目を開くと、そこは光で溢れる世界。

二三まばたきを繰り返していると、ふいに何かを聞き逃しかけた。

起きなさい、迷える子羊よ


声……………?

ここはどこだ?

どこにいた?俺は。そう、公園。いや、ムンドゥス。

確か光に飲み込まれて………。

起きなさい


また声……………。

全く聞き覚えのない声。

声自体が実体を持つような、不思議な感じだ。声だけが息をする。その奥に響くはずの身体がないような。そもそもどこから聞こえるのか見当もつかない。

起きなさい


うるさい………誰だ。

起きましたね、夏月


………どうして俺の名前を知っている?

はっきり頭が覚醒してくるとともに、状況が把握できないが故の苛立ちが頭を支配する。

不機嫌なまま問いなおす。

お前は誰だ?

私は神です


………神?

何を言い出すんだお前は。

なんだこの展開。なんだこの状況。

神?俺を日常から救わなかった。神?

ふざけてる。

ふざけてません。証拠に私はあなたの全てを知っています


すべて?歯の本数も今までのクラスも初恋の年も昨日の朝飯も足の爪を切った回数も腸の模様も脳に貯まった水銀量も幼稚園で描かされた花の絵も破り捨てた紙飛行機も?

嘘だろ。

それどころか、私は世界の全てを知っています。

あなたの歯の本数も今までのクラスも初恋の年も昨日の朝飯も足の爪を切った回数も腸の模様も脳に貯まった水銀量も幼稚園で描かされた花の絵も破り捨てた紙飛行機も

そして世界が虚偽と悪と暴力と混沌と退廃と腐食と汚物と罪をで満ちていることも


………何故それを知っている?

その『真理』を知っているのは俺だけで誰も知らないはず。

まさか本当にお前は神なのか?

はい


いや、まさか。信じたわけない。

信じろという方が無理だろう。驚きは苛立ちをかき消し、襲ってくる困惑。

冷静さが必要だと察する。これはきっとイレギュラー。水夜でさえ予測できなかったような。

だってこんなのおかしい。似合わない。文脈が違う。

慎重な判断で動かないと。取り返しの付かないことになる。きっと。

考えこむ俺に何を思ったのか問いかける。

そもそもあなたは今どうやって会話していますか?


え?

声の出し方を忘れたとでも?


今さらのように気付いて驚愕する。

口元に手をやるが、俺の唇は先刻から一切動いていない。

それなのに、会話できている?

それを証拠としなくても構いません。しかし話くらい聞く気になってはいただけませんか?

……話?

ええ実は夏月。あなたを勧誘しに来たのです


勧誘?

神が勧誘だって?

馬鹿げている。

いいえ。あなたには『素質』がある。実際あなたは現在『救世主』という立場に立ち、立派にその役目を果たした。

見事でしたよ。モルタリスの殺害


………それは何度も言われた言葉。俺は救世主だ。

条件反射のように警戒が解け口をついて出る

ありがとう。

毒のように麻薬のように。些細な疑問や不安が溶かされてしまう。

俺の中のどこかだけが警鐘を鳴らし続ける。聞こえない。

そこで、あなたに提案です。一つ、上の世界。高次な世界に私と共に行きませんか?


高次な世界………だと?

ええ。世界は愛に飢えています。しかし夏月、あなたは友人が毒虫になった時、相変わらずその友人を愛することが出来る存在です


そうだろうか?なぜ、そう思う?

確かに、俺は親友が毒虫になったとしても、俺はそいつを愛し続けるだろう。たぶん。もしかしたら。

だって俺は俺が毒虫になったとしても他人に愛されたいのだから。

思考は歯車の外れる音とともに停止を始める。何かおかしい。何が?何が何だって?

ずっと見ていたから、わかりますよ。夏月には優しさがある。優しさとは?そう、天国です

天国は、ここよりも幾分高次な世界です。しかし、夏月は行くべきだと思います。優しさに包まれた、その世界に

争いも、悪も、暴力も、打算も、退廃も、そこには存在しません

天使が舞い、聖なる光に包まれた、優しい世界です。田山をいじめて金を毟りゲラ笑う幸福論sjdふ


え今なんて?

Hey Tayama, go and get me something to eat.


…………そんな世界が、あるのか?

ええ

さあ夏月。私とともに行きましょう


ああ……………心地が良い。

確かにそんな世界があるなら俺は行ってみたいと思う。

なあ本当に俺は行けるか?優しい世界に…………。

ええ。あなたなら、きっと。救世主のあなたなら。
手を、握ってください。あなたを優しい世界にお連れしますよ


ああ…………そうだ。きっと。

優しい世界こそ、俺が求めていた世界。

形而上の天界こそが、俺の進むべき道。

救い。

救われる。やっと。

意識が、霞み始める。

その薄れゆく意識の中で。

俺は、神の声がする方へ、手を伸ばし―――――――

救世主様、危ない!!!


………途切れそうになる意識の中で………なぜかあの老人、『教皇』の声がした。

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