の身体の移動に合わせて身体の内側を一回転させ、そのまま背中に押し上げる。

反応の遅れる相手の体躯は重心を移動できない。結果。背中に腕をねじ上げる形で俺が搦手を取る。

空いた左手は宙を掴み、右肩の外れかける腱の軋みに頭の中は一色のはずだ。

ぎゃあああぁぁあぁあばdfアアあああああlkrん


一方、俺の右手は武器を持ったまま、目の前にはモルタリスの頸動脈が晒されている。

逆手持ったナイフをその視界に写らぬよう首下に滑り込ませ、引く。

刃先を雫が伝う。

血が噴き出る。モルタリスの心臓からの圧力が体中の血液を体外に押し出すことにのみ作用する。

深く切り過ぎたのか、気管まで到達したらしい切断面から声にならない吐息が漏れる。

あ、a、ああぁあAああぁ


力を失ったモルタリスを押して、目の前に転ばせる。

その上から両手を抑えるように乗り、マウントポジションを取った。

あとはいらない。冷静な俺なんていらない。続くのは。

感情だけに突き動かされる復讐劇。

俺は手に持ったナイフで、モルタリスに切り付ける。何度も、何度も。

全然かっこよくなんかない。死に直面した獣のように、その心臓に同じ動作で同じ箇所。何度もそこだけをぐちゃぐちゃにする。

肋骨にあたり通らない。刃を横にして滑りこませる。そしてガンガンと音を手の平に感じながら刃の挿入を繰り返す。

死ねよ死ねよ死ね死ね死ね氏ね氏ね氏ね氏ね


気付けばつぶやいていた。

呪うように。謳うように。狂ったように。祈るように。

血しぶきが舞う。

何度も、何度も。ナイフを突き刺した。

二度とその器官が使い物にならないほどに。原型を留めないほどに。

ぐちょぐちょぐちょぐちょぐちょぐちょぐちょぐちょぐちょぐちょ。

やがて、モルタリスが動かなくなるまで切り付けたところで、その死を確認しモルタリスの体から退く。

……………


振り返って、水夜と目が合う。何も語らない。

その目は俺を労るようで、一方。哀切に満ちている。

それが結局は雄弁に事態を物語った。

しゃがみ込むその足元に、人の形をした何かが見えた。

近づき、同じようにしゃがみ込み、覗く。

ひどい有様だった。

教皇の全身を纏っていたはずの皮膚はほとんどが溶かされ、肉や骨を外気に露出している。

頭皮も骨ごと溶かされたようで、頭がい骨の隙間から脳みそが染み出している。

死んでいる。間違いなく死んでいる。

教皇が………死んだ………?

………教皇……くそ、どうなっているんだ。
なぁ、水夜。なんとかするって言ってくれたよな。
いやそれよりも、何があったんだよ、俺はどうなったんだ?

………わからない

わからないってなんだよ!!


わぁっと屋上の時にも劣らない歓声と拍手が沸き起こった。

才気あふれる殺害…………さすが救世主様だ……………!

ああ、これで世界が………世界が、救われる!

さすが、さすがだわ救世主様ああ!


既に一度聞いた気のする台詞が、そのまま繰り返される。

ある者は歓喜の余りに叫び、またある者は壊れたように走り回る。口笛が鳴る。

おい、お前ら………何やってんだよ


しかし俺は巻き戻されたテープのように喜べない。震えた声で問いただす。

教皇が死んだんだぞ!何をそんなに喜んでいるんだ!


水夜が近づいてきて、俺の肩に手をのせた。

よくやった夏月。やはりあなたが『正解』だった


悲痛そうな痛々しい笑顔。そこまでは繰り返せなかったかのように。

いや、他の救済者たちの表情も悲痛な笑顔に、無理やり作った偽りの歓喜。

良くない!一体どういうことだ!教皇が死んだんだぞ!それに、その台詞はもう聞いた

一度、聞いた…?そうなの


すべて納得いったとでも言うように、水夜は目を伏せた。

どういうことだよ?

夏月、まずは一度聞いたかも知れないその説明を繰り返すことになるかもしれないけど。
それを聞いて、あなたがかつて聞いたものと違いがないものであることを確認して

そんなことより――

大事なことなの


有無を言わせない迫力があった。切実な。震える声。

……わかった


水夜は一度整理をつけるように一呼吸を置いて、語り始めた。

インサニアの誰もモルタリスを殺せなかったこと。モルタリスを殺せるのは俺だけであること。だからこそ俺が救世主であること。

しかし内容は記憶とまったく同じだった。

代わりに俺は自身が見たものを伝えた。神と名乗る存在、そして教皇の声。

水夜は俺の話をひと通り聞いたあと、嘆息混じりに言葉を振り絞った。

どうか落ち着いて聞いて欲しいの。絶対に感情に身を任せないで。自分を制御して


それはどういうことだろう。水夜は俺に何を言おうとしている。

嫌な予感が首筋を伝い、頭皮を這う。絶望という獣の、俺を待ち望む視線。

聞いて。モルタリスは、
死に際に幻想を見せる事があるの

…………なんだと

ふいにフラッシュバックのように幸福な夢を思い返す。

神の声。神は俺を連れて行こうとした。あれは、罠だったのか?

そうして教皇が。

まさか………まさか………。

私達の見たあなたは急にモルタリスに止めを差すことをやめた。
そしてモルタリスを縛っていた縄を切った。私達は戸惑ったわ。
何らかの事故なのか。それとも、考えがあってのことなのか。

でもあの時一番近くにいた教皇だけは気付いた。あなたの目が何も見ていないことを。
モルタリスは襲いかかったわ。あなたに。そして……


言葉は続かず、無言で語る。俺の目の前は真っ暗になった。

俺が簡単にモルタリスの声に惑わされて。そのせいで教皇を死なせることになったのか?


水夜は、頷くこともなければ、かぶりを振ることもなかった。

代わりに。

ここにいる皆は。死んでしまった教皇も含めて、死ぬことを覚悟してここにいる。それは、言葉だけの覚悟じゃない

……………

ねえ、彼らを見て


水夜は、公園中の救済者を示す。彼らはひたすらに吸いこんだ息を歓喜の表現へと変える。こちらのようすなど見えないかのように。

そうはとても見えないでしょうけど。彼らは、心の底から教皇の死を悼んでいる

え?

彼らは必死に明るく振る舞う。モルタリスを殺したというその死の『意味』を強調することが、最も教皇の死を悼むことになるから


もう一度彼らを見直す。それは確かに弔いのようにも見えた。

戦友を慰め、輩を鎮魂する葬儀。

その水夜の言葉で、俺は目を覚まされたかのようだった。

どうして気付かなかったんだ。

救済者達の心は、俺の想像を遥かに越え一つの境地に達していた。

俺はこんなにも愚かだ。そんなことにも気づかなかったなんて。

彼らが教皇の死を悲しんでいないと一瞬でも考えるなんて。

魔術師も、隠者も、太陽も、月も。

皆、悲痛な笑顔のその瞳に涙を浮かべ、それが零れるのを必死に堪えている。

大事な仲間を一人、失ってしまった。

それは紛う事なき俺の責任で、取り返しのつかない失態だ。

俺が間違えれば、俺も救済者も容易く死ぬ。

覚悟は、出来た?


水夜の優しい口調。このタイミングで尋ねる意味。

それは赦しだ。俺の罪を受け入れ、俺に『次』を与える。俺を信じているからこその。

感情が溢れ、涙が出そうになる。情けなさと嬉しさが混ざりかろうじて声を押し出す。

………ああ


水夜がいてくれて良かった。

救済者らがいて良かった。

俺を正しく導いてくれる。

心の底からありがたく、尊く思う。

過ちは絶対に取り返せない。贖罪なんてなんの意味もない。

ただ殺すだけだ。贖う代わりに、死者を弔う以上に。救うだけだ。

俺は救世主だから。

俺はもう絶対に過ちを犯さない。

俺がこの世界を救ってみせる。

これ以上、誰も犠牲にしない。そう誓う。

俺を責めることすらしない。無言で受け入れる。俺のすべてを理解するかけがえのないこの仲間を、これ以上一人も欠けさせずに救いへと導く。

できる。やってみせる。俺は決意する。

そして、あなたが見たという神様

……

例えもう一度夏月の前に出たとしても、二度と信じてはいけない
例えそれが本物だとしても。

神様があなたを救ったことはあった?

……

ためらわずに殺しなさい。モルタリスも。神様も。
それは神といえども、モルタリスに囚われて堕ちた死すべき偶像よ

その時、急に視界の光が強くなった。

限界のようね、帰還の時間


そんな声が遠ざかるのを尻目に。

俺の初めてのムンドゥスでの戦いは、一人の犠牲者を引き換えに救世主としての真の覚悟を得て。

その幕を閉じた。

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